お題「眼鏡」「みっちゃん、これ掛けてみて」
縁側で、夕飯の莢豌豆のへた取りをしているときに、主に黒縁の眼鏡を渡された。言われた通りに掛けてみる。すこし重い。
すると正面から、彼女が僕の顔を覗き込んだ。が、すぐに、顔を反らしてしまった。彼女は隣にうずくまるように腰を下ろす。
「あー、だめだ。ありがと、はずしていいよ」
「……これ、どうしたの? なにかの実験、かな」
横で顔を紅くしている彼女に、つい笑みが漏れる。
「私のお父さん、眼鏡かけてたの」
「お父さんが?」
「そう。眼鏡かけてるひとに親しみがあるから、これかけてたらみっちゃんの顔、まっすぐ見られるかなっておもったんだけど……」
どうやら、その目論見は希望的観測だったようだ。ちらりと彼女を見やると、うなだれていた。そのうなじまで、紅く染まっている。
「かっこよすぎるんだよねぇ……」
「顔、無理して見なきゃいいじゃない」
「駄目だよ、声だけでもかっこよすぎるもん。変わんないよ」
「ふふ、そんなに誉められたら照れるなあ」
そんなことを言いながら、彼女も莢豌豆のへた取りをはじめた。手元に集中しているからか、いつもより自然と話せる。顕現したての頃、僕と話すときに必要以上に緊張して、からだを強ばらせて普通に話すこともままならなかったことを思い出す。そうなると、なかなかの進歩だなあ、と思う。
「みっちゃん、ちょっとへたれてたらよかったのに」
「好きな子の前では、いつもより格好をつけなくちゃね」
「ひゃー、じゃあみっちゃんのことを好きになる子は、大変だねぇ」
僕がそれ以上言葉を継げずにいても、彼女は気にせず、しばらく無言でさや取りに熱中していた。僕の手は止まっていたけれど、気づかないようだった。
それからさや取りが終わり、もっと早く来ればよかったな、と残念そうな顔をする。楽しかったようだ。
「じゃ、これ厨に持っていくから……」
「──ねぇ、さっき君は僕を好きになった子は大変だと言ったけれど、僕の好きな子も大変だよ?」
え、と言った彼女の頬に手を添えて、上を向いてもらう。僕から顔を反らさないように、すこしだけ力を込めて。
「な、んで」
「だって、こうしないとキスもできないじゃない」
顔を近付けて、むに、と彼女の頬に親指を軽く沈める。みるみる紅く染まった。
「……それは……たいへんだね……」
主は蚊の鳴くような声で、絞り出すように言う。彼女が持っていた眼鏡が懐から落ちて、からんと音を立てた。