二人で乗ったゴンドラの扉が閉まり、小さな揺れと共に動き出す。
一息ついて向かいの席に腰掛けた姿の横には、エッジカバーを被せられた鮮やかなオレンジ色のボードが立て掛けてある。
冬の予定の話題になったときにスノーボードに行くつもりだと告げたら、彼から同行したいと申し出られたのがまだ本格的に雪の降る前のこと。折角やるなら道具から揃えたらと提案して、彼をスポーツショップに連れ出し自分のものと同じメーカーで繕ったものがそのボードだ。
今まで経験はないと言っていたが、いざゲレンデに出ると元来の運動神経の良さが成せる技か非常に飲み込みが早く、半日で基本的な滑り方は一通り身に着けてしまった。
なので早々に麓のショートコースに見切りをつけて、本来は明日からの予定だった更に山間のロングコースをこれから滑ろうとしている。
しんと静まり返った空間の中に、時折ゴンドラが支柱を通過する度に微かに振動する音だけが響く。
窓の外を眺めていると、山の上に近付くにつれて細かな雪がちらつき始めた。
しかしゴンドラの進む先の空には晴れ間が広がっているので、きっとまだ吹雪にまではならないだろう。
「まだまだ、本気じゃないんだろ?」
不意にそう問われ視線を正面に戻せば、海のように深く澄んだ蒼色の瞳がじっとこちらを見据えていた。
「お前の本気の滑り、見てみたいんだけど」
今日の目的は、初心者である彼にまずは基本の滑り方を覚えてもらうこと。彼の前で先程から何度も自分の滑りを見せてはいるが、あくまで動きの手本としてのそれだ。
このシーズンに合わせて彼のものを買うときに一緒に購入した新作のボードは、今日はまだ宿に置いてきてある。
今自分の横に立て掛けてあるボードは、以前から使い込んでいる一番安定した滑りのできるもの。スピードやテクニックを求めることに特化していない平均的なスペックのそれでも、普段山を滑り降りるペースでいけば、例え半日で初心者を卒業したセンスのある彼を相手にしたとて一瞬で置き去りにしてしまうだろう。
スノーボードに関して他人に教えるという経験はあまり無かったものだから、この状況を純粋に楽しんではいた。しかしそれをあえて指摘されたことで、慣れたコースを前にして気ままに滑ることができない事に対するもどかしさを知れず抱えていたことを自覚してしまったのだ。
「……後悔しても知らないぞ」
挑戦的な色の瞳に負けじと睨み返せば、返答の言葉の代わりににやりと口元が釣り上がった。