朝を待つ刀剣男士に、郷愁という感情はあるのだろうか。
いとおしむことはあるだろう。おそらくは、哀惜も。だけど、ひとの身を得て十も年を数えないかれらに、土地や生家に対する感情は──
喉が痛くなって目が覚めた。夢の中でも悲鳴を上げることのできない自分に辟易する。
いまは暑いくらいだけど、じきに汗がひいて寒くなるだろう。上着を持って、寝所を出た。
「……おや」
厨で水をもらってきて、大きな白い三日月を望むようになってしまった部屋の前を通る。落ち着かないので早足で通りすぎようとしたけど、ひとの気配がしたので思わず覗くと、そこには外を見ていたらしい、内番の格好のままの近侍がいた。
「起きちまったのかい」
「うん。大般若も、寝れないの」
「まあ、そんなところだな」
本当は寝袋でも持ち込んで(持ってなかったけど)この部屋にいようとしたんだけど、それをやんわりと、けれど堅実に止めた御仁も、同じことを考えていたらしい。
「お茶でも淹れようか」
「いや、あんたは朝に備えて寝な。いまは落ち着いているようだが、何時なんどき戦況が変わるともわからんぞ」
あんたは大将なんだから、と大般若は言った。
頷いて、じっと顔を見ていたらくしゃり、と頭を撫でられた。そんな物欲しそうな顔をしていたのだろうか。
「ごめん」
「いや、俺が撫でたくなっただけさ。……こんなことは、せめて今回で終わりだといいんだが」
「うん」
訳がわからないまま、三日月がいなくなって、初期刀をはじめとした男士たちと政府の要請通りに戦っていたけれど、もちろん私は送り出すだけで、戦ってはいない。
戦いに送り出すしかできない割に、一丁前にからだは緊張して高揚して、近侍になだめてもらっている。そんな大将(私)を気にかけるんだから、できた近侍だなあと思う。
「なにもしてないよ、私」
「そんなことはない。送り出して、迎えてくれるだろう?」
「それしかしてないじゃん」
「いいんだ。こういう時はな、帰りたい場所があるってのが、大事なんだよ」
そうじゃないと簡単に、と言いかけて、大般若は口を噤んだ。なんとなく、その続きはわかった。
「だから、俺……達は、あんたを失うわけにはいかんのさ」
「大般若」
「たとえこの本丸がくずれても、あんたさえいればまた建て直せる。今までのような、倦むほどの、もしかしたらこの戦いよりも長いかもしれない日常に、帰りたいと思う。だがそれでこそ、この戦いを乗り越えられると俺は思う」
白い月が、大般若の横顔を照らしていた。色の白さが、冴えた刀身のように見えて、思わず手を伸ばして、そこにぬくもりがあるかを確かめてしまった。
かれの頬に、指先をかすめる。手をとられてしまって、ごめん、というと、手のひらに頬擦りしてくれた。あたたかくて、寒気がした。
「……私もそう。現金だよね」
「なあに、素直さは大事だ」
さ、寝な、と大般若は私の肩を抱いて、おやすみ、と囁いた。