境界線 恵が寮に入るから、と甚爾はそれまで住んでいた住居を引き払った。帰って来なくていい。自分が傍に居ない方がいいという心の表れだったのだろう。彼の息子が入寮してから、暫くは音信不通にすらなっていた。
「なにしてんの、甚爾」
「仕事。もう終わったけどな」
二つほど隣の通りは出店で人がごったがえしている。対してこちらは、距離こそ離れては居ないものの、えらく静かな細道だった。
汚れた壁に背をつけて大きく吐き出される息は、なるほど確かに珍しいほどの疲労を訴えているようにも思う。
「帰るアテは?」
昔から留守がちな父親ではあった。帰ってくる時はたいてい赤黒い汚れにまみれていて、泊まる先が無かっただけと言うのも目に見えていた。
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