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    Tonya

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    Tonya

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    お題「神のハゲ」
    ボクタイ ジャンゴ

    大変なことをしてしまった。
     ジャンゴは頭を抱えていた。
     窓の外はしとしと雨が降っている。おてんこは籠に入って眠り込んでいた。はみ出たひまわりに似た頭部は不自然につるりとしている。てっぺんの花びら型のパーツが一枚、欠けているためだ。
     欠けたものはどこへいったかというと、ジャンゴの手の中にあった。
     痛ましい相棒の姿にジャンゴは再び視線を下げた。
     おてんこさまを毟ってしまった!
     故意ではない。不慮の事故である。
     なぜこんなことが起きたのか。
     遡ること数十分前。

     最近は雨続きで、今日も細い糸のような雫が街を包んでいた。雨は雨で恩恵がある。リタやマルチェロは結構好きだと言っていた。染み込んだ雨水は大地を潤し、草木の糧となり、やがて空へ帰っていく。自然の循環を感じるらしい。なるほどと思う。
     しかし、ジャンゴは太陽少年である。銃のバッテリーチャージには日光が必要だ。他の武器でも戦えはするが、ソル・デ・バイスのない今、属性攻撃の際にはやはり銃が入用になる。お天気下駄は切らしているし、回復用アイテムでまわすにしても諸々の返済で懐はひと足早く冬を迎えている。太陽スタンドの中身は言わずもがな。
     となれば。
     妖しく黒光りするカードを睨む。先日の出来事が脳裏を走り抜けた。無機質な監視員の視線、もはや顔馴染みとなったグール、暗子ちゃんの一周まわってにこやかな態度。幼い頃、父が母に怒られながら「でもあれ、体力づくりになるから……」とごにょごにょ言っていたのを思い出す。当時は事情を知らなかったが、今は察することができた。なにせ、ジャンゴもまったく同じことを考えているので。
     ただ、父の場合、金勘定に向かない生来のおおらかさもあろうが、行方知れずの我が子を探すために無理を重ねていたとも聞く。下手すると、ジャンゴは父以上に無計画なのかもしれない。
     ともかく。
     横道に逸れた思考を戻し、あらためて暗黒カードを見つめた。
     借入予定額と利率、返済期日を並べ、さらに抱えている仕事とその報酬額を計算する。
     ……まあ、最悪走ればいいか。
     どんぶり勘定でも明らかにぎりぎりだったが、目をつぶることにする。
     いざ呼び出しをかけようとしたとき、派手な音を立てて玄関が開いた。
    「おにいちゃん!」
     長い髪に水滴を纏ったスミレが飛び込んできた。緑のエプロンドレスもうっすら雨を吸っている。
     座らせてタオルで髪を拭いてやっていると、彼女は興奮醒めやらぬ様子で抱えていた箱をジャンゴに突き出した。蓋を開けると、中に入っていたのは色とりどりの小さな布と、それらを継いで作られたカラフルなテルテルボーズ。
    「リタおねえちゃんにおそわったの。これ、使っていいって!」
     連日の雨で退屈しているスミレに、リタが端切れでテルテルボーズを作ってくれたらしい。手順はいたって簡単。好きな色の端切れを縫い合わせて糸で顔を作り、あとは通常のテルテルボーズと同じ要領で中綿を詰めて縛るだけ。 
     いっしょにつくりましょ!との誘いを断る理由もなく、ジャンゴは裁縫セットを引っ張り出してきた。少し心配だったが、スミレは意外にも危なげない手つきで針を扱う。ジャンゴは安心して自分の手元に意識を戻した。
     ひとつ、ふたつ、みっつ。四つめを作りかけたところで、そろそろ夕食の準備をする時間。同居中の兄とは当番制で家事を分担しており、今日はジャンゴが食事当番だった。
     スミレを見送り、帰宅した兄と夕食をとった。明日は早朝から出かけるらしく、兄は片付けを終えるとさっさと寝室に向かった。ダークマターが抜けて日光下でも活動可能になったとはいえ、サン・ミゲルに来た時分の夜行性を思うと劇的な変化だ。
     寝る支度を整えた後、ジャンゴは再び針を手に取った。寝る前に作りかけの分を仕上げようと思ったのである。
     手慣れてくると色の組み合わせだけでなく、デザインにも凝りたくなってくる。眠気を堪えつつ、ことさら集中して手を動かす。
     生地を足そうと手探りで布を掴み、あれ、なんか分厚いな、それに変わった質感……と思いながら引っ張った瞬間。
     ──ぷち

    「どうしよう……」
     端切れの入った箱に手を伸ばしたつもりが、隣の籠へ突っ込んでいたなんて。あまつさえおてんこの花びらを端切れと間違えるとは。
     当の本人は毟られたことに気づかず眠り込んでいる。髪や爪のように新しく生えてくるならいいのだが。
    「生え変わったところ、見たことないな……」
     外見は植物に似ていても、その正体は地上に降臨した太陽の使者。どういう原理で実体化し、どんな物質で構成されているのか、まるで見当がつかない。
     相棒として師として、幾度となくジャンゴを励まし導いてきたおてんこではあるが、考えてみると謎の多い存在だ。
     なんにせよ、どうにかして花びらを修復しなければ。
     おてんこは植物ではないが、それと似た姿形をとっている以上、何かしら理由があるはずだ。たとえば──光合成。植物が二酸化炭素と水を取り込み酸素と養分を作り出すこのはたらきには、日光が欠かせない。木や草の葉がばらけて生えるのも、より多くの光を受けるためらしい。日当たりの悪い場所で植物が育ちにくいのは、生育に必要な養分が蓄えにくいからだろう。
     おてんこは光合成そのものはしないとしても、実体を持つ以上、エネルギー補給のために近い機能を持っている可能性はゼロではない。
     太陽銃にアースレンズをセットする。太陽光を凝縮したエネルギー弾にアース属性を付加することで、植物の生長を促進させる効果が出る。いわば、光合成の強化版といえるのではないか。安直な発想だが、ものは試し。
     なけなしのバッテリーを確認し、銃口を定めて引き金を引く。放射状のスプレッドがおてんこを包み、エネルギーが行き渡るように全身が淡く輝き──
     バァンッ
     籠が弾けた。
     約二倍の大きさに膨らんだおてんこは籠の残骸を下敷きに、安らかな寝息を立てている。頭部に変化はない。
    「生長、したけど……!」
     思ってたのと違う。
     再び頭を抱えるジャンゴの前でおてんこはゆっくり縮み、元の大きさに戻った。こころなしか色ツヤが増し、瑞々しい。
     アースレンズが効かないとなると、おてんこの花びらは人間でいう耳や指といった末端部位に近いのかもしれない。耳を毟られて平気で寝られる人間はそういないとは思うが。
     ふと以前小耳に挟んだ情報を思い出す。事故などで指を切断したとき、切れた指を保冷してすぐに措置すれば、元通りくっつく場合があるという。
     置いたままの花びらを慎重に持ち上げ、断面を見る。変色したり萎びたりはしていない。
     できるか?否、やるしかない。自分のミスで相棒を禿げさせるわけにはいかないのだ。
     薬箱から縫合用のナイロン糸と針を取り出す。さいわいこれまで使う機会はなかったが、やり方は知っている。
     消毒を済ませ、針に糸を通す。花びらを毟られた際におてんこが起きなかったことから、痛覚はないか、あってもかなり鈍いと推測。よって麻酔は不要。
     そのとき、針先でぷぅと鼻提灯が膨らんだ。あっと思う間もなく針にぶつかり、はぜた拍子におてんこが目を覚ました。
    「なっ、ジャ、ジャンゴ!何をしているんだ!?」 
     起き抜けの眼前に鋭い切っ先を向けられていれば、混乱するのは仕方がない。だが、落ち着いて説明する猶予はなかった。花びらが新鮮なうちに手術を終えなければならないのだ。
    「大丈夫。すぐ終わるから」
    「おい、やめろ!離すんだ!」
     もがくおてんことジャンゴの攻防の最中、突然リビングの扉が開いた。
    「貴様ら、今何時だと思っている……」
     騒音に叩き起こされたサバタだった。

     壮絶に不機嫌なサバタに気圧され、鎮圧されたおてんことジャンゴはソファに並んで座っていた。
    「なるほど。それでこんな深夜に近所迷惑も省みず騒いでいたと」
    「はい…」
     兄の低い声にジャンゴは縮こまる。難を逃れたおてんこはやれやれとため息をついた。
    「心配しなくても、ちゃんと生えてくるぞ」
    「そうなの?」
    「ああ」
     おてんこが気合を入れて力むと、表面から花びらが生えてぺたりと被さる。それが蕾が開くように起き上がり、見慣れたおてんこの姿になった。
    「よかった……」
     安堵で脱力するジャンゴを尻目に、事態の解決を見届けたサバタはリビングの出口に向かった。扉を閉める前、「今度は起こしてくれるなよ」ときっちり釘を刺して。
     時刻はとうに日付を跨いでいる。意識したとたん眠気がぶり返してきて、ジャンゴは大きな欠伸をした。
    「お前もそろそろ休め」
    「うん…」
     テルテルボーズの続きは起床後に持ち越すしかないようだ。せめて完成している三体は飾っておこうとカーテンレールに吊るしていると、机の上を見たおてんこがおや、と声を上げる。 
    「これは飾らないのか?」
    「うん。まだ完成してないから」
    「せっかくここまで作ったんだ。飾ってもいいんじゃないか」
     なんとなく上機嫌なおてんこの様子に気づかないまま、ジャンゴは「それもそうか」と目をこすりながら四体目を吊るす。
    「それじゃ、おてんこさま。おやすみなさい」
    「ああ。おやすみ」
     それから数時間後。未明の頃に起き出したサバタは準備を整え、玄関に向かった。
     リビングを通りかかり、カーテンレールから吊るされた四体のテルテルボーズに気付く。自分が寝直した後、弟が飾ったのだろう。
     まじないが込められたものはともかく、素人の作った晴天祈願の人形にどれほどの効果があるのか。甚だ懐疑的な彼ではあるが、太陽を二つ名に冠する弟が連日の雨に参っていることは知っている。
     おにいちゃん、おそらを見てため息ついてるの。スミレも雨の日はすこしたいくつ。クロちゃんがずっとねてるんだもの。昨日 立ち寄った道具屋で、倉庫番の少女が店番中の店主に話していたことも。
     天が晴れずとも、まあ、気晴らしにはなったか。
     玄関を押し開け、外に出たサバタは傘を差し掛けた手を止めた。
     地面は濡れ、頭上からは音もない小糠雨。しかし、東の空は明るい。
     今日は晴れるだろう。
     静まり返ったリビングの窓には色とりどりの三体と、天辺の花びらが一枚足りないひまわり形のテルテルボーズが並んでいた。
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