無題人というものは、大抵誰かを好きになり、付き合ったり疎遠になったり、そういった経験をするものである。稲妻の社奉行で家司を担うトーマという青年も例に漏れず、ある人間に恋をしていた。
「若、おはようございます。」
「あぁ、おはよう。いい匂いをさせているね、卵焼きかい?」
「そうですよ。もうお嬢は居間に向かわれましたので、若もそちらでお待ちください。」
「トーマの朝ご飯を食べられるのは何日ぶりかな、最近忙しかったから。楽しみにしているよ。」
「あははっそんな、変わり映えのないものですが。若が喜んでくださるならいくらでも。」
トーマがそう言うと、若、つまり社奉行の主である綾人は機嫌良さそうに居間へ向かう。トーマは、綾人が過ぎ去ったのを音で確認してから、ふーっと息をはき肩の力を抜いた。別に彼が仕えるべき主人であるから緊張したというわけではなく、ただただ、朝のなんてことないやりとりにドキドキして仕方なかったのである。
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