12月16日 昼
記録指針(ログポース)の指し示す先を辿る航海において、到着した島が必ずしも人の住む島とは限らない。危険動物が襲ってこない、屋根のある揺れない寝床のある文明的な港や街のある島に上陸できると、ナミとウソップが大いに喜ぶ一方で、未知の冒険要素は少なくなるため、ルフィは少し物足りない顔をする。
昼過ぎに到着した島はナミとウソップの喜ぶ島の方で、船をとめると意気揚々と宿に向かった。女二人はツインルームで優雅に眠ることができるものの、男達には全員まとめて入れる大部屋分の宿代しか与えられないため広々とはいかないのだが、普段ハンモックで眠っていることを考えれば、柔らかい布団の上で手足を伸ばして眠れるだけ幸福だった。
宿が決まり、ログの溜まる時間を確認し、明日の昼過ぎに船に戻ってくるようにと取り決めた後は各自の自由時間だ。鬱蒼とした森も謎の遺跡も無くとも初めての島であることは違いない。いの一番に飛び出して行こうとしたルフィだったが、何故か今日はナミに首根っこを捕らえられてしまった。
「何すんだよナミ!もう好きなとこ行っていいんだろ?」
「皆はね。あんたはダメ。今日は私に付き合いなさい」
「えーーー!?」と響くのは何故か二人分の悲鳴。
「なんでナミに付き合わなきゃなんねェんだよ!」
「そうだよナミさん、デートならおれがエスコートするのに!つーかルフィてめェ!なにナミさんのお誘いに嫌そうな顔してんだ羨ましい代われ!!」
「そうだナミ、サンジが喜んでついて行くぞ!代われ!!」
サンジが入ってきたことによって騒々しさに拍車がかかり、ナミは眉間を抑える。普段の買い物の荷物持ちなら、喜んでついてくるサンジの方が確かに都合がいいのだが、今回は別の思惑があるため、サンジについて来てもらっては意味がないのだ。
「サンジ君は買い出しがあるって言ってたじゃない。私の買い物に付き合う時間はないでしょ」
「うっ」
「ルフィは私に借金あるの忘れてない?ジャケットの弁償代、まだ完済してないんだけど。今日付き合ってくれるなら残りはチャラにしてあげるわよ」
「えっ!?十万ベリー返したはずだぞ!?」
「お客さん、利子ってものを知らないようね?」
「えーっ!十万だって元値の三倍だったじゃねェか!?」
ついて行きたがりめそめそと地べたに這いつくばるサンジと、納得いかないと大声を出すルフィに一つずつげんこつを落とす。未練たらしく何度も振り返りながら去っていくサンジを見送ると一つため息をつき、ナミは隣でフグよりもパンパンに頬を膨らませて拗ねているルフィを小突いて、本題を口にした。
「あんた、のんきにしてるけど、クリスマスプレゼント、何か考えてるんでしょうね?」
途端に目をぱちくりと大きくまばたきさせるルフィに、やっぱり、とナミのため息が重なる。
「クリスマスプレゼントはサンタが持ってくるんだろ?」
「海の上の海賊船にサンタが来るわけないでしょ!クリスマスプレゼントってのは大人になったら友達と交換したり家族や恋人に渡したりするものなの!」
「そうなのか。でも宴の飯はサンジが用意してくれるぞ?それで十分じゃねェか?」
誰だここまでこの男を甘やかしたのはと頭を押さえるも、脳裏に浮かぶのはぐるぐる眉毛の彼しかいない。ならば自業自得だし、見返りがなくてもあの奉仕心の塊のような男は気にすることはないと分かってはいるのだが、アドベントカレンダーを始めてからの二人の成り行きを見ている者として、そろそろ一つ二つ口出してもいいだろうという気持ちも生まれている。
「皆に何か用意しろって言ってんじゃないの。でもあんたは今月に入ってからずっとサンジ君の『特別』をもらってるでしょう。クリスマス当日くらい、何かお礼を用意しなさいよ」
感謝の気持ちはもちろん有り余るくらいあるだろうし、日々伝えているのだろうが、それとこれとは話は別だ。プレゼントをもらってうれしくない人間はいない。それが好意を持っている相手からならなおさらだ――好意の種類は置いておいても。
ルフィもようやく納得したように頷いた。
「うん、分かった。それもそうだ。でもプレゼントって何がいいんだ?」
お礼のプレゼントを提言したのはナミだが、彼女もこれまで壮絶な人生を送ってきたため、下心のある男に贈り物をもらうことはあっても、歳の近い親しい男性にプレゼントを贈るような経験は皆無だ。なので、ルフィと一緒に首を傾げる。
「たとえば、あんたがもらってうれしいものは?」
「肉!ロボ!あと肉!」
「……じゃあ、サンジ君が好きそうなものは?」
「料理は好きだよなー。あと女」
「あんたに聞いた私がバカだった」
と言うものの、実のところサンジの好きなものと聞かれればナミもその二つしかとっさに思い浮かばなかった。密度の濃い時間を共にしているが、過ごした時間自体はまだそれほど長くない。少しの寂しさを振り払い、プレゼント選びに考えを向ける。
「調理器具はこだわりがあるかもしれないし、プロ相手に素人が選んだってしょうがないわね。そうなると無難なのは普段使いできるものとかかな」
「なら煙草がいいんじゃないか。しょっちゅう買い足してるし」
「一番喜ぶかもしれないけど、プレゼントの特別感がないわね……」
自分の好きな相手でもないが、クリスマスプレゼントというからには、開けた瞬間笑顔になるような、特別なものであって欲しいという考えはロマンチックすぎるのだろうか。ルフィの今の本音がどこにあるかは分からないが、サンジの唯一の『特別』でいたいと自分たちに嫉妬するくらいなら、サンジに『特別』 を渡したいとは思わないのだろうか。それすら単に自覚がないだけなのかもしれないが。
「ナミは何もらったら嬉しいんだ?」
「お金、宝石、金銀財宝」
「それ普通に欲しいもんだろ!プレゼントでもらって嬉しいやつ!」
男と女ではもらって嬉しいものも違ってくるだろうし、大切な人が自分のことを考えて選んでくれたものなら何だって嬉しいと思う。けれどそれを言ってしまうと何も決まらなくなってしまうので、性別が違っても通用する考えを何とか引っ張り出す。
「あげる方のセンスともらう方の好みによるけど、アクセサリーみたいに身に着けるものだと、もらったその人のこと思い出しやすいかもね」
「身に着けるもの……」
「……と言っても、サンジ君は普段手に指輪なんかつけないし、ピアスも開けてないからなあ」
復唱するルフィに、ピンとくるものを思いついたのかとホッとする一方、サンジは見た目だけはそれなりにスマートでお洒落なので、ルフィの「かっこいい」のセンスがサンジの好みと一致するかは大変疑わしく、不安も浮かんでくる。
しかしダメ出しばかりをしていてはいつまで経っても何も決まらない。そもそもルフィが贈るプレゼントなのだからルフィが選ばなければ意味がないのだ。よっぽど奇抜なものになりそうなときだけ横やりを入れればいいかと考え直し、男性物の衣類やアクセサリーを取り扱っている店へと移動した。
街では基本的に自由行動が多いため、ナミは普段の男達の様子は知らない。それでも、似たような服を着回しているルフィは、ゆっくり自分の服を選ぶなんてことはないだろうなという確信があった。
だから、はしゃぐでもなく店内をゆっくり見回っていく今のルフィの様子は意外で新鮮だ。それだけ、彼ににとっても安易決めていいものではないということなのだろうとよく分かった。
「お客様、何かお探しですか?」
感慨深くルフィを見ていると、男性店員から声をかけられた。これ幸いと、ルフィには好きに見回らせつつ、ナミは店員にアドバイスを求める。
「世話になっている人へのお礼を兼ねてクリスマスプレゼントを渡したいんだけど、どういうものがオススメかしら?」
「お渡しする方の年齢と性別をお伺いしても?」
「同じ年頃の男性よ」
「そうですね……普段使いのものでしたら、時計やネクタイ、タイピンは好まれやすいでしょうか。カフスボタンなどはそれより少し特別感が出ますね。お酒を好まれる方なら好みのお酒にグラスを、煙草を嗜まれる方ならお好きな銘柄と一緒にライターを添えたりするのも喜ばれやすいかと」
なるほど、と頷きながらルフィとの会話を思い返す。煙草だけなら素っ気なく感じるが、サンジはマッチで火を着けていた覚えがあるので、ライターはいいアイデアかもしれない。このまま決めかねるようなら提案してみようかと考えかけたところで、店の奥からルフィが大きな声で呼ぶので、慌ててそちらへ向かった。
「ナミ!プレゼントコレがいい、コレにする!」
「何、どれを選んだの?」
コレ!とルフィが指差す先に心配半分目を向けると、そこには青地に格子模様のネクタイがあった。
「あんたも話聞いてたの?」
「身に着けるものだろ?ならコレがいいと思う」
店員との会話は聞いていなかったらしいルフィは、ナミの最初のアドバイスだけでこのネクタイを選んだらしい。意外と言ってはなんだがルフィにしてはまともなチョイスに、つい「どうして?」と再び問いかけていた。
「青は海の色、サンジの夢の色で、サンジの色だからな!」
自信満々ににっと笑ったルフィに、当人でもないのに思わず照れてしまいそうになったナミは咳払いをする。これを毎日毎朝真っ直ぐに向けられてしまえば、女好きを自称するサンジとて堕ちてしまっても仕方ないと思えた。
選んだネクタイを手にレジに向かい、プレゼント包装用の箱やリボンも自分で選んだルフィは「このサイズならあの箱にも入るだろ」と、プレゼントの渡し方も想像していて、好きなもののためならこんなに熱心になるのだなと感心してしまった。
しかしレジでプレゼントを包む店員は、ルフィとナミを交互に見ながら、わずかに困惑の表情を見せている。もしかして海賊だということがバレて海軍でも呼ばれたか?と訝しんだが、店員の「失礼ですが、」から続く台詞で杞憂であると分かった。
「お客様からお連れ様へお渡しするプレゼントではないのですね?」
ナミは数秒口を開けて返す言葉をなくす。確かに先程プレゼントを渡す相手は「同じ年頃の男性」と言い、それはルフィにも当てはまる、当てはまるが。
「…………ちょっと聞きたいんだけど、私があの男を選ぶような趣味の悪い女に見える??」
あの男と指差されるルフィは、用件が終わり「もう違うところ行っていいか〜?」とつまらなそうに鼻をほじっており、先程までとは打って変わったいつも通りの態度である。思わずレジのカウンターから身を乗り出すくらいに凄んでしまったナミに、店員も慌てて首をブンブン横に振る。
「め、滅相もな、……んんっ、いえ、これも失敬、お客様からどちら様かにお渡しするものではなく、あちらのお連れ様から他の男性にお渡しされるものでしたかという意味でして……」
一応ルフィも客であると認識してしどろもどろの店員に、海軍を呼ばれているわけではないと分かったナミも、飽きてそわそわしているルフィを解放することにした。ぴょんと飛び跳ねて店から走り去っていくルフィに「これも三倍でツケとくからね!」と怒鳴るナミの声が耳に聞こえたかどうか。
「……一応、アレから友人?に贈るプレゼントなんだけど、それだと問題あった?」
「いえいえ、問題ということはありません。ただ、異性や特別な相手に贈る場合、意味を持つプレゼントもありますので。ご友人へのプレゼントでしたら、そういった意図はないと分かりますからね」
確かに先程の自分の説明の仕方だと、恋人に渡すプレゼントと勘違いされてもおかしくなかったかとナミも苦笑する。
そのまま支払いを済ませ商品を受け取った。プレゼントはクリスマスイブの前日までナミが安全に保管することになっている。
この小さな箱を、クリスマスの朝、役目を終えたはずのアドベントカレンダーの箱の中に入れて渡すと言うのだから、ルフィもなかなかロマンチストかも知れない。
「ねえ、ちなみに特別な人にネクタイをプレゼントすることにはどんな意味があるの?」
好奇心から店員に尋ねると、店員は何故意味を知る必要があるのか不思議そうにしながらも答えてくれた。
「恋人や意中の相手へのプレゼントの意味ですと、『あなたに首ったけ』『あなたに夢中』といった意味や、少しネガティブにも聞こえますが『あなたを束縛したい』という意味を持ちますね」
「ふ〜ん……」
――あながち、間違ってもないんじゃない?
内心そう独り言ち、ナミも店員に礼を言うと店を後にした。
サンジは、プレゼントの品の持つ意味を知っているタイプだろうか。あの男こそロマンチストであるし、レストランなんて社交場で働いていたのだから、教養として知っていてもおかしくないだろう。
ルフィからネクタイを渡されたサンジは、一体どんな顔をするのだろうか。
それを一人見ることができるルフィを羨ましいとは思わないが、その表情さえ独り占めする我が船長は、やはりわがままで欲張りだと再確認し、ナミは小さく笑った。