Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    mononofumusume

    @mononofumusume

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    mononofumusume

    ☆quiet follow

    前にツイッターに上げていた小噺の続きです。

    盲目博士×悪玉森くん(続)階下に広がる玄関ホールを見下ろしながら、今後の事へと思考を巡らせる。氷川邸……今や私の物となったこの屋敷と財産、そして一人の男。それが、見知らぬ世界にポンと投げ出された今の私に残された全てだが、元々何も持ってはいなかった事を思えば寧ろ上々だ。ひとつ面倒があるとすれば、足音に気を遣わねばならぬ事だろうか。
    寝すぎたせいで、朝食より昼食に近い時刻になってしまったが、誰も咎める人間はいない。彼を呼び出す為に、真新しい革靴の音を態と響かせながら大階段を降りて行く。この家はカーペットが敷かれている部屋も多いので、意識的に体重をかけなければ音が鳴らないのだ。
    「玉森くん、そっちに居らっしゃるのですね」
    すると私の足音を聞きつけた博士が、杖を片手に二階から顔を出した。
    「おはようございます博士。そろそろ腹が減ったので、何処かに食事でも行きましょう」
    「外食ですか? あ……すみません、まだ新しい運転手を雇っていないので、車は……」
    「今日は珍しく晴れているんですよ。なので徒歩でも良いでしょう? 早く着替えて来て下さい」
    反射なのだろうか。はい、と返事をした物の、焦りや戸惑いの色を表情に滲ませた博士は、それでも何も言わぬままに手探りで部屋へと戻っていく。覚束無い足音と杖の不規則なリズムが遠ざかっていった。
    ……今日も何も言わないのか。
    「私たち」が初めて出会った日、博士の盲目につけ込んで邸を乗っ取ろうと画策していた私を拍子抜けさせたのは、「財産も権利も全て渡す」という彼自身の言葉だった。泣き縋る様子から、この世界の私に捨てられたのは見て明らかだったが、それにしたって必死が過ぎる。更に気味が悪いのは、博士が私に何かを望む事が無いという事だ。元居た世界の博士だって、こちらが条件を出して対価を搾り取れる程度には欲があったというのに。
    その上、あの慣れない杖の扱いを見るに、彼は生まれつきの盲では無い。視力を失ったのは最近の事だろう。興味も無いので聞かないが、こちらの世界の私も中々の悪人だったらしい。
    部屋に戻ったきり出て来ない博士の様子を音を殺して覗きに行けば、案の定何枚も引っ張り出した服を鳥の巣の様に囲み、一枚一枚手触りで判別しながら座り込む博士が居た。隣を歩く私の為に、身なりに気を使おうとしているのだろう。
    「博士」
    「え!? た、玉森くん!!?」
    「遅いので見に来ました。大丈夫ですか?」
    態々言葉の裏に、「手ヲ貸シマショウカ?」と含ませてやったのにも関わらず、博士は焦点の合わぬ両目をさ迷わせ、申し訳なさそうに散らかした服を掻き集める。
    「ご、ごめんなさい。時間がかかってしまって……お腹空きましたよね、急ぎますから……」
    まただ。今回は私から手を差し伸べてやったのに。何に怯えているのかは知らないが、まるで指先で肌に触れるか触れないかの所を撫でられる様な距離感は、私の中の苛立ちを膨れ上がらせる。
    いよいよ我慢ならなくなり、私はついに博士の寝巻きの前釦を力任せに引きちぎった。見えずとも流石に何をされたかは分かったらしい博士が、一瞬の硬直の後、集めた服を再びばら撒きながら後ろに倒れ込む。
    「っっった、たたたっ、た、たまもりくん!!? な、なに、何を!!?」
    「私が着替えさせてやろうと言うのです、迷惑だとでも!?」
    「着替え……あ、いえ!! 迷惑だなんてそんな」
    「洋服……は、着させるとなると面倒ですね。何か……、あ」
    この家で暮らす事を決めてから私自身洋装を好んでいたが、以前着ていた服を捨てた訳では無い。
    私は部屋を飛び出して、自動乾燥機のある場所へと赴けば、記憶通り、洗って乾かしたまま放り投げていた自分の着物と袴を発見した。これなら多少の裾の調整も出来るし、一日くらい良いだろう。
    服を抱えて、博士の部屋へ戻ろうと廊下を進んでいる時だった。
    「玉森くん、何処に……行ってしまったんですか?」
    部屋に置いて来たはずの博士の声が、廊下の先から聞こえた。何処にも何も、足音で……いや、そう言えばカーペットが敷かれていたのだった。思い付きのまま部屋を出てしまったので、足音を立ててやるのを忘れていた。
    名前を呼ぼうと廊下を曲がるも、喉元で詰まったそれは、声にならずに消えてしまう。
    博士は杖も持たず、ただ手探りで体を引き摺りながら、色の違う虚ろな両目からとめどなく涙を溢れさせていた。震える唇が繰り返し紡ぐのは私の名前だけ。
    とうとう壁に寄りかかり、蹲ってしまう。
    そんな彼の前に、態と足音を立てずに歩み寄る。まだ私に気が付かずに泣いている博士へと顔を近づけて、吐息に乗せ小さく名前を呼んでみる。
    「!」
    その瞬間、博士に両腕を掴まれた。先程まで幼い児を思わせていたその顔に、怒りや焦燥ともつかぬ、赤黒く光る感情が混ざりあった涙が数粒伝っている。
    「僕の傍に居ると言ったじゃないですか!!!」
    間近で浴びる心からの叫びに、漸く彼の本当の欲求を見つけ出した。なんと歪んだ願いだろうか。遠慮や無欲などとんでもない。世界が変われども、博士は博士である事に何処か安堵する共に、自分達の相性の良さを実感し、口角が上がるのを抑えきれない。
    私への執着を隠しもせず泣き喚く彼の姿に、久しく燻らせていた加虐心が顔を出すのを感じていたから。
    それでも、取り敢えずは昼食を食べに行きたい。博士を落ち着かせる為に、いまだ伝う涙を指で拭う。
    「何処にも行っていませんよ。現にこうして居るじゃあ無いですか」
    「……え?」
    「本当に見えないんですね。今私が裸なのも分からないんでしょう」
    「……えっと、裸なのですか?」
    「嘘です」
    「あはは、ですよね……服の感触がします」
    掴む力を緩めはするものの、腕を離す気は無いらしい博士の肩に、持ってきた着物をかけてやった。
    まったく、着替えでこの調子では先が思いやられる。食事だって、私が手を貸してやらねば満足に口に運べないのではないか。
    それでも、誰かを雇おうという気は不思議と起こらなかった。成程、こういうのも……悪くない。
    博士の何も映さぬ瞳には、確かに高揚した私が反射していた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭🙏🙏💞💞💞💯💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works