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    もめんどーふ

    @momendofu_nico
    好きなことを描く/書くを目標にやっていきたい
    見てくださる、読んでくださる方全てに感謝を🙇

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    もめんどーふ

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    DKぎゆさね
    ぐっだぐだな恋のはなし

    ハピエンですが、さねが別の人を好きだったり、ぎゆに彼女ができたりする場面があります
    苦手な方はご注意ください

    #ぎゆさね
    teethingRing

    インコヒーレント×アオハルデイズ 俺の好きな人には、好きな人がいる。
     それが分かったのは、好きな人に、恋の相談をされた時だ。
     
     不死川実弥。高校で出会った同級生。響きだけで聞くと女子の名前に思えなくもないが、彼は立派な男だ。俺よりも、ずっと立派な。そんな彼に、俺は恋をしている。
     女子はもちろん、男子だって周りにはたくさんいるのに、なぜその中で不死川だったのか。それは未だに分からない。でも、気付いた時には、既に手遅れになっていた。
     もちろん、叶う訳がない。同性に恋なんて、きっと、すごく奇妙なことだ。いや、きっとじゃなく、確実に。本人ですらそう思うんだから、他人から見たら尚更だろう。だから、一生懸命隠していた。せめて友達でいられればと、彼の友達で居続けた。
     正直、恋を自覚してからは、毎日が本当につらかったけど、それでも、必死で耐えた。友達ですらいられなくなるよりは、よっぽどマシだと思ったから。
     だからある日、不死川から「男が好きなんだ」と打ち明けられた時、内心喜んだんだ。俺にも、多少なりとも見込みがあるんだって。――その直後に続いた「好きな人がいる」という言葉で、一気に絶望の底へと叩き落されたんだけど。
     それ以降、自分がどんな風に対応したのか、覚えてない。普通に別れたってことは、多分問題なく会話を終えたんだろう。自分でもよくやったと思う。でも、家に帰って自分の部屋に入った瞬間、堪えていたものが一気に噴き出した。
     体中の水分が抜けるんじゃないかってくらい涙が出て、首を絞められたみたいに、息をするのも苦しい。
     なんで。なんで、俺じゃないんだ。こんなに近くにいるのに。逆に、近くにいるのがよくないのか。だったら、いっそ遠くへ離れてしまいたい。好きな人が別の好きな人に想いを向けている姿なんて、見たくない。
     口から出てくるのは、汚い嗚咽だけで。結局俺は、心配した姉が部屋のドアを叩くまで、ずっと泣き続けていた。
     
     *****
     
     それからも、地獄は続いた。
     不死川は、俺の想いに気付くこともなく、普通に接してくる。一緒に話して、ご飯を食べて、それから――恋の話をして。
     好きな奴の名前も聞いた。同じクラスの奴だ。確かに、かっこよくていい奴だ。好きになってもおかしくない。だけど。
    (気付けよ)
     俺、お前のことが好きなんだよ。俺は、そいつよりも劣ってるのか? 不死川のこと、こんなに好きなのに。きっと、あいつよりもずっと、好きなのに。
     爪が刺さりそうなくらい拳を握り締めて、延々と続く不死川の話を聞く。大体が、非生産的な嘆きの声だ。「叶わない」とか「つらい」とか、そういう。俺がいつも思ってるような。
     いっそ、言ってやろうか。同じことで悩んでるって。実名で。なんて、言える訳がない。別に、不死川を困らせたい訳じゃないんだから。言えば困ることは確実だし、最初から結果も分かってる。
     恋の相談をされるなんて、最も見込みがないシチュエーションだ。分かってる。それならば、いい友人ポジションを維持するまでだ。最悪の状態だけは、回避して……回避して……そんな器用なことが出来る奴がいるなら、見てみたい。そんなの、出来る訳ない。
     毎日、泣いてる。本当に、飽きもせず。泣きたくないのに、涙が出る。その度に顔を洗って、瞼を冷やす。風邪の時に使っているアイスノンが、手放せなくなってしまった。
     一体いつまで続くんだ? 果てのない日々に絶望していたある日、同じクラスの女子から、告白された。
    「冨岡くんのことが、その、好きです……」
     あまり意識したことのなかった女子だ。というより、不死川のことが好きだったから、そもそもどの女子もそこまで意識したことはなかったんだけど。
     必死そうなその子を、ぼんやりと眺める。これ以上ないほど顔を赤くして、一生懸命な様子が伝わってくる。俺なんかを好きになってくれる子もいるんだなと、正直驚いていた。
    (いいかな、もう)
     これはチャンスなのかもしれない。ふと思ったのは、そんなことだった。多分、限界なんかとっくに超えている。これ以上、つらい思いはしたくない。
     頭の中に、不死川の顔が浮かぶ。柔らかい白髪が揺れる様まで、鮮明に。それを、脳内の俺が乱暴に掻き消す。霧消していく幻影を眺めながら、俺は「友達からで、よければ」と返事をした。
     これでいい。これで。もしかしたら、ここからこの子のことを本気で好きになって、不死川のことを綺麗に忘れられるかもしれない。いっそそうなってしまえばいいのに。
    「不死川、その……彼女ができた」
     教室に戻ると、不死川が勉強している。ちょうどいいと、さっきのことを報告した。事実だけ、淡々と。どういうテンションで言おうかとか、反応はどうだろうとか。伝える直前までは色々どきどきしてたのに、言ってしまった後は、寧ろすっきりしていた。
    「そっか…………良かったじゃねェか」
    「……うん」
     ほんの少しの沈黙の後、不死川は口角を上げた。優しい顔だ。一体何を思っているのか、全く分からないけど。正直今は、とにかく気持ちを切り替えるのが最優先で。「待ち合わせしてるから」と、逃げるように教室を出た。
     校門で待たせていた女子と合流し、適当にその辺を散歩する。一応告白を受け入れた当日だし、デートらしいデートはまた今度といった感じだった。
     適当にぽつぽつと会話する。その子も普段からそんなに喋る方じゃなかったし、そこまで話も弾まなかったけど、悪くはなかった。正直、力まず話すことができて、それなりに楽しかった。なにより、不死川のことを考えずに済んだ。それだけでも、大分楽だった。
     その日は、泣かなかった。でも、病気みたいにスマホを握ったままなのは変わらずだった。女子からのメッセージに返事をしつつ、不死川から連絡が来ないか何度も確認する。来る訳ないのに。
    (大丈夫。大丈夫……)
     ここから、新しく始まるんだ。まだ好きとかは分からないけど、少なくとも今日は、嫌ではなかった。だから。
     ふーっと息を吐く。スマホをベッドに放り、俺は机に向かった。
     
     *****
     
     恋人が出来たことで、多少余裕が出来たのか。以前より不死川と距離を置くことが出来るようになった。雁字搦めだったのが、少し緩和されたというか。冷静になれたというか。いい兆候だと思う。この調子でいってくれればいいのにと、切に願う。
     もういいだろ。不死川は不死川で、恋愛してるんだから。俺だって、もう。別の恋愛をしても悪くないだろう。そもそも不死川は、俺の気持ちすら知らないんだから。
     そうやって、色々思うことはあれど、徐々に平穏になりつつあったある日。また、俺の日常はがらがらと崩れていった。「ちょっと、いいかァ?」。そんな言葉とともに、不死川に呼び出される。
    「冨岡……フラれたァ」
     一体何を言われるのか。戦々恐々としていた俺に、不死川は開口一番そう言った。へにゃ、と困ったように笑っているが、実際は必死で泣くのを堪えているんだろう。これまでの付き合いで、それは分かる。
    「やっぱダメだった。そりゃそうだ、男同士だもんな。そうでなくても、こんなブサい野郎なんて……」
    「そんなこと……」
     めそめそ、と。そんな文字が周囲に浮いている気がする。普段とは別人かと思うくらいの湿っぽい空気を醸し出し、不死川は机に突っ伏した。そして悲しみや嘆き、自分の至らなさをぽつぽつと呟く。俺はその様子を、ぼーっと眺めていた。
     自分でも、自分の感情が分からなかった。前だったら、もっと動揺してたんだろうか。だって、好きな人が失恋したって、見方によってはチャンスだろう。汚いけど、それを利用して自分をアピールすることができるかもしれない。でも。
    「それでさァ、その……冨岡。ちょっと、その、今日、一緒にいてくんねェかなって。久し振りに、遊びたいっていうか……」
     そう言って、不死川が控えめに袖を掴んでくる。目を伏せ、これでもかと弱った空気を出して。守ってあげたいとか、慰めてあげたいとか、そういう庇護欲を掻きたてられるような、そんな仕草だった。
     実際、気の毒だとは思う。友人として元気づけたいと思う心はある。以前であれば、全ての用事をすっ飛ばして、時間の許す限り彼の傍にいたんだろう。俺を信用してくれてるから、とか、頼ってくれてるから、とか。そんな――おめでたいことを考えて。でも今は。
     どうしてだろう。その動作に、すごくイライラした。
     普段、そんなことしてこないくせに。俺の知ってる不死川は、こんな風に媚びてきたりしない。もしかしなくても、甘えてるんだ。自分が落ち込んでるから、俺に慰めを求めてるんだ――なんでも肯定してくる、都合のいい、俺を。それがありありと分かるから、すごく、イライラした。
    「……ごめん。彼女と約束してて。不死川の話は聞けそうにない」
     ぴく。俺の言葉を聞いた途端、俺の服を掴んでいた手が、強張った。きっと、「予想外」だったんだろう。俺なら、きっと快く了承してくれるだろう、と。そう思ってたんだろ。分かるよ。だから余計に、腹が立つんだ。
    「……なんだよ、カノジョ出来たら、トモダチなんて用済みか?」
     手が離れる。見遣った先の顔は、明らかな落胆を滲ませていた。「使えねェ」と、そう読み取ってしまうのは、穿った見方か。正直、もう分からない。
    「……彼女のことが、大事だから」
    「…………あっそ。じゃあさっさと行けば?」
    「……そうさせてもらう」
     それを最後に、無言で教室を出る。沸々と湧いてくる怒りを、吐息にして一生懸命吐き出す。彼女が待っている。こんな理不尽な怒りをぶつけたくない。
     勘違いするな。不死川は、ただ寂しいだけ。好きな人にフラれたから。だから、俺に甘えてきてるだけだ。そんなの、いらない。そんなの、そんなの――それなのに。
    (……どこまでおめでたいんだ、俺は)
     頼ってもらえて嬉しいと、確かに思う自分がいて。その事実に、堪らないほど腹が立つ。情けないし、本当に悔しい。なんだか泣きそうになって、思いっきり鼻を啜る。
     頭の中はぐちゃぐちゃで、もう、どうしようもなかった。
     
    「ちょっと、寄っていこうか」
     その後彼女と合流し、駅前をぶらぶらと歩く。学生だし見て回るのがメインだけど、普通に楽しい。さっきまでのドロドロした気持ちが、浄化されていくのを感じる。やっぱり、もう、これでいいんじゃないか。笑顔でショーウィンドウを指さす彼女に笑みを返しながら、そんなことを思う。
     そうして大分空も暗くなってきた頃、帰り道の途中にある公園――そのベンチに腰掛ける。俺が座ると、彼女はその隣に座ってきた。前は少し離れていたのに、今は、その距離も縮まっている。この子とも随分打ち解けてきて、多分友達のラインはゆうに越えたと思う。
     お互いもう少ししたら帰ろうと言いつつ、適当に会話する。その時、偶然、彼女と指が触れた。
    「…………」
     心臓が、拍を増す。彼女も頬を染めたまま、それでも目を逸らさずに、俺の方をじっと見つめていた。
     俺も同じように、彼女を見る。自然と手が重なる。そのまま少しづつ、お互いの顔が近付いて、近付いて――。
    「…………冨岡、くん……?」
     ほんの数センチまで近付いた唇は、触れることなく離れた。当然彼女は戸惑っていたが、俺の顔を見た途端、心配そうに眉を下げる。
    「なんで、泣いてるの……?」
    「……っ、ごめん……ごめん、ちょっと……ごめん……」
     言葉が続かない。喉が苦しくて、目許が熱くて、また、勝手に涙が零れてくる。カッコ悪い。でも、いくら拭っても、止まらない。
     最悪だ、本当に。なんで? 今の今まで頭から消えてたのに。なんで、不死川の顔が浮かぶんだ。この子の顔に重なってくるんだ。
     違う、違う。俺は、この子と付き合ってるんだ。不死川じゃない。不死川じゃない。不死川のことなんか、もう好きじゃない。好きじゃ……。
    「ごめん、もう、……一緒に、いられない……ごめん……」
    「え……」
    「ずっと……好きな人が、いる……その人のこと、忘れられない……本当に、ごめん……」
     絞り出すように声を出し、何度も何度も頭を下げた。気付けば、彼女も泣いていた。二人で暫くボロボロ泣いて、その場で、別れた。
     彼女にとっては、本当に理不尽だったろう。だけど彼女は、別れ際に「ありがとう」と言ってくれた。殴られたって文句も言えないくらいのことをしたのに、真っ赤に泣き腫らした顔で、笑ってくれた。俺なんかには勿体ない、本当にいい子だった。
     申し訳なかった。最低だ。恋が叶わないからって、他の子にその代わりをさせるなんて。あの子の気持ちを思うと、引っ込んでいた涙が、また湧き出てくる。
     ぐすぐすと情けなく泣きながら、とぼとぼと帰り道を歩く。そして、ここを曲がれば自宅……というところで、ひゅっと息を飲んだ。
    「し、なずがわ……」
    「…………」
     見慣れた白髪が、壁に凭れている。俺に気付くや否や、スマホから顔を上げ、ゆっくりと近付いてきた。
     内心、パニックだった。ただの偶然で、こんな所にいるとは思えない。なんでいるんだ。いつからいるんだ。なんで、ここへ来たんだ。いずれも言葉にできないまま、俺はかっと目を見開いて、目の前の男を凝視するしかできなかった。
    「冨岡……俺、お前が好きだ。俺と……付き合ってほしい」
    「…………っ!?」
     一瞬、何を言ってるのか分からなかった。というか、言われてからも意味が分からなかった。滲んでいた涙も、一気に引っ込んでしまう。
     こいつは、一体……何を言ってるんだ?
    「……フラれた直後に、別の男に告白か? 自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」
    「……分かってる。でも俺、その……さっき冨岡がいなくなってから……色々考えてたら、その……お前がいねェと、俺は――」
     また、腹の底から沸々と何かが煮立ってくる。腹から胸へと、体中を焼き尽くして、痛い。痛い。痛い。体も心も。いま俺が、どれだけ泣きそうになってるか。きっと、目の前の男は死んでも分からないんだろう。
    「……断る。不死川は……自分勝手だ。自分が寂しいからって、そんなこと言って。もう、俺を、巻き込まないでくれ。俺は、俺は……」
    「冨岡……?」
    「不死川のこと、好きだった。でも、もう……好きじゃない……!」
    「え? とみ――!」
     触ってこようとした手を払う。顔も見ないまま吐き捨てて、俺は自宅まで走った。挨拶もせず玄関を潜り、自室へ直行する。バタン! と乱暴にドアを閉めて、そのままズルズルと座り込む。
    「もう、嫌だ……」
     好きじゃない、好きじゃない。嫌いだ、嫌いだ。もう、無理だ。あんな扱いをされて。俺にだって、意地くらいある。俺は、便利屋じゃない。都合のいい存在になんて、なりたくない。嫌い。嫌い。嫌い、嫌――。
    「…………嫌、いに……なりたい……」
     なんで、嫌いになれない? あんな適当な告白、本気な訳がないのに。
     好きな人に、『好きだ』と言われた。それだけで、こんなに感情が揺れる。泣いてしまう。叫びたくなってしまう。
     悔しい。切り捨てられない自分が情けない。俺は本当に、どうしようもない馬鹿だ。
     
     *****
     
     翌日以降、俺は不死川との関わりを絶った。休み時間に話すこともなくなったし、弁当だって一人で食べる。クラスメイトから「どうした?」と心配されたりもしたが、全部適当に誤魔化した。
     冷静になりたい。心がぐちゃぐちゃでしんどいから、もう少し落ち着きたい。平坦になりたい。それなのに、不死川はそれを許してはくれなかった。
    「なァ、冨岡。なァって! ……話、聞いてくれよ」
     帰り道を歩いていたら、手首を掴まれる。もう誰かなんて分かっていたけど、それでもちらりと目を遣り、すぐに戻す。
    「もう、止めてくれ……放っておいてくれ」
    「俺、本気だ。寂しいからじゃない。なんで、信じてくんねェんだよ……」
     ばっと手を払って、また歩き出す。そんな俺の背に、弱々しい声が投げかけられた。本当に、いつもの不死川とは大違いだ。というより、最近は「頼もしい不死川」を見ることも少なくなった気がする。俺と同じくらい、グダグダだ。
    「好きな人に好きな人がいて、それを相談される気持ち、分かるか? ……ずっと堪えてたのに、フラれた途端、俺のことが好きとか言ってきて……今まで、散々……」
     俺はぐるりと振り向き、ありったけの恨みを込めて不死川の顔を見た。本当は、恨み云々以前に、早く不死川から離れたかった。こうして話しているだけで、泣きそうになるから。
    「それは……ほんとにごめん。それしか言えない。でも俺、知らなかった。お前が俺のこと好きでいてくれたなんて、本当に気づかなかった。トモダチとして好きだったから、コイビトの好きだなんて、考えたこともなかった」
    「……」
    「でも、俺……お前にカノジョが出来たのが、嫌だった。冨岡がカノジョ優先で動くようになって、いっつも一緒にいてくれたのにって、思って……あいつの隣は、俺のものだったのにって」
    「……」
     何も言えない。息をするのに精一杯で、とにかく苦しい。
     きっと、不死川の発言は嘘じゃないんだろう。すごく必死だし、声の感じでもよく分かる。だからきっと、本当に……俺のことを、好きに……なんて。そんな訳、ない。あってたまるか。
     頭の中でたくさんの俺が戦っている。信じたい、信じたくない。だって、急にそんなこと言われても。今までこんなに悩んでたのに。
     でも、俺、不死川のこと、好きなんだろう? 多分本気の告白をされてるのに、嬉しくないのか? 嬉しいはずなんだ。ずっとずっと願ってたはずなんだ。でも今は――すごくすごく、しんどいんだ。
     自分のことも、不死川のことも、何一つ信じられないから。
    「…………少し、時間が欲しい。不死川も、よく考えてくれ。その思いが執着なのか、なんなのか。俺も、考える……自分でも、よく分からなくなってしまったから」
    「冨岡……」
    「好きだった。ずっとずっと好きだった。でも、今の不死川と付き合っても、きっと俺、後悔すると思う。だから……きちんと、考えてくれ。考えさせてくれ」
     そう言い切った後、踵を返す。不死川は追ってこない。きっと、伝わったんだと思う。そう、思いたい。
     相変わらずしんどいけど、多分、今の俺にとって、最適解だった。多分、これでいい。俺も、きちんと考えたいから。
     夕焼け空が、いつもより色づいて見える。ゆっくりと進む足取りが、少しだけ軽くなった気がした。
     
     *****
     
     それから一カ月くらいが過ぎた。
     不死川とは相変わらずだ。かつて一緒にいたことも、周囲の人間にはもう忘れ去られてるんじゃないか。それくらい、長い時間が経った。
     あれから考えた。ずっとずっと考えた。でも、未だに答えは得られていない。俺は、今も不死川が好きなんだろうか。一緒にいたいんだろうか。今の状況は、最早友達とすらいえない感じだけど。
    「冨岡ー。呼ばれてるぞー」
    「?」
     ぼーっとしていた意識が、クラスメイトの声で現実に帰ってくる。どこかニヤニヤしているクラスメイトに眉を寄せつつ、呼び出し人の方へ目を向ける。そこには、見慣れない女子の姿があった。
     促されるままに人気の少ない場所に向かう。そして暫しの沈黙の後、一つ息を吐いて、目の前の女子が口を開いた。
    「と、冨岡くん。私、その……〇〇さんと別れたって聞いて……それで、その……私、ずっと前から、冨岡くんのことが――」
     自惚れみたいで恥ずかしいけど、こうして呼び出された時点で、何となく察していた。冷静な頭の中で、あの子の姿が浮かぶ。あの子と一緒だ。一生懸命平静を装ってるけど、声が震えている。本気で言ってくれてるんだと、それだけで分かる。延々と『好き』と『執着』の間を彷徨っている俺とは、大違いだ。
    「……もし、よかったら……付き合って、ほしい……」
    「…………」
     その言葉を最後に、女子は小さく頭を下げた。ぎゅっとシャツの袖を握り締める姿を、ぼんやりと眺める。
     どうする? どうしたい? 前にもこんなことを考えた気がする。でも、あの時とは、少し状況が違う。
     あの時は、叶わぬ恋がつらくて、新しい恋に縋っていた。逃げる手段を探していた。今は、その時よりも冷静だ。不死川との関係もすっかり白紙になっているし、本当に好きなのかどうかも、未だにはっきりしていない。今なら、新しい恋にも、しっかり向き合えるのかもしれない。
     今度こそ、ちゃんと目の前の子を『好き』になって、デートをして、キスをして。そんな、普通の。こんな、どろどろしてない、普通の恋を――なんて。
     無理だ。そんなの。
    「伝えてくれて、ありがとう。でも……好きな人がいる。ごめん」
     出来るだけ冷淡にならないよう、言葉を紡ぐ。泣きそうな女子に頭を下げ、俺はその場を後にした。最初はゆっくりだった歩きが、次第に全力の走りになる。何にどうぶつけたらいいのか分からない気持ちが、どんどん湧き上がってきて、息が苦しい。
     こういう時。誰かの好意に触れた時。触れさせてもらえた時。やっぱり頭に浮かぶ人がいる。抱き締めたい人がいる。キスしたい人がいる。好きだと言ってもらいたい人がいる。他の誰でもない、代わりなんて利かない、人が。
    (今更、って、思われるかな)
     色々あったし、俺の方から遠ざけておいて。不死川が今どう思ってるのかは分からない。もうとっくに、俺のことなんかどうでもよくなっているかもしれない。でも、いずれにせよ……ちゃんと伝えないと、もう前には進めない。
    「しなず、が――」
     この時間、彼は教室で勉強しているはずだ。その推測を元に、全力で階段を駆け上がる。はあはあと荒い呼吸をしながら扉を引き、そして――そのまま、停止する。
    「あ……」
     ぽろっと零れた間抜けな声は、果たして誰のものか。窓側の、後ろから三つ目の席。彼の定位置で、不死川が……男――彼の初恋の人に抱き締められながら、唇を重ねていた。
     映画のワンシーンみたいに、全ての動きがスローモーションに見える。目の前の光景が何よりも確かな現実なのに、どこか別の世界のように感じる。
     言葉を無くし、ただただその光景に釘付けになっていた時、男の肩越しに、不死川と目が合う。その瞬間、顔からはみ出すんじゃないかってくらい、不死川の目が開いた。
    「……っ!? 冨岡!! ちが――っ!」
    「……」
     そこで、漸く時が動き出した。不死川は即座に男を引き剥がし、俺の方へ駆けてくる。俺はそんな不死川に構わず、よろけた体を何とか支え、教室を出た。
     走りたいのに、走れない。さっきまで無駄に全力疾走してたのに。でも、とにかく、今は。この場を、離れ――。
    「っ冨岡! 待ってくれ! ちがう! 違うんだ、さっきのは――!」
     断片的な単語が頭に浮かぶ中、階段を降りようとしたところで、背中に声がぶつかる。足を止めてみたが、振り返る気にならない。不死川が今、どんな顔をしているのか、何を思っているのか。俺には、分からない。そして、分かりたくない。
    「……一カ月悩んだ結果だ。それでいいと思う。好きな人と……両想いになれて、よかったな。……幸せに」
     それだけ言って、不死川の顔も見ずに、階段を下りる。鉛みたいな体を引き摺って、帰り道を進む。その時の記憶はない。自室に入った瞬間、ふ――――――っと深い溜息が出る。
    「…………幸せに」
     自然と、呟いていた。嘘偽り無い本音だ。声に感情が乗らなかっただけで。
     別に、責めたい訳じゃない。期待してた訳じゃない。冷却期間を置こうと言ったのは、俺の方だ。その答えが、お互い違っていただけ。
     頭は真っ白で、自分が今何を考えているのかもはっきりしない。
     ただ一つ分かったのは。
     今度こそ、本当に。俺の恋が終わったということだ。
     
     *****
     
     いつも通り登校して、授業を受けて、部活をして、家に帰る。課題を済ませて、本を読んで、寝て、また起きる。いつも通りの日常を、いつも通りに送る。山も谷もない平坦な日々が、風のように過ぎていく。
    (カップル……増えたな)
     いつもの昼休み。がやがやとした教室で、弁当を食べる。もそもそと咀嚼しながら、ぼーっと周囲を見遣った。自分が見てる限りでもこれだけいるんだから、密かに付き合っているカップルも含めると、実際はもっといるんだろう。あの人――不死川も、そのうちの一人だ。
     好きな人に好きになってもらえるって、どんな気持ちなんだろう。きっと、すごく幸せなんだろうな。俺には、縁遠いものだ。それとも、いずれはまた、恋ができるようになるんだろうか。そうだといい。でも今は……暫くは、いい。心を動かしたくない。つい最近まで、激動の日々だったから。
     弁当箱を片付け、次の授業の準備をする。といっても、教科書やノートを取り出すだけなんだけど。ただ目の前を素通りしていくだけの文字の羅列を眺めながら、水筒を取り出す。くいっと傾けると、冷えた甘さが喉から体へと染みていった。今日も暑い。スポーツドリンクがおいしく感じる季節だ。
     元々、不死川以外でそこまで仲のいい友人もいなかったから、教室でも一人で過ごす。端から見たら寂しい奴かもしれないが、案外、悪くない。基本的に一人でいるのが好きだったから。――不死川がいたから、忘れてただけで。そんなことをつらつら考えている間に、予鈴が鳴る。そしてあっという間に時間が過ぎ、ホームルームを終え、生徒は一気に散り散りになった。
     今日は部活もない。暇だし、久々に買い物でも行こうか。ノートとか、タオルとか。適当に店を回るだけでもいい。
     とりあえずの予定も決まり、荷物を片付けていた時、急に目の前に影が射す。
    「……?」
    「冨岡……ちょっと、話いいか」
     不思議に思い、顔を上げる。そこにいたのは。
     意識して近づかないようにしていた、不死川の恋人だった。
     
    「急に、ごめん」
    「別に構わない……どうしたんだ?」
     俺達以外誰もいなくなった教室で、男は気まずそうに頭を掻く。そのまま黙ったままの男に、俺は努めて冷静に声をかけた。
     誓って、この男に怒りや妬みの感情はない。この男は何も悪くない。ただ、不死川との恋が叶っただけだ。
     暫く待っていたが、男はずっと無言だった。何かを言い淀んでは、手を揉む。一体、何の用なんだ。別に予定はないけど、だからってずっとこうしていたい訳じゃない。目だけでそれとなく急かすと、ようやっと男は口を開く。
    「冨岡……本当にごめん!! 不死川のこと……あれは、俺が無理矢理したことなんだ」
    「…………?」
     男はそう言うや否や、いきなり頭を下げてくる。ごめん? 不死川?? 全く意味が分からなくて、つい訝しげな顔をしてしまう。それをどう受け取ったのか、男はびくっと竦み上がった。
    「前に告白されてから、不死川のこと意識するようになって……その内、その……好きになって」
     おろおろした様子で、男は経過を語りだす。説明というよりは、懺悔のようなものだったけど。正直、そんな恋の経過なんて、聞きたくない。俺はもっと……ずっと前から好きだったのに。平坦な気分の裏で、心が漣立つ。
    「分かってた。不死川はもう、俺のこと好きじゃないんだって。でも、気持ちの整理を付けたくて、ダメ元で告白した。もちろん断られたけど、最後の思い出にしたくて、その……キスしてしまった」
    「……っ!」
     ひくっ。空白の教室に、引き攣った音が響く。漣が、大きな波へと形を変える。全身が強張るのが、自分でもよく分かった。
     頭の中で、忘れもしない『あの日』の光景がぐるぐる回る。必死に「違う」と言っていた不死川の顔。真っ青な、今にも泣きそうな、顔――。あの時、俺が聞こうとしなかった言葉の続きは――。それを考えた瞬間から、口が戦慄く。
    「不死川の意思じゃない、俺が勝手にやったことだ……本当にごめん! 不死川が好きなのは、お前だ……見てたら、分かるんだ。でも、俺のせいで、お前も、不死川も……本当にごめ――」
     もう、聞く気はなかった。男が頭を下げるのを視界の端で捉えながら、走り出す。教室、廊下、階段、校門。滲む視界の中、ただひたすら走った。
    (不死川……っ)
     ああ、どうしよう。俺、不死川に、なんて酷いことを。噛み締めた唇から、血の味がする。
     あの時は、絶望に負けた。力が抜けた。気力がなくなった。だから、不死川の話を聞かなかった、聞けなかった。でも、そんなの、ただの言い訳でしかない。
     あんな……碌に話も聞かず、切り捨てられて、不死川はどれほど傷付いたんだろう。
    「ごめん、不死川……」
     許してもらえなくても仕方ない。でも、とにかく、謝らないと。それ以外考えられなくて、彼の家まで全力で走った。
     それから十分くらいで、彼の家に辿り着く。その頃にはもう息も絶え絶えで、足が棒のようになっていた。
     まだ息が荒いまま、インターホンを押す。そうすると、すぐにドタバタと足音が聞こえて、ガラッと玄関扉が開く。そこから溢れるようにして、小さい子供たち――前見た時よりも随分大きくなった――彼の弟達が現れた。
     彼らは快く来客者を迎えようとしたようだが、俺の姿を見るや否や、一気に表情が険しくなる。憎悪にも似た目に、思わずたじろいでしまう。
    「とみおか! おまえ、なにしにきた!」
    「にいちゃんをいじめるやつなんか、きらいだ!」
    「きらいだ!」
    「でていけ!」
     そう、口々に抗議される。その内の一人が手に持った積み木を投げてきて、胸に当たる。思いっきり投げたようで、痛い。想像でしかないけど、不死川の痛みを感じているようで、実際の痛み以上に胸が締まった。
     不死川は、俺とのことを家族にも話してるんだろうか。だとしたら、怒るのも当然だ。大好きなお兄さんに、酷いことをしたんだから。
    「でていけ!」の大合唱のなか足元に転がった三角形を拾い上げたちょうどその時、奥からぱたぱたと足音がする。
    「こら! あんたらなに騒いどんの――って、あら! 義勇くんじゃない」
    「とみおかがきたの!」
    「にいちゃんいじめたから、とみおかきらい!」
    「もう……あんたたち、向こういってなさい」
     小柄な女性――不死川の母親に、子ども達が口々に捲し立てる。それを宥めつつ、母親は全員を部屋の方へと押しやり、それから慌てて戻ってくる。そして「ごめんね、あの子達にはよく言っておくから……」と、頭を下げた。
    「あ、その……お久しぶりです。しな……実弥君は、帰ってますか」
    「あの子ならさっき帰ってきたけど、すぐ出掛けてったよ。今日はバイトも休みなんやけど、どこいったんやろねぇ」
     うーん、と顎に手をやる母親の目を、俺は見られなかった。いや、あれから一週間くらい経ってるし、もしかしたら何か用事があったのかもしれない。でも、何となくだけど、あの一件――否、俺が原因なんじゃないか。そう思ってしまう。
    「……ありがとうございます、ちょっと探してみます」
    「うん、お願いねぇ」
     俺の焦りを知ってか知らずか、母親は至って普通の調子で微笑む。弟達と違って、母親は俺に怒っている様子はない。大人だから知らないフリをしているのか、それとも。
     ドアに手を添えたところで、ぴたっと足を止める。くるりと振り返ると、母親は不思議そうに首を傾げた。
    「あ、その……実弥君、俺のこと、何か話してましたか? 弟さん達、怒ってたから……」
    「あ、ああ! ごめんねぇ、そういう訳じゃないのよ。ただ、あの子いつだったか、帰ってくるなりワンワン泣き出してね。『冨岡ごめん』って言ってたのを、下の子達が聞いちゃったみたいで」
    「……」
    「今まであんなに泣くことなんてなかったから、義勇くんにいじめられたって勘違いしたみたい……嫌な思いさせてごめんね」
     聞いた瞬間、胸の方からズキッという音がした。多分、『あの日』のことだろう。不死川を、そこまで泣かせてしまうなんて。胸が苦しい、痛い。謝らなきゃいけないのは、俺の方なのに。
    「その……すみません、俺のせいで……」
    「? 義勇くんのせいなの?」
    「多分、いや……確実に俺のせいです。実弥君を傷つけてしまいました。謝りたくて、今日ここに来ました。ごめんなさい。実弥君は、俺の顔を見るのも嫌かもしれないけど……探して、謝ってきます」
     人間、自分が悪いと分かったうえで謝る時って、こんなに緊張するのか。怒られるって分かって話をするのは、こんなに怖いのか。
     少しでも許しを得ようとする自分が浅ましい。汚い自分に歯噛みしつつ、母親の言葉を待っていた。でも、返ってきたのは、自分の想定とは大きく異なるものだった。
    「そうなの……でも、実弥が謝ってたってことは、きっと義勇くんも傷つけられたんでしょう? ごめんね……あの子も、すごく後悔しとると思う……あんなに泣いとる実弥、私も初めて見たから」
     ふ、っと。肩に手を添えられる。母親の顔はとても優しくて、怒りなんてこれっぽっちもなかった。それで余計に、泣きそうになる。でも、泣いてる訳にはいかない。早く、不死川を探して、謝らないと。
    「本当に、すみません。実弥君を、探してきます」
    「うん……お願いね」
     優しい声を背に受けながら、俺は今度こそ彼の家を出た。とりあえず敷地の外に出て、石垣に体を預ける。
     不死川は、どこに行ったんだろう。バイト以外は勉強と家のこと、みたいな男だ。外で遊び回るような奴じゃないはずだが。不死川が行きそうな場所……だめだ、思い浮かばない。
     まだ友人だった頃、こんなことになる前は、不死川が忙しくない時に遊びに行った。駅前とか、公園とか、ごくたまに映画とかカラオケとか。お互いあんまりお金もないし、散歩とかウインドウショッピングがメインだった。なんだか、随分昔のように思う。
    (あの頃は、よかったな)
     てくてくと歩を進めながら、考える。考えて、首を振る。
     いや……違う、つらかった。美化するな。ずっとつらかったじゃないか。俺以外の人に恋をして、その男について話す不死川を、何度拒絶しようと思ったことか。でも、近付くことも離れることもできなかった。どうしたって、不死川のことが好きだったから。なにより……。
     つらいだけじゃない。本当に、楽しかったんだ。不死川と一緒にいられて、本当に嬉しかった。俺なんかと仲良くしてくれて、優しくしてくれて。大好きだったんだ、本当に。俺、俺は、また。
     また、遊びたい。話したい。不死川と、なんでもいいから、つまらない話をたくさんしたい。もう、無理だって分かってるけど。
    (不死川……どこにいるんだ)
     色々耽っている内に、気付けば結構歩いていた。ほんの数メートル先に、見慣れた公園が見える。ちょうど俺と不死川の家の中間くらいにある、子ども用の公園だ。
     高校生になったいま遊べる遊具はないけど、そこにある屋根付きベンチで、自販機のジュースを飲みながら、不死川と話す時間が好きだった。
     狭い道を繋ぐ信号機から、調子外れなメロディが流れてくる。あれが、「そろそろ帰ろうか」の合図だった。懐かしいな。
     他に候補がないというのもあるけど、ちょっと寄っていくことにする。ここにいなかったら、一度不死川の家に戻って報告しよう。もしかしたらもう帰ってきてるかもしれないし、帰ってないとしたら、もっと本格的に探さないといけないから。
    「とみおか……?」
    「!」
     その時。前方から、頼りない声が聞こえた。はっと顔を上げると、信じられないといった様子で、不死川が俺を見つめている。その藤の目は、普段以上に大きく見開かれていた。
     ここにいたのか。やっとみつけた。よかった。瞬間的にいくつもの言葉が脳内を巡ったが、何一つ外には出ていかない。不死川も喋らないし、結果として辺りは沈黙に包まれる。
     また信号が変わったのか、歪なメロディが鳴り始める。「そろそろ帰ろうか」。そう急かすように。
    「……ご家族が心配していた。早く帰った方がいい」
    「……ああ、そうだな」
     信号の音に押されるようにして、それらしい言葉を口にする。不死川も頷いて――また、沈黙が訪れる。一瞬にも永遠にも思えるそれを、俺は自分から破りにいった。
    「それと……謝りたい。あいつから事情は聞いた。誤解してた。勝手に決めつけて、不死川に嫌な思いをさせてしまった。本当にごめん」
    「……」
    「それだけ伝えたかったんだ。無事見付かって良かった。……それじゃ、失礼する」
     膨れ上がるものを堪えて、言うべきことだけを端的に。俺にしては、すらすらと言えた気がする。若干一方的にはなってしまったが、自分に課していた任務は達成した。もう、ここにいる理由も、いていい理由もない。
     言うだけ言って、さっと踵を返す。また、メロディが鳴る。この周期で、向こうに渡ってしまおう。そう思っていた体が、突然、ぐんっと引っ張られた。手が熱い。目だけで振り返ると、ごつくて大きな手が、俺の手を掴んでいる。
    「………………待てよ。失礼……しないでくれよ……」
    「不死川……」
     震える声がして、今度は体ごと振り返る。そこには、ぼろぼろと音がしそうなくらいに涙を零す、不死川がいた。
    「……終わらせたくない。俺、お前と、一緒にいたい……」
    「……」
     服の裾をぎゅっと握って、溢れる涙もそのままに、不死川が俺を見つめてくる。一生懸命平静を装ってるけど、全然隠しきれてない、震えた声。本気で言ってくれてるんだと、それだけで分かる。俺に想いを伝えてくれた女子達と一緒だ。
     でも、いま目の前にいるのは、これからの恋を期待する女子じゃなくて――ずっと好きだった、初恋の相手だ。
    「あれから、ずっと考えてた。そしたら、好きって気持ちがどんどん分からなくなった。お前が言うように、ただの執着かもしれない。でも、それでも……一緒にいたい。お前と。俺、俺は、俺――!」
     気付けば、勝手に体が動いていた。掴まれた手を今度は俺から引っ張って、一気に距離を詰める。こちらに倒れ込んでくる体を、ぎゅっと両腕で包んだ。
     ひゅっと喉が鳴る音が、肩口で響く。不死川の体温、自分とは違う匂い。それらを感じるだけで、胸がいっぱいになる。爪先から頭の先まで何かが持ち上がってきて、最後は目許に繋がる。熱いものが、何度も頬を流れていく。
    「おんなじだ、俺も……正直、答えは出なかったけど……不死川と、一緒にいたい。実際の答えが違った時は、それでいい。ただ、それまでは……一緒にいたい……」
    「うん……うん……」
     もう、どうしようもない。この溢れるような気持ちがなんなのか、俺には分からない。愛なんて大それたことは言えない。でも、何とか言葉を当てはめるとしたら、「いとしい」以外に浮かばない。
    「不死川……好きだ。好きなんだ。きっと、執着じゃない。俺と……ずっと一緒にいてほしい」
    「俺も好き……好きだ、冨岡。ほんとに、お前が……」
     もう一度ぎゅっと抱き締め合い、互いの肩口で呟く。鼻を啜る音、しゃくり上げる音が、静かな公園に響く。信号機の音は、もう耳に入らなかった。
     
     *****
     
    「一緒に、帰っていいか」
    「逆方向だけど……いいのか?」
    「いい。送る」
    「……ありがとう」
     もう真っ暗になった空の下、俺達は歩き始めた。頼りない街灯が照らす道を、ゆっくりと進む。
     夢か現実か。頭がふわふわして、何も思考できない。こうして不死川と一緒に歩けること、恋人……と定義される関係になれたことが、未だに信じられない。都合のいい幻想じゃないかと思うけど、でも。
    「!」
     おずおずと俺の手に触れてきた指は、間違いなく現実のものだ。その指は、本当に恐々といった様子で、俺の人差し指と中指を握ってくる。俺はすぐに手を解いて、びくついた手をぎゅっと握り締めた。
     右隣から、「……っ」と小さな声が聞こえてくる。それに気付かないフリをして、俺はさらに握る力を強めた。
    「……冨岡」
    「……ごめん、痛かったか?」
    「いや、その…………やばい、しんぞうが……」
    「奇遇だな、俺もだ」
     ちら、と隣を見ると、不死川は目を伏せ俯いていた。街灯の光に晒された耳や首は、赤く染まっている。その様と、握り返される手に、早足の心臓がさらに走り出す。
     あれだけグダグダだったのに、なんかもう、恋人みたいだ。
    (うれしいな)
     そう思うと同時に、目が熱くなる。せっかく引っ込んでいた涙が、また溢れてくる。空いた手で拭おうとすると、それよりも早く不死川が鼻を啜る音が聞こえた。ひくっと泣いてる声もする。俺も、タイミングが違うだけで、ほぼ同じ音を立てる。
    「冨岡……明日から、また、その…………一緒に、飯、食いたい」
    「もちろんだ……それから、また、一緒に帰ろう」
     涙声で、ぽつぽつと会話する。高校生にもなって、手を繋いで泣きながら歩く男二人。端から見たらどんな光景なのか。そろそろ不死川の家に着くから、泣き止まないといけないのに、まだ止まりそうにない。
     
     泣く以外に、この気持ちを表現する術がなくて。
     固く繋いだ手もそのままに、ただ、アスファルトの道を歩いた。
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