狐それは何気ない疑問だった
「天狐はやけにおチビちゃんを気にかけるね、他の妖達に対してとは少し態度が違うようにおもうけど?」
「そうですか?」
八咫烏が目を向けた先には、鞠にじゃれつくように庭を駆け回る幼い子供の姿。
だけど、人の子ではない。
小さな狐の耳に、ふわりとした尻尾を持ったれっきとした妖狐。
久方ぶりに天狐の家を訪れた時、すぴすぴと縁側で昼寝している幼い妖狐に、いつの間に子供を!?と驚きはしたが、聞けば山で罠にかかっていたところを拾ったとか。
怪我もしているし養生させていると言ったから、怪我が治れば山に返すのだろうと思っていたが、子供は怪我が治り元気に走り回る事が出来るようになっても天狐の元を去ることはなく、天狐もそれを受け入れていた。
「おまえ、あれがいなくなってから長く他との関係を最低限に抑えていただろ?」
「特にそうしていた覚えはないんですけどね」
クツクツと笑う天狐の声に見える柔らかさ。
少し前まで感じることのなかった柔らかみ。
寿命の短い人間が彼の元から居なくなってから、長らく失われて、最近になって戻ってきたもの。
気付いているのだろうかと八咫烏は肩をすくめる。あの妖狐によって何かしら天狐の気持ちに変化が生まれている事に。
だからこそ気になったのだ。
何故、側に置き続けるのか。
天狐にとってあの妖狐「ショウノシン」がいかなる存在なのか
八咫烏がジッと天狐の顔を見ていれば、天狐は軽く片眉あげてそうしてフゥと吐息を溢した。
長い付き合いの友人と呼べるべき存在。のらりくらりと交わしたところで無駄だということは天狐もわかっているのだろう。
「……反魂の法を知ってますか?」
質問に対して帰ってきたのは別の質問。
はて、と八咫烏は瞬き、だけど少し考えてから答えを口にする。
「己の寿命を差し出し、死者を甦らせる法だっけ。だけど、寿命だけでなく強力な法力や適した器が必要だから、人間で出来る者は少ないはず」
「人間ならね」
すいと眇められた瞳、天狐はゆるりとショウノシンへと視線を向ける。
「命の量も、力の量も……人間であれば全てを使い切ってなお足りない事がある。器とて滅びやすく入れ物として使えないことが多い……だけど、それは人間の話ですから……」
くっと釣り上がった天狐の口角。
「人と妖は意外と合うものだって知ってましたか?」
ゾワリと八咫烏は嫌な感覚を覚えてしまう。
「天狐、おまえまさか」
天狐は肯定も否定もしない、ただ瞳を眇め、広角吊り上げ、まさに「狐」と呼ぶに相応しい笑みを浮かべてくる
「てん」
言葉はとんと足に触れた鞠によって止められる。取って取ってと騒ぎつつ駆け寄ってきた幼い子供。僅かの距離でも息を切らす体力の無さ。
「取ってって言ってんのに」
「あ、あぁ。悪かったね、はいおチビちゃん」
憤慨を見せるショウノシンに、八咫烏はふっと息を吐くと、軽く肩をすくめて拾い上げた鞠を差し出してやる
「……一緒にやる?」
「いいや、遠慮しとくよ」
少し鞠を眺めた後、恐る恐ると言った感じに問われたが、八咫烏は首を振る。
「そかー、んじゃ仕方ねーな」
言葉とは裏腹に残念さを体現させる耳と尻尾。
「ショウノシン、僕と遊びましょうか」
天狐の言葉に、これまた耳と尻尾が喜びを見せてきた
早く早くと袂を引っ張られ、天狐は待ってと微笑みつつ庭の方へと出ていく
その優しい笑みには、先程の「狐」らしさは微塵も存在していない
「……お前は、時々自分が天狐なのだと言うことをおれに思い出させるね」
その力、その狡猾さ、そして隠し持った狂気性。全部全部優しさで普段は隠されているが、だけど彼は天狐なのだ
妖狐の上に位置するもの
神にも近しい力を持ったもの
「反魂の法ね……」
その真否は追求せぬ方が良いだろう。
追求したところで、自分には何をする必要も、何をするつもりもないのだから
八咫烏は小さく吐息をこぼして、そうして楽しげに蹴鞠をする二人に瞳を眇めた