甘い贈り物「バレンタインの催事コーナーぁ?」
赤木は、木暮の予想を上回る驚きぶりを見せた。正に「素っ頓狂」と呼ぶに相応しい声を、赤木は上げた。
「ダ、ダメ…かな?」
明日は、大学のバスケ部の練習は休み。大学構内を入学試験場に使用するため、関係者以外は立ち入り禁止になるからであった。
そこで二人は、明日、何処かに出掛けようか?と相談をしていた。
「最近の百貨店のバレンタインの催事コーナーは、女の人が男の人に贈るチョコを選ぶだけじゃないんだよ。チョコがメインのあらゆるスイーツが集まっていて、スイーツのお祭りなんだ」
木暮が、熱弁を奮う。
「そ、そうなのか?」
赤木は木暮の勢いに押されて、たじたじになる。
「いや、しかし、男二人だけで行くところじゃないだろう」
赤木は、ピシャリと断る。
「確かに、男二人で行くのは目立つね。赤木の身長だと尚更だ」
普通に街中を歩いていても、周囲から観察されることの多い赤木。男二人で行くのはちょっとリスキーだ…それは、木暮も十分に理解していた。
「だから、もう一人、スペシャルゲストを呼ぶんだ」
「ゲスト? 誰だ、それは?」
「晴子ちゃん」
ブッ!…赤木は、飲んでいたコーヒーを噴きそうになった。
「ゴホッ…い、いつの間に、そんな根回しを?」
「晴子ちゃんも、色々チョコが見たいって喜んでたよ。横浜も色々あるけど、都内のも見たいってさ。自由登校になって、時間もあるって言ってたよ」
晴子は、二人の秘密の関係を知る、数少ない人物であった。ちなみに晴子は推薦で大学進学を決めており、既に受験生ではなくなっていた。三年生は二月になると、自由登校になる。
「いいだろ? 晴子ちゃんも楽しみにしてるんだ」
「…分かった」
赤木は、渋々承諾したのだった。
翌日。
お目当ての百貨店の最寄駅で、赤木と木暮は、晴子と待ち合わせした。赤木が晴子と会うのは、正月に実家に帰った時以来だった。
「お兄ちゃん、もっと実家にも帰って来てね」
晴子は、ニコニコしながら赤木にそう言った。
そして、木暮と晴子は早速意気投合し、チョコについて語り始めた。どのブランドのチョコがああだの、こうだの…。赤木は、その話題に全くついていくことができない。木暮と晴子が隣合って歩き、赤木はその後ろをついて行くことになった。
…これじゃ、カップルとそのお目付けじゃねーか。
赤木は心の中で不満を垂らした。が、このほうが側から見ると自然で都合が良いことに気付き、赤木は黙って二人の後ろを歩いた。
催事場に着いてからは、なかなかの戦場だった。平日でも、かなりの賑わいを見せていた。
木暮と晴子があれこれ話しながらチョコを買い、その荷物を赤木が持った。
赤木の持つ紙袋が三つ目になったタイミングで、木暮が赤木に提案した。
「ごめん、赤木。あの辺で待っててくれないかな? もう少し買いたいものがあるんだ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
…まだ買うのか?…赤木は少々呆れたが、先程から周りの女性の視線が痛かった。
壁際に立ってるだけなら、視線も少しはマシになるだろう…赤木は木暮に言われた通り、指定された場所に立って、木暮と晴子の買い物が終わるのを待つことにした。
約十五分後。
「ごめん、待たせて」
木暮と晴子が赤木のほうにやってきた。木暮と晴子の手には、ソフトクリームが握られていた。木暮の両手に一つずつのソフトクリーム、晴子の右手に一つのソフトクリーム。
「これ、そこのイートインスペースのテーブルで食べよ」
木暮は率先して、イートインスペースの正方形のテーブルを一つ確保し、三人で囲む。赤木はテーブルの上に、預かっていた荷物を乗せた。
「はい、どうぞ」
木暮は右手を差し出して、赤木にソフトクリームを手渡す。木暮の持っているソフトクリームはいずれもチョコレート色のクリームがチョコレート色のワッフルコーンの上に巻かれたものだった。一方、晴子が手にしているものは、紙カップにピンク色のクリームが巻かれたものだった。
「木暮さん、お兄ちゃんはこれが好きそうって、一生懸命選んでたんだよ」
晴子が背伸びして、赤木の耳元で囁いた。
「なっ…」
赤木の耳たぶが赤くなる。
「晴子ちゃん、赤木に何言ったの? 早く食べないと溶けちゃうよ」
「うん、いただきまーす」
晴子がスプーンでストロベリー味のクリームを掬ったのを合図に、赤木と木暮の二人もそれぞれのソフトクリームにかぶりついた。
「これは、コーヒー味か?」
木暮が赤暮の問いに対して、返事をする。
「うん、コーヒーチョコレートのソフトクリーム。甘さ控えめで美味しいだろ?」
「ああ、美味いな」
帰宅後。
「今日はなんか、色々とごめんな」
木暮が、赤木に詫びた。木暮は、赤木が座っているソファの隣によいしょっと腰掛ける。
「赤木、晴子ちゃんに嫉妬した?」
「そ、そんなワケないだろう」
赤木は鼻をフンッと鳴らして、ムキになって否定する。
「安心して。俺が好きなのは、ただ一人だけだから」
木暮は、手に持っていたチョコを一粒口に入れて、赤木の唇にキスをし、チョコを口移しで赤木に渡した。
「……!? な、何をっ!」
赤木が真っ赤になり、手で口を抑える。
「食べてみてよ」
赤木は木暮に言われるまま、チョコを歯で砕き、ゆっくり噛み締めて食べ始めた。
「…美味いな」
「だろ?」
木暮は赤木に、サムズアップしてみせた。
…木暮には敵わないな…そう思う赤木であった。
(おしまい)