Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    @looksick

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    @looksick

    ☆quiet follow

    抗う者達⑨の続き。

    #ナポリ山脈
    naplesMountains

    抗う者達⑩ 目を覚ますと、ライトグリーンのぼやけた天井が志海の視界に映し出された。
     天井だ。眼鏡がないのではっきりとは見えないが、間違いなく天井である。
     灰色の空でも、
     黒い洞窟でもなく、
     屋内の、天井。
    「っ……」
     ここは、と呟こうとして声が出なかった。まるで喉の壁面がくっついてしまったかのようだ。
     周りを見回そうとして、首が満足に動かせないことにも気付く。それどころか、体自体が動かない。錆び付いてしまった機械のように軋む。力が入らない。
     目は? 目は動く。まばたきもする。
     呼吸もできる。
     首。あ、なんとか動きますね。ゆっくりと、少しずつ。
     狭い部屋だった。ベッド一つと、椅子と、小さな棚。まるで病院の個室だ。もしかして本当に病院だろうか?
     窓がある。丸い。丸い? 二重に填められた丸くて厚い窓。まるで船室じゃないですか。あ、揺れてる。
     じゃぁ、ここは船? 船の、医務室?
     志海は内心で首をかしげた。なぜ自分は船にいるのだろう?
     ──狂気山脈にいたはずなのに。
     折れた足をひきずって雪の中をさまよっていたはずなのに。
     下山するために。
     ……そう、志海は下山しようとしていた。
     迫り来る岩肌に激突し、生きたと思った。生ききったと思った。
     だが生き残ってしまった。生き残ってしまったのなら、別の場所へ生きにいかなければならない。志海はずっとそうして生きてきた。だから志海は下山しようとした。
     それから、記憶がない。何かを聞いたような気がする。何かを見たような気がする。何かを、知ったような気がする。
     だがもう思い出せなかった。自分の中にヒントとなる断片すら存在しなかった。
     気付いたら、ここにいた。ここで目を覚ました。
     何故? どうやって──
    「目を覚ましたか、志海」
    「!」
     近くから声をかけられた。目を向ける。誰かいた。気付かなかった。
     眼鏡がないので顔はぼやけてよく見えない。黒い髪の男だ。長い、黒髪の……
    「     」
     八木山先生。唇は動いたが、音にはならなかった。
     八木山は苦笑した。
    「満身創痍だったんだ。しばらくは自由に動けないぞ」
     どうして貴方がここにいるんですか。僕はどうしてここにいるんです。……尋ねたいが、声が出なくてもどかしい。
    「まぁ、待て。まずは水を飲むといい」
     八木山は棚の上にあった水差しを手にし、志海の頭を持ち上げて口元へと傾ける。
     ぬるい水が口の中に入り、喉へ流れ込んでくる。
     こくり。飲み込んだ。飲み込むことができた。
     八木山は口からあふれないよう細心の注意を払いながら、志海に水を飲ませる。
    「こんなもんか」
     ありがとうございますと言うべきなのだろうが、どうせ言えないので志海は早々に諦めた。
    「お前を捜しにな、狂気山脈に戻ったんだ」
     徹心と、えべたんと、梓さんと、四人で。八木山が説明する。あずさ?
    「お前のことが気になって眠れなかったから、コージーに頼んでネオステリクスに支援してもらって」
     ネオステリクス? って、あのブランドの? ……コージーって誰だっけ?
     っていうか。志海はため息をついた。わざわざ捜しに戻ったんですか。本当にめんどくさい人だな、と思った。
     八木山は笑う。
    「お前はそんなこと望んじゃいなかっただろうけどな。悪いが、お前の都合なんて俺の知ったことじゃないんでね。……お前にとって俺達のことなんかどうでもいいのと同様に」
    「……」
     そう言われると何も言い返せない。わずらわしいけれど、八木山の自由は八木山のものである。自分の人生が自分のものであるのと同様に。
     しかし、それにしたって馬鹿だな、と志海は思った。狂気山脈の危険性は散々思い知らされたはずだというのに、登山家でもない男がそれでも再び自分を捜しに登り返すなんて。何かあったらこれほど虚しいことはないのではないか。
     ……だというのに。
     分かってはいる。そういう男なのだ、八木山という人間は。分かりたくもなかったけれど、それなりに時間を共有したから知ってしまう。
    「……     」
     馬鹿ですね、と唇を動かした。
    「うるさい」
     ぎゅむっと鼻をつままれた。頭を振って払う。八木山は笑った。
    「他の皆も心配しているからな、呼んでくる」
    「      」
     いらないです。
    「知らん」
     ははっと笑いながらベッドを離れる八木山。
    「……っ、」
     その体がふいに止まる。
    「?」
     そのまま八木山はうつむき、胸を押さえ、ゆっくりと崩れていく。
    「     ?」
     八木山先生? 志海は無理矢理上体と腕に力を入れてわずかに浮かせた。明らかに八木山の様子がおかしい。
    「ぅ、」
     しかしとたんに胸に痛みが走り、ベッドに沈む。どうやら肋骨を痛めているようだ。そういえば手足の末端も熱い。
     一方、八木山は膝をつく。
     やがて。
     どさりと彼は床に倒れた。
     志海の位置からは死角になって見えない。
    「ゃ……ま……せん……ぃ」
     これは、マズイのではないか。振り絞るように声を出して呼びかける。
    「やぎ、ま、せんせ、い」
     八木山に答える様子はない。動く気配もない。
     あ、マズイ。
     これは、マズイ。
    「やぎや、ま、せん、せ、やぎやま、さん、」
     繰り返しながら、痛む体に動けと命じる。
     動かない。
     汗が湧く。急激に体力を消耗するばかりで、体は全く答えてくれない。
    「──だれ、か……だれか」
     気付けば助けを求めていた。頭の中で死が渦巻く。体の芯が冷えていく。……誰かの影が脳裏をよぎる。
     駄目だ、このままでは、
     また──





    「志海サン、どうしたの!?」
     えべたんが部屋の中に飛び込んできた。その後ろには杉山もいた。
     すぐに床の八木山に気付き、部屋の外に叫ぶ。
    「梓ちゃん、AED!!」
     隣の部屋から慌ただしく扉が開く音がして、間もなくAEDを手にした女性が飛び込んできた。
     杉山が八木山の服を脱がせ、鮮やかなほど手早く心肺蘇生の準備がなされる。
     えべたんが志海の体を支えて起こした。ベッドの下の八木山が見えた。
     青白い顔で、眠るように横たわっていた。床に広がる黒く長い髪が不吉さを誘う。
    「八木山君、ここで死んじゃ駄目」
     AEDのアナウンスの中、女性が険しい顔で呼びかけた。
    「ヤギ、起きろ、せっかく三郎を連れ戻したんだぞ」
     杉山も言う。
    「……やぎサン……」
     えべたんの、彼女に不釣り合いな、不安げな声が志海の耳を打つ。肩を掴む手に力がこもった。
     一回目の刺激。目を覚まさない。
    「八木山君」
    「ヤギ」
    「やぎサン」
     祈りのような呼びかけである。無理もないだろう、今目前にしているのは人の死なのだ。
    「……」
     志海は、何故、と何かに対し悪態をついた。
     死ぬなら、八木山ではなく、自分であったはずだ。そうでなければならなかった。
     それなのに。
     何故、こんなことに。
     なんで。
     なんで、こんな。
     こんな、虚しいことに、なんで──なんでまた、

     俺じゃないんだ!!
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭🙏😭😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    @looksick

    SPOILER抗う者達⑧の続き。
    抗う者達⑨ テケリ・リ
     テケリ・リ
     テケリ・リ テケリ・リ
     テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ
     テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ
     テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ
     テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ
    4282

    related works

    recommended works