パチパチと枝が爆ぜる音に瞬きを重ねていた。
夜が更けてからどれほど経っただろうか。いつもなら栄養補給の後は早々に焚火を処理して眠りにつくのだが、今夜は目が冴えて眠る気になれなかった。
理由は考えずとも分かる。確認するように、すん、と鼻から息を吸えば、鼻腔にべったりとこびりつくような血の匂いが肺に広がる。不快感に眉を顰めれば、皮膚の動きに合わせ、拭い取ったはずの体液が糊のようにズレるのが分かった。
なぜ人は不快なものをわざわざ確認したがるのだろうか。無くなったかと期待しているのだろうか。そんな意味のないことを考えるほどには、この夜が手持ち無沙汰になっていた。
暇を潰そうと鞄の中を探ってみる。だが残念、焚火の明かりを頼りに探るまでもなく、お気楽な道中用具は殆ど捨ててきてしまっていた。中にあるのは薬箱、万能ナイフ、ロープ、携帯食、水筒、手帳、後は寝泊まり用の布、モラ袋くらいだった。
「殊勝なコトだ」
自嘲気味に呟いてみるものの、口角は上がらなかった。ロープで頑丈な結び目を作るのはもう飽きた。薬箱を下手にいじって空気に触れさせるのは避けたい。携帯食は調理を必要としない。水筒をぶら下げて指の背でコンコンと叩いてみても、この前雪解け水を補充したばかりのそれはたぷたぷと揺れるだけだった。
と、目が合ったのは赤色だった。先ほど大々的に活躍していただいて外すのを忘れていた。間を置いて、見つめあったまま水筒を置き、少し力を籠める。ジャラ、と音がして、鎖が手元に現れた。
「……軽い」
片手にとり、握りしめるようにして擦り合わせる。
がり、がり、じゃり、ぎ。
がちゃ、じゃり、ぎぎ、かちゃ。
材質はいまだよく分かっていないが、鉄のようなモノだろうか。金属同士が擦れる音が転がった。命を吸ったばかりの凶器によって産まれる生気のない音が、獣の眠る森に吸い込まれていく。そういえば、獣除けを用意していなかった。
空を見上げた。無数の星が散りばめられている。白い息が視界の端を埋める。
いくつか密集して陣を生成すると、紫色の淡い光が呼吸に照らされ、怪しげに顔の周りを揺蕩う。全ての陣から鎖を撃ち出して、自分を囲うように適当な地面に固定した。シャンッ──、と鋭い音が余韻を残して消えた。現れた鎖それぞれは重なり、静止している。
手元でいじっていた鎖を霧散させた。
「……」
静寂の中、炎に侵された枝が爆ぜる音だけが聞こえている。
目を瞑る。
ぱち、ぱち、ぱち。
ぱちぱち、ぱち。
ぱちぱちぱち。
持ち上げた手の指で、なぞるように空を撫でた。その動きに呼応して、一本の鎖が動く。重なるもう一本と触れ、金属同士が擦れる音が鳴り始める。もう一本、もう一本。
ぎい、ぎー、ぎゃり、ぎゅぎ、がりがり。
ぱち、ぱちぱち、ぱち、ぱち。
じゃら、がりゅ、ぎぎぎ、じゃら、ぎー。
ぱちぱち、ぱち、ぱち。
次第に大きく指を動かし、宛ら指揮者のように。まるでライヤー弾きのごとく。紫に照らされ、白く息を吐いて、赤に照らされて。たった一人の多重奏、否、彼がこうして、こんなに激しく。
重なる不協和音に貫かれながら、己の耳は静かに焚火の音を訊いていた。
どれほど経っただろうか。目を開くと辺りは闇に閉ざされていた。焚火は消え、ただ無音だけが居座っている。
どうやら気絶していたらしい、と理解する。手軽に使える割には代償が露骨に表れてくれる。練習もままならないな、と舌打ちしたい思いで倒れていた体をゆっくりと起こすと、がくん、と脳に鋭い痛みが響いた。
「ッ、……、っふ、は」
一度始まった演奏は止まない。頭の中で、ぎいぎいと歪な旋律が鳴り響いていた。