修行に出る前前前前の朝やたらと冷える朝、まだ起きなくていい時間に目覚め、薄い夏がけのなかで震えていたら、大般若長光が戻ってきて徐に抱きしめてくれた。寒さは私のからだの中に留まり、胸の奥で凍っていく。
「まだ寒いかい? じゃ、これでも着てな」
それでも寒がる私に内番のジャージを貸してくれる。どうやらこれを取りに行ったらしい。やっと震えがおさまった。
「……修行、行ったら」
「ああ」
「我慢しすぎちゃだめだよ」
からだに悪いから、と暗に言う。一応心配して言うけど、牽制に聞こえる気もする。
「修行中は忙しくて、女を買うとか、そういう暇はないらしい。あんたの心配するようなことにはならんさ」
「……ほんとかな」
「ほんとだよ」
たしなめるようにおでこにキスをくれる。不安に駆られて当たっても、大般若長光は鷹揚で相手にしない。強いひとだ、と思いながら寝返りをうった。ぼろっと涙がこぼれる。
大般若長光は後ろから私を抱え直す。相変わらずかれはぬくい。
「俺はどうなったってあんたの刀さ。多少見た目が変わっても、そこは変わらないさ」
大般若長光が旅立ったら、胸の奥で凍った寒さはドライアイスからのぼる白煙のように、私を冷やしてしまうような気さえする。
そんな私の落ち込み具合を察している大般若長光は、ぎゅう、と回した腕に力を込めた。
「……なあ、今日は思い切って、何もしない日にしないかい?」
「……え?」
「あんたの好きな映画を流してごろごろしたり、フレンチトースト作ったりしよう」
「なんで、フレンチトースト」
「じゃあ、ホットケーキでもいい。とにかく、俺はあんたの笑顔が見たいのさ」
「……うん」
寝返りをうって、正面を向く。固い胸板におでこをこすりつける。
「……たかだか三泊四日、なのにね」
「そうだな、前に研修だといって一週間くらいあんたが本丸開けた時は、俺は刀に戻っちまったかと思ったものさ。
あああと、ほかの男によそ見なんてしないようにな」
「しないよ……」
「わからんぞ、あんたもてるからな」
「もてないよ……」
ちゃんと待ってる、とそのときは自然に口からでた。 寒さも溶けている。