飲み物を取りに行くと告げてテーブルを離れ、言葉通り真っ直ぐにカウンターへ向かう。
そこにはクリスマスパーティという趣向に合わせた様々な種類のグラスが並んでいた。
トレイをひとつ借りて、一通りテーブルの上を確かめる。折角のパーティなのだから良いだろうかと、その中でも一際目についた薄く色づいた泡立つもの、ノンアルコールのスパークリングワインが入っているのだろう細身のシャンパングラスを二つ手に取った。
そしてその脇にあった葡萄のジュースらしきワイングラスもひとつ。
三つのグラスを載せたトレイを両手で慎重に抱えてその場を離れる。
テーブルへ戻る通りすがりにふと料理の並んだテーブルを横目に見ると、ちょうど空になった大皿が入れ替えられ新しいデザートが出てきたらしい。
その上に並べられた色とりどりのケーキ達。何となしに眺めていると、そのなかのひとつに思わず目を奪われる。先程の彼らとの会話を思い浮かべながら、気付けばそれを空いた小皿に盛り付けていた。
デザートフォークを二つ添えて目当てのテーブルに戻れば、席にいた二人は苺を沢山載せたショートケーキを挟んで向かい合い、それを三つに切り分けながら談笑していた。
「飲み物持ってきました」
そんな二人に断りを入れて、それぞれの正面に細身のシャンパングラスを並べていく。
そして最後にひとつ残ったグラスを手にする前に、小皿の方へ指をかける。
「あなたも昨日、誕生日だったんですね」
「まぁな」
「遅くなりましたが……おめでとうございます」
その言葉と共に、一緒に運んできた小皿を彼の前に添える。
皿の上に載っているのは、輪切りのオレンジを一切れ添えた鮮やかなオレンジ色のムースケーキ。
「おっ美味そうじゃん!!ありがとな」
良くオレンジを口にしている彼は、その通り好物なのだと以前言っていた覚えがある。きっとこれも好きだろうと思い持ってきたが、それを目にして喜びを微塵も隠しもしない素直な声をあげたので密かに胸を撫で下ろした。
改めて残ったグラスをテーブルの上に降ろし、トレイを脇に避けて腰掛ける。
「はい、おめでとう」
祝いの言葉と共に腕が横から伸びてきて、オレンジケーキの横に切り分けられたショートケーキが載せられた。
「ついでにそっちも一口ちょうだい」
そしてクリームのついたフォークがそのままオレンジケーキの表面を掠めようとすれば、小皿ごと勢い良く取り上げられる。
「おっと、俺のケーキは分けようなんて一言も言ってねぇぜ?」
些か大人げない兄はそう揶揄うように軽口を叩き、対してその弟は小さく悪態をつく。
そんな目の前で繰り広げられる光景を眺めながら、男兄弟というのはこういうものなのだろうかとどこか羨望のような感情を抱きながら思案した。
「越前くんも食べたいのなら、もう一つ持ってきて俺と分けようか」
同じケーキは先程並べられたばかりだからまだ残っている筈だ。同時にほんの少しの対抗心も覚えそう提案をすれば、オレンジケーキの小皿を高く掲げたままの姿勢で顔だけが勢い良くこちらを向いた。
「そういう事じゃねぇって!!……だーもう分かったよ、特別にチビ助にも分けてやる」
そう観念したように吐き捨てて皿をテーブルの上に戻し、オレンジケーキの先端を一口分だけフォークで掬うと、切り分けた際にクリームの散らばったショートケーキの皿の隅へそれを置く。
そのフォークが再び手元に戻ると、そのままもう一切れが切り出されフォークの上に掬われた。
そしてその先端が、真っ直ぐにこちらへと向く。
「ほら、お前の分」
差し出されたケーキを受け取ろうとしてふと視線を落とせば、取り分ける自分用の小皿をすっかり忘れてしまっていたことに気付いた。
その事を短く告げれば、ならそのまま食っちまえとさらにフォークの先端がこちらへと近付いた。
「……いや、まずは主役が食べるべきでしょう」
このケーキ達は彼らへの誕生日祝いだ。共に食べようとは言われたが、自分が先に口を付けるのは話が違うだろう。
そう返せば目の前の二人はよく似た顔でしばし見つめ合って、そして小さく笑った。
「そりゃそうだな」
「では、」
二人とも自分のフォークを一旦皿の上に置くと、示し合わせるまでもなく並べられたグラスを手に取る。
改めて祝いの言葉で音頭を取れば、触れ合ったグラスが小さく澄んだ音を立てた。