それは那月に用意されたと考えれば少しばかり珍しい感じの衣装だった
「レン君の……?」
「オレのはこっち。どうやらお揃いみたいだね」
「うわぁ、僕に似合うかな」
「しのみーはもう少し自分の魅力に自信を持つべきだね。大丈夫、似合うに決まってる。ごらん、あっちでソワソワした様子が隠せないおチビちゃんがいるよ」
くいと示された方向、ちらりと視線を向ければ確かに翔が台本で顔を隠すようにしつつ、チラチラと視線を向けてきている
「似合わないからやめた方がいいって思ってるのかな」
「だから……まぁいいや、着てみればわかることだよ。ほら、スタイリストのレディーたちがきた、オレ達は彼女達の手腕に身を任せようじゃないか……彼らはオレ達の魅力を引き出すプロだからね」
ポンと肩を叩かれて、那月はそうですねと頷くとスタイリスト達に会釈した。
用意されていたのは黒のシャツ。細身のズボンと合わせれば、いつもの那月とは少しばかり雰囲気が違って見えた
「うん、やっぱり似合うね」
「そうですか?ちょっと恥ずかしいな……レン君は流石ですね。同じ衣装なのになんだか違う衣装みたい」
「そうかい?なら、こうしてみたら?」
きっちりと一番上まで止められていたボタン。
那月とレンの衣装の違いは止めたボタンの数だけ。レンが大きくはだけさせているのに対して那月は肌を完全に隠していた。
しのみーもたまにはこういうのも良いと思うよ、なんて言いつつレンはボタンを外し、シャツをはだけさせていく。
「そんなに外すんですか?」
「しのみーも中々いい腹筋してるし、どうせなら全部外しても」
「っ!わ!あ、すみません!」
交わす言葉を中断させたのはガタンと響いた大きな音と翔の声。
二人がちらりと視線を向ければなぜか倒れた椅子とそれを起こそうとしている翔の姿
「翔ちゃん、どうしたんだろ。大丈夫かな」
「やれやれ、困ったおチビちゃんだね」
「困る?」
「……様々な仕事をこなしていけば、俺たちが自分達でも気づけていなかった魅力に気づいて、それをうまく活かしてくれるスタッフも増えてくるだろうさ……それがどんな魅力でもね……おチビはその度慌てふためくつもりなのかな」
するりとシャツの中に入ってきたレンの手、軽く肌を撫でたその手は胸元にも淡い刺激を与えてきて、那月は僅かに身を震わせる
「ふふ、くすぐったい」
「しのみー、だいぶ鍛えてるね。腹筋が綺麗だ」
つっと指先で撫でた腹筋の割れ目、そうかなと首を傾げる那月とレンの耳に飛び込んできたのは慌てふためく翔の声
くっと笑ってレンは那月の腰に腕を回すと引き寄せ、胸元を触れ合わせる。
聞こえた黄色い声はスタッフ達のものだろう。
途中から周りからやけに熱視線を向けられているのには気付いていたが、今日は女性比率の高い現場だ。止める声がかからないのも、スタッフ達もレンの戯れを楽しんでいるという事だろう。
「撮影の時はこんな感じで体を触れされあうものも悪くないかもね……」
「台本にはなかったですね。こう、ですか?」
「うん。あぁ、そうだ、しのみー?この辺りにキスマークでもつけてみるかい?どうせならセクシー路線で行ってみようか」
「え、でも」
「ダメに決まってんだろ!」
「おっとおチビの登場だ。なら、自分でつけてみるかい?」
駆け寄ってくるなり引き離すように間に入ってきた翔にレンは肩をすくめて、自分の首筋を指で撫でて見せる
「しのみーにつけても構わないよ?」
「な!?は!?え??」
「神宮寺!」
突然の申し出、翔が戸惑いをみせれば、聞こえてきた声。
「っは!?聖川、お前いたのか!?」
「貴様!破廉恥な真似をするな!」
今日の仕事は時間差での集合となってはいたが、最終的にはST☆RISH全員が揃う現場となっている。真斗が来たのはつい先程のこと。レンが彼に気付いていなかったのも仕方ない話だった。
「来栖だけではなく、スタッフの方達も困っているではないか!何を考えている!」
「いや、これは、しのみーの良さを……」
真剣に怒りを見せてくる真斗にレンはたじろぎ後ずさる
「良さ?セクハラしているだけにしか見えん!少し話をしようではないか」
「いや、お前。オレはしのみーと撮影が」
「少しだ。少し」
真斗の後ろに見える怒りの炎。レンはスタッフ達に目を向けるが、周囲を確認したスタッフが大丈夫ですからとばかりに手を振ってくる
「ディレクターさんまだ来てないですもんね」
那月の言葉にレンは顔を引き攣らせ、真斗はならばと頷きレンの腕を掴むと那月から引き離すように部屋の隅へと連れていく
「……翔ちゃん……キスマークつけます?」
「つけねーよ!」
那月の空気を読まぬ質問に翔は僅かに声を荒げつつ拒否を叩きつけて、シャツのボタンを胸元まで止めると軽くポンとその胸元を叩いた
「……俺以外に無闇に肌見せんな……水着でもねぇのに」
「ぁ、えっと、ごめん……ね?」
ほんの少しの疑問を見せた那月に翔は大きく息を吐く
「スタイリストとかが言うならしかたねぇけどさ……レンの面白半分の誘いは断れよ……ちゃんと断って、撮影終わるまでこのままボタン外さなかったら、後でつけてやる……」
ぽそりと周りに聞こえぬ小さな声で告げられた言葉、那月がキョトンとした表情見せれば、翔自分の唇に指を触れさせ、その指をトンと那月の首に触れさせた。
それで何をつけるかわかったのだろう。
一瞬那月は目を見開いたが、すぐにコクコクと頷いた。