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    Tonya

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    Tonya

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    肉体関係ありの菊耀。中途半端に終わる。

    布団の袂に紺の着流しが昨晩脱いだなりに放ってある。それを羽織ってから雨戸を開けると、床の間に朝日が燦々と差し込んだ。土の匂いを含んだ風が首筋を吹き抜けて心地いい。庭木についた雨粒がきらきら光りながら滴る。
     背後で布団の擦れる音がする。振り返ると、耀が起き出して鬱陶しそうに乱れた髪をかき上げていた。こちらの方を見て眩しそうに目を眇める。
    「おはようございます」
    「早安」
     風呂に入りさっぱりしてから朝食をとった。もう若くはないので、昨晩いくら遅く寝たといっても定時に目が覚める。耀もそれは同じはずだが、菊を強引に食卓に座らせて手際よく朝食を作るあたり、とても云年歳と思われない。さらに習慣で朝は体を動かさないと気持ちが悪いと言って、よれた万博Tシャツに着替える。「昨夜あれほどでしたのに元気なものですね」と揶揄うと、照れもせず「誰かさんと違ってまだまだ若えあるからな」と返事を寄越して出ていく。可愛げを期待できる相手ではなかったようだ。
     番茶をすすりながら不毛の二字が浮かぶ。何が不毛といって届かない片想いほど不毛なものはない。恋に身を焦がして死ぬに至れば美談にもなろうが、生憎自分の身が滅びるのは恋に落ちた時ではなく国が崩れた時である。
     そもそも、長年抱えてきた想いの正体がもはや「恋」などでないことは承知している。だから余計やりきれない。
     そのうちに耀が戻ってきた。ずいぶん早いと思ったら、どうやら腰が痛むので早めに太極拳を切り上げてきたという。
    「言った通りじゃないですか」
    「お前ががっつき過ぎたせいあるよ」
     前言撤回を悪びれなく番茶を啜っている。確かに自分にも責任の一端はあろうが、そうなるまで煽ったのは耀だ。
     日頃から彼は弟分の扱い方を心得ており、それは閨中においても例外ではない。どころか遥か昔、まだ少年の面影を色濃く残す菊に最初に手をつけたのは他でもない彼だった。
     初めて事を終えた後、菊は彼に理由を問うことはなかった。訊くのが怖かったのではなく、むしろ嬉しかった。出会って此の方ずっと憧憬の的だった彼が、自分と枕を交わしてくれた。それだけで一歩近づけた気がした。
     それが勘違いだと気付くのにさほど時はかからなかった。何度夜を共にしても二人の関係は変わらないまま。恋人でも肩を並べる朋友でもなく、依然として兄弟もどきの立場から発展しなかった。
    「あいや、もうそろそろ頃合いあるか」
     耀が立ち上がったので菊の思考は中断された。適当にタクシーを捕まえ、バスを乗り継いで向かったのは美術館。今期の出し物は、題して「古代中国と日本の工芸」。古く日本へ渡った中国の文物とそれを模した後世の職人たちによる作品を展示している。
     ものづくりの歴史でいえば当然中国の方が日本よりずっと長い。しかしそれゆえというか、弱肉強食の顕著な大陸の慣習ゆえか、日本へ渡ったのち発祥地である中国内では途絶えたものが少なくない。また平仮名・片仮名を筆頭に、教わったものにあれこれ手を加えオリジナル仕様にしてしまった例もある。
     故にガラスケースに収まった品々は耀に懐かしさを感じさせるらしい。あれを教えてやったのはお前がまだ今の背丈の半分くらいの頃あるなぁなどとぼやいてひとり頷いている。展示品を評するたびにいちいち過去を掘り出されるので、なんだか妙な気分になった。
     耀が菊について回想する際は大体パターンが決まっており、初めて竹林で見つけたお前はこんなにちっちゃくて素直で愛らしかったと陶然としてから、いややっぱりあんな生意気な子供は見たことがないと憤る。それはちょうど、彼が毛嫌いしている某国紳士がパブでグラスを傾けつつしんみり語る際、幼い頃の弟をさんざん褒めちぎったあと突然号泣し出すのと似た現象だ。
     菊からすればどちらも一人相撲に違いないが、飽かず同じことを繰り返しているあたり、いくら本人同士気が合わないといっても、古今東西兄を名乗る者はどこかしら似た部分があるのかもしれない。
     展示室をひと通りまわってから、少し休憩しましょうと耀に声をかけた。見計らったように休憩室には誰もいない。扉を閉めるなり襟首を掴んで引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
    「……まだ陽も暮れてねぇあるよ」
    不意打ちに多少驚きはしても、平静は失わない。口端にはわずかな愉快さえ滲んでいる。離した唇から細く糸を引いた唾液がぷつりと切れるのを見なければ、今しがたの接吻などなかったとさえ見えた。
    「ええ。ですがあなたがあまりに昔のことばかり語るものですから」
    「語られて困ることでもあるか?……まあ、別にいいある」
    口角を吊り上げたと思った刹那、今度は彼の方から口づけてきた。やわく舌を食み、吸いついては口内を探る。不意打ちは先ほどの意趣返しか。菊も応じて耀の舌を絡めとる。間近にある双眸が細められた。
    昼が近かったため、美術館を出てから近くの蕎麦屋に寄った。もとより緊密な予定など作ってなし、作っていたにせよマイペースな耀の案内となればどのみち用立たなくなる。家に戻ったのはまだ日も高い時刻だったが、構わず板の間に入る。
    外見ばかりは若いといっても中身は老人、しかしこうして宵も待たずに二度目の情を交わすうちは、彼の主張する通りまだ捨てたものではないかもしれない。行きどころのない水のような思考を流しながら白い首筋を舐め上げると、喉のあたりに微かな震えが走る。見上げると、声もなく耀が笑っていた。
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