風に吹かれて雨に打たれて大般若長光は風のようなひとだ。
するりと懐に入ってきて、気がついたらもういない。溶けるんじゃないかと思う夏の暑い日、吹き抜けた涼風のような流し目。髪を靡かせて、紅葉と舞うように敵を屠るところ。口許に浮かべた笑みは軽やかなのに、時には身を切るあからしよりも、冷たい眼をする。でも普段は桜の花びらを、ぬくもりとともに届けるような春風みたいにきらめいている。
「ほら、寝るよ」
寝る前に窓を開けて夜風に当たっていると、大般若が迎えにきた。おろした髪が、月に照らされる。
「雨が降りそうだな」
「うん、風が冷たくなった」
さあっと風が吹いて、大般若は本当だ、と言いながら、私の頬に大きな手をあてた。紅い眼の奥がきらっと光る。
窓を閉めて、寝室に向かう大般若の後ろにつく。後ろ髪を眺めて、ふと、
「昔、夜に降る雨が嫌いだったなあ」
「へえ?」
「あ、ごめん、ちょっと思い出しただけ」
夜に雨が降っている、その特に理由のない憂鬱や寂寥感が、閉じ込められた檻みたいに思えたのだろう。中高生の感受性ってすごい。今じゃ雨だ、か、頭痛いと思ったら雨か、くらいしか思わない。さらに、私がいた2020年代は異常気象の連続で、容赦のない日照り、水不足がしんどかったので、雨が降ったらほっとすらしたものだ──、なんて考えながら、床をととのえて、身を横たえて、じゃあおやすみ、と言おうとすると、ちゅっと、おでこに大般若の薄い唇が降ってきた。かれの前髪がはらりと私の顔にあたって、雨みたいだと思う。くすぐったくて、よけきれなくて、濡れたような感触で、撫でられているようで。
「雨みたい」
「俺の髪が?」
「うん」
大般若はすこし身を起こして、私に覆い被さる。銀糸にとじこめられて、かたちのいい額を見るともなしに眺めると、大般若が口を開いた。
「雨、嫌いかい」
「昔の話だよ、いまはむしろ」
「どこが嫌いだった?」
「え?……えーと、逃げ場がないところ、だったと思う」
それはまた朝がきてしまうことでもあったんだろう。社会人になったら、どんなに憂鬱でも朝がきて、夜がきて、また朝が来るということに平等すら感じた。
「俺は?」
「す、すき」
「……ふむ、そうか」
よかった、と大般若は笑った。
「どんなところが好きなんだい?」
「ええ……強いところ」
これいつまで続くんだろう、と思ってたらどいてくれた。重いから助かった。私の横にぴったりくっついて、腕枕をどうぞと腕を伸ばしてくる。
「ああ、あんたが修行に出してくれたおかげでな」
強くなった、と笑った。大般若は楽しそうだけど、私は眠くてたまらない。大般若のからだに腕を回すと、大般若も抱きしめ返してくれた。
「……あんたのことは、雨からだって守るよ」
「いいよ、一緒に濡れよう」
「なんだ、つれないな」
「……雨」
さらさらと、雨の降る音が聞こえた。大般若は気に入らなかったらしく、私の耳をふさいでしまった。