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    Tonya

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    Tonya

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    流ロク
    双葉ツカサ

    カステラを一本もらった。人数が少なくて、と委員長に声をかけられて参加したボランティアの礼品。帰ってから包装を開けると甘い香りがふわりと漂う。ケトルの湯を沸かす間に皿とフォークを出し、カステラを包丁で切り分け、ティーバッグの紅茶を淹れる。いずれも用意はひとりぶん。同室者はいないし、養護施設内で一緒にお茶をするような間柄の者もいない。 
     やわらかい生地にフォークを刺し、食べやすい大きさに分けて口に運ぶ。甘い。蜂蜜の風味がするしっとりした舌触り。飲み込んでから紅茶を口に含めば、後味もすっきりと押し流される。もうひと口。
    『相変わらず甘ちゃんだな』
     カップを傾ける頭の中で声がする。目視できずとも脳裏に浮かぶ呆れ顔。間違ってはいないだろう。他でもない自身のことだ。
     「断ったら角が立つからね。時間もあったし」 
     皿は空になった。思いの外軽い口当たりで、もう一切れくらいなら食べられそうだ。
    「ヒカルも食べない?」
    『いらね』
    「甘いよ」
    『そうか』
     包丁で先ほどよりも狭い幅を切って皿へ移す。
    『美味いのか、それ』
    「うん。食べる?」
    『珍しいと思っただけだ』
     甘いものは嫌いではないが、特段好きでもない。普段あまり間食をしないツカサの様子に関心を持っただけらしい。
     ヒカルはこういうところがある。ツカサの負の感情から分離したせいか、彼にとっての物差しは対象がツカサにとってどうであるか、有害か無害かに偏っており、それ以外で外界に興味を示すことは少ない。月に数回、ツカサの意識が眠っている間に外へ出て暴れることがあるが、それだって憂さ晴らしのようなものだ。
     一度、何気なくヒカルに趣味はないのかと聞いたことがある。その時も彼は呆れた声で『ンなもん無えよ。普通の人間じゃあるまいし』と答えた。不完全な人間。できそこない。それはそうかと納得した。主人格である自分に根付いている意識を彼もまた持っているのは当然だった。
     カステラはまだまだ残っている。たとえヒカルがカステラに興味を示したとしても、皿とフォークを二枚出し、向かい合って座ることはできない。傍目にはツカサがひとりでお茶を飲んでいる風にしか見えないし、実際その通り。自分達が分け合えるのは憎しみだけ。そのために自分は生まれたのだとヒカルは言う。実際、物心着く頃から必要だったのは共に苦しむ相手だった。
     それでも。卵色の欠片にフォークを突き刺しながら考える。いつか、喜びも分かち合えたらいい。
     ツカサは今のクラスが気に入っている。委員長こと白金ルナは世話焼きだが一線をきちんと弁えているし、担任教師の育田はツカサの家庭事情を知りながら他の生徒と平等に扱ってくれる。好奇や同情を含んだ視線を受けることなく過ごす学校生活は穏やかで、少しだけ周りに目を向ける余裕ができた。
     教室で空いたままの隣席。生徒名簿の写真でしか見たことのないクラスメイト。彼はどんな人だろう。もし仲良くなれたら、ヒカルに話してみたいと思った。ツカサが他人と深い繋がりを持つことを警戒するヒカルはきっと反発するだろうが、これが何か、たとえば自分達が変わるきっかけになったなら。
    「ごちそうさま」
     フォークを置き、手を合わせた。カップの底に残った紅茶を流し込む。
    『俺は食うより暴れてぇな』
     舌の上に、ほんの少し苦味が残った。
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