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    8hacka9_MEW

    @8hacka9_wataru

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    ワタルと虎王が迷子の猫の居場所を探す話

    「困ったなぁ……」
    ワタルはその場に立ち尽くし、足元を見る。そこには、小さな灰色の子猫が、ぐるぐると喉を鳴らしながら、ワタルの足に体を擦り付けてくる。学校帰りにいつの間にか、この小さな灰色の子猫が、ワタルの後を付いて来た。可愛らしさにワタルの心は揺らいだが、戦部家では猫を飼うことが出来ないので、ワタルは心を鬼にして、その子猫を無視して進んだ。しかし、その決意もほんの数メートルしか保たなかった。ミィミィと後ろから聞こえる高い声に、ワタルは足を止めざるをえなかった。何故か子猫はワタルに懐き、甘えるように何度もワタルの足元を往復している。誘惑に勝てず、ワタルは、子猫を抱き上げた。柔らかく、軽く、ふわふわした子猫は、ワタルに抱き上げられると、ミィ、と、満足げに鳴いた。

    「……困ったなぁ」
    腕の中に子猫を収め、ワタルは再び、つぶやいた。

    ひとまずワタルは、パックの牛乳を近くの駄菓子屋で買った。子猫は、店の外で大人しく待っていた。ワタルが店から出てくると、また再び、ワタルに擦り寄ってくる。ワタルは苦笑して、もう一度子猫を抱き上げた。
    公園へと向かい、ベンチに座り、ワタルは自分のペンケースを取り出した。二重の底になっており、上の部分を取り外してティッシュで拭き、それを子猫の前に置いて、牛乳を注いだ。子猫は小さな舌で、牛乳を飲み始めた。その様にワタルは目を細めるが、口から漏れるのはやはり、ため息だった。
    この子猫を、これからどうしたらいいのだろう?世話できないのなら、関わらない方が良いという事くらいは分かってはいるものの、こんなに小さな生き物を放っておくのも忍びない。家に連れて帰れない以上、誰かに引き取ってもらうのが妥当なのだろうが、ワタルが思いつく限り、猫を飼える環境にある友達も知り合いもいなかった。子猫を見ながら、ワタルは考え込んだ。
    ……だからワタルは、側に近付いて来た人がいた事に、すぐには気付けなかった。

    「困ったなぁ……」
    ワタルが再びため息をついた時だった。
    「何がだ?」
    聞き覚えのある声が頭から降ってきて、驚いてワタルは顔を上げ……
    目の前にいる人物を、凝視した。
    「え?と、…虎王っ……?!」
    仰天するワタルの前に、腕を組んで不思議そうな顔をしている虎王がいた。
    「な……何で、虎王がっ、ここに……?」
    「なんでって……、お前こそ、何してるんだ?」
    「え、……あれ?」
    ワタルは辺りを見回し、目を丸くする。さっきまでワタルは、公園にいたはずであった。だが、いつの間にか周りは様変わりをしていた。公園にあったはずのブランコや滑り台、ジャングルジムなどは軒並み無くなってしまっている。その周囲で遊んでいたはずの、子ども達もいなくなっていた。晴れていた空はいつの間にか、灰色の空になっている。足元には灰色の石畳が広がっていた。周囲には他には何もなく、ワタルと子猫がいるベンチだけが、ぽつんと取り残されていた。
    「……ここ、どこなんだ……?」
    ワタルが半ば、呆然と呟いた。
    「何だ、ワタルも分からないのか」
    虎王が、当てが外れたかの様な口調で言った。
    「分からないって……、虎王も、ここがどこだか分からないのか?」
    「分からん。オレ様は、聖龍殿の周りを散歩してたはずなんだ。そしたら何となく……ワタルに会える様な気がしたんだ」
    「ボクに……?」
    「おう、それで、多分こっちだろうって思う方を歩いて行ったら…いつの間にかここにいて、目の前にはお前がいたんだ」
    「……そう、なんだ……」
    にわかには信じがたい事だったが、目の前に起こっている事は事実だった。ベンチの上の子猫は、自身に起こった事などどこ吹く風で、牛乳を飲み終わった後の毛繕いをしていた。虎王が、子猫の首の後ろを摘み、ひょいっと持ち上げた。
    「コイツは、ワタルのネコか?」
    「え?違うよ。学校の帰り道で、よく分からないけど付いてきちゃったんだよ」
    「ふーん…」
    虎王は、摘んだ子猫を目の前に掲げ、じっと見つめている。子猫は大人しく丸まって、虎王の方を見ていた。ワタルは、虎王が子猫に何かするつもりなのかと、少々、ハラハラした。
    やがて……
    「コイツ…、メスだな」
    ぽつりと、虎王が言った。
    「な…っ、どこ見てんだよ!このスケベ!」
    「スケベってなんだ!確認しただけだろ!」
    「スケベじゃなきゃ、やらしいよ!」
    「同じじゃねえか!」
    「もう…っ、変なとこ見るだけなら、離してよ…!」
    ワタルが手を差し出すと、虎王はむっつりとした顔で、子猫をワタルの手にそっと乗せた。子猫は呑気にあくびをしており、ワタルの手の中で丸まって、ごろごろと喉を鳴らした。
    「どうするんだ?コイツは」
    虎王が何故か、仁王立ちしながら聞いた。ワタルは、牛乳が入っていたペンケースの底の部分をティッシュで拭きながら、うーん、と唸った。
    「ここがどこだかは良く分かんないけど……、待っててもしようがないから、一先ずここに、この子の貰い手か親猫がいないか、探してみるよ……」
    じっとしていても状況が変わるとは思えなかったので、とりあえずワタルは動く事にした。それを聞き、虎王がニッと笑った。
    「なら、オレ様も行くぞ!」
    「え?……いいの?」
    「おうっ、どっち道、ここに止まっていても仕方がない。ワタルと一緒にいた方が面白そうだ!」
    「面白そうって……」
    嬉しそうに言う虎王に、ワタルは苦笑した。けれど、内心、ワタルも嬉しかった。見知らぬ場所で、虎王と一緒に居られるほど、心強い事はなかった。
    「うん、じゃあ…よろしく、虎王」
    「おうっ、任せろ!」
    そうして二人は、お互い、笑った。

    それから二人は、灰色の石畳の続く道を進んでいった。途中、家々が立ち並ぶ路地へと入ったが、おかしな事に、人影はなかった。
    「ここって…本当にどこなんだろうね。なんで、誰も居ないのかな……」
    「元から誰も、住んでいないところなんじゃないのか?そうでなきゃ……」
    「……なに?」
    「……本当は『いる』のに、見えないだけなのかもな……。要はゆうれ…」
    「やめろよっ!そういう怖い事言うのはっ」
    虎王の言わんとする事を察し、ワタルは思わず大声を上げた。無意識に子猫を抱きしめて、辺りを見渡してしまう。本気で怯えている様に、虎王は笑った。
    「ハハハ……、ワタルは怖がりだな!」
    「仕様がないでしょ…、勘弁してよ……」
    少々、バツが悪くてむくれたワタルの腕の中で、子猫も笑う様に、ミィ、と鳴いた。

    それから随分進んでも、人影どころか、生き物の気配はない。周りも同じ様な光景が続いている。灰色の石畳、灰色の建物、灰色の街路樹、灰色の空……。ワタルの側にいる虎王の金色の髪だけが、灰色の光景の中で際立っていた。
    「誰もいないね……」
    「そうだな…」
    二人は、何度目かの会話を繰り返した。誰にも会わないにも関わらず、ワタルの中に不安はなかった。虎王と一緒なら、怖い事は何もないような気がしたのだ。
    「…聖龍殿では、ネコって飼えるの?」
    なんとはなしに、ワタルは聞いた。虎王は、首を傾げた。
    「どうだろうな……、聖龍殿では、動物はあまり見ない。馬くらいだな」
    「馬?」
    「おう!」
    「馬をどうするんだ?」
    「乗るに決まっているだろ!」
    「え……、虎王、馬に乗れるのか?」
    「当たり前だ!ワタルは乗れないのか?」
    「……昔、体験乗馬で大人しい馬に乗った事ならあるけど、それくらいかな」
    「なら、今度聖龍殿に来たら、厩舎を見せてやる!いい馬が沢山いるんだ!ワタルもきっと、気にいる馬が見つかるぞ!」
    「ホント?」
    「ああ、ホントだ!きっとワタルなら、すぐ乗れる様になる!」
    虎王が、明るく笑って言った。嘘偽りのない言葉だと感じ、ワタルも笑顔になった。
    「うん、じゃあ、今度行った時、教えてくれる?」
    「任せろ。乗れる様になったら、競争しような!」
    「競争?…うん、そうだね…」
    そんな風にすぐ乗れる自信もなかったが、それをそのまま口に出すのも悔しかったので、ワタルは曖昧に頷いた。

    不意に、ワタルの手元の子猫が、前方を見てミィミィ鳴いた。
    「?どうしたの?」
    「!ワタル、見てみろ!」
    虎王の指差す方を見てみると……

    灰色の道の真ん中に、淡く、金色に光る猫が座っていた。子猫よりも一回り大きい。ワタルの手元にいる猫を見て、にゃあ、と鳴いた。
    その時、不思議な事が起こった。灰色だったはずの子猫が、前方の猫と同じように、金色に光りだしたのだ。ワタルも、虎王も、驚いて目を見開く。
    「お前の仲間か?」
    虎王が声をかけると、金色の子猫は、ミィと鳴いた。
    「そっか…、良かったね、お迎えが来て」
    ワタルは、そっと子猫を石畳の上に下ろした。子猫は、ワタルの手をするりと離れた。ふわりとした感触と温かさが離れるのが、少し寂しかった。
    トコトコと、子猫は金色の猫へと近付き、そばまで来ると、ミィ、と鳴いた。金色の猫は、子猫の首元を舐めた。無事を確かめている様な仕草に、ワタルは微笑んだ。
    子猫と金色の猫は、ワタルと虎王の方を向き、二匹で交互に鳴いた。まるで礼を言っている様だった。そうしてくるりと踵を返し、二匹揃って、灰色の石畳の道の向こう側に行ってしまった。ワタルと虎王は、二匹の金色の光が完全に見えなくなるまで、その姿を見送った。
    ワタルは、ふうっと、ため息をついた。
    「行っちゃったねぇ…」
    「そうだな」
    虎王の声も、どことなく名残惜しそうだった。
    「可愛かったね」
    「まあな。ヒミコには負けるけどな!」
    何故だか、虎王は自慢げに言うので、ワタルは吹き出した。
    「ヒミコと子猫じゃ、全然違うじゃないか……」
    「似たようなモンだ!」
    「……はいはい」
    虎王の『可愛い』の基準が良く分からなかったが、虎王なりの好意なのだろうと思い、ワタルはそれ以上言わなかった。
    「あの二匹は、親子なのかな、それとも兄妹なのかな」
    「トモダチだろ」
    虎王の声が確信に満ちているので、思わずワタルは虎王の方を向いた。虎王の青い澄んだ目が、ワタルを映している。
    「トモダチだ」
    虎王が、笑って言った。ワタルは、笑って頷いた。
    「うん、トモダチだね」
    「そうさ」
    その言葉が嬉しくて、二人はお互い、笑った。



    「さて、帰るか」
    「うん……、けど、どこに進んだら良いのかな…」
    残された二人がいるまわりには、相変わらず灰色の街並みが続いている。どうやってここへ来たのかも分からないのに、果たして『帰り道』など見つかるのだろうか?
    「なんとかなるだろ。来れたんだから」
    「……うん、そうだね」
    何の根拠もなかったが、虎王のごく気軽な言いように、ワタルは、そんなに心配する事はないだろうと、思えた。
    「じゃあ、ひとまず、さっきのベンチの方まで戻ってみようか」
    「そうだな」
    そう言って、二人が踵を返し、来た道を戻ろうと一歩踏み出した瞬間だった。

    「、え?」

    ワタルは、目を見開いた。一瞬で、景色が様変わりしていた。
    ワタルは、先ほど子猫に牛乳を与えていたベンチの前にいた。周囲は灰色などではなく、色彩あふれる、公園の中にいた。振り向くと、遊具で遊んでいる子ども達の姿が見えた。楽しそうな笑い声が響いている。さっきまでは、あれほど静かだったというのに……。

    そうして、どこを見回しても、虎王の姿は見えなかった。
    いつ別れたのか、何も思い出せなかった。

    「……まぁ、仕様がないか……」

    会えたのも突然だったのだから、別れが突然なのもおかしくはない。寂しさはあったが、ワタルは、会えた嬉しさを優先する事にした。

    (それにしても……、ボク達は一体どこに行っていたんだろう……?)

    灰色の街と、金色の猫

    瞬間、ワタルは頭にある事が思いつき、上空を見上げた。青空に見える、白い月。夜になれば、金色や銀色に輝くだろう。
    けれど、月そのものは、元々光を発していない。それは、太陽の光を受けて、そう見えるだけなのだ。
    本来の月は、色もない、
    どこまでも、灰色の……

    「いや、まさか………」

    ワタルは、自分の発想に、頭を振った。その時、子猫の鳴き声が聞こえた気がした。今一度、青空の月を見上げる。どんなに目を凝らしても、動くようなものは、何一つ見えなかった……が

    「まさか……なぁ…」

    呟いたワタルの目に、一瞬、虎王の髪の様な色の、二匹の猫が、月の向こうに駆けていく姿が映った様な気が、した。
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