細く開けた窓の横で煙草をふかしていた左馬刻の頬を、湿度を纏った柔らかい風がふわりと撫でた。空を見上げると、夕陽を隠していた灰色の雲がどんどん分厚くなり、その光を殆ど遮ってしまう。ポツポツと落ちてきた小さな水滴はみるみるうちにその数を増やし、あっという間に水のカーテンを張った。外の喧騒が、雨の音にかき消されていく。
「もう、梅雨だね」
湯呑みを二つ持った寂雷が、片方を左馬刻に差し出した。左馬刻は自分のために用意された灰皿に煙草を押し付け湯呑みを受け取る。一口啜ると、ぬるめのお湯に引き出された茶葉の甘さがまろやかに舌の上に広がった。コーヒー派の左馬刻だが、寂雷の淹れる緑茶は、好物だ。
寂雷は湯呑みをテーブルに置き、細く開いていた窓をぴったりと閉め切った。ざあざあと勢いを強めていく雨の音すら遠くなり、急に部屋の広さを感じてしまう。二人ぼっちで世間から切り取られたかのような空間の中、いつもは気にしていないことがふと気になり、机の向こうで椅子に腰掛けた寂雷に一つ問いを投げた。
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