洞窟にオレンジふたつ(三)出撃ゲートから車を走らせ、地下へ繋がる道へとクラナガは急いだ。トリピアスやメガロアインなど、広い範囲での攻撃に向いているガドルを育成すると聞いていたからてっきり地上戦のイベントとばかり考えていたが、地下での難易度の高い戦闘のためだったとは。こんな狭くて暗い所じゃ彼らも思ったように動きづらくて辛いだろうに。工場の湖水で気ままに漂うガドル達のことを思い浮かべ、ハンドルを握る手に力が篭もった。
目的地に着き、車を停めた。やはり狭いところに不向きなガドルが詰め込まれている。現場からの通信によると、工場職員も戦士もだいぶやられているようだ。自分なんかが戦力になるとは到底思えないが、仕事である以上出撃する以外選択肢は無い。ガドルに針を向けることは出来なくても、攻撃を防いだり戦士の盾になるくらいはできるかもしれない。
『……壊れないでよ』
メユリのログが呼び起こされて顔を顰めた。そりゃ素体の破損は避けられるなら避けたいが、お呼び立てを受けておきながら木偶の坊でいるわけにもいかないのだ。それに短時間でかなりの数のギアが減っている。慣れない環境下での戦闘というのもあるだろうが、ただでさえ狭いところにガドルを突っ込みすぎている上、企画時点での計算上より地下で崩壊しているところが多く、瓦礫がフィールドを圧迫してさらに狭くなっていた。ゲームバランスが大きく崩れているのだ。そのせいで地下道いっぱいにゾーンが所狭しと張られている。ゾーンは隣り合っていた方が移動にはいいが、あまり過度に重複すると、ゾーンの境界もそれだけ増える。重なり合ったゾーンの境界上ではほんの少し動きにラグが発生する。一瞬だけの間なら問題は無いが、多くのゾーンが隣接しその間隔が縮まれば縮まるほど動作に遅れが生じ別のガドルに狩られやすくなる。過ぎたるは及ばざるが如しだ。これでは逆に動きづらい。
自ら装着した装備の点検をした後、もう一セットある予備の装備を車に置き、クラナガは駆け出した。
助走をつけてゾーンへ入ると、戦闘エリア外へ出ていこうとしたオクトゥルを見つけた。
「大人しくしててくれ……っ!」
ガドルに死を待てと言っているのと同じことだとは分かった上で叫ぶ。前に回り込んで急所にあたる血圧袋の上を装備の鈍部で殴り、動きを止める。それでも針を打ち込めない己の意気地無さを呪いながら、戦士がピンチになってるところが無いか見回しながら飛んでいく。先程のオクトゥルが針を刺され胴体から致死量のオキソンを吹き出しているのが映った。動きが鈍ったところを誰かに仕留められたのだ。
「ごめん、ごめんよ……」
謝ったところで許されないし許される気もない。ギアが取りこぼしてるガドルがいないか隅や岩の影をチェックしながら戦場を回る。ユーザー、タンカー、戦士、そして、職場の同僚たちの亡骸を掻い潜りながらゾーンを巡る。
ガドルがある程度減り、ユーザーも増えてきて、ようやく理想のゲームバランスを取り戻してきた。複雑な心境で戦場を眺めていると、視界の隅でトリピアスに向かって飛び出すオレンジ色の髪が見えた。
「メユリ!?お前タンクで待ってろって……!」
振り向いて叫んだ先にいたのは、メユリではなかった。彼女より夕刻の空に近い色の三つ編み、彼女よりもっと明るく砂礫のようでいて僅かに赤みのさした色の肌、彼女とは全く異なる晴天のように青い瞳、小柄ではあったが彼女よりひと回りほど背も高い。戦闘に特化したものだろうか、右手に針を装填した義手を持つタンカーの少女が、その針をトリピアスに命中させていた。
あの年頃のタンカーなら戦闘慣れしていない者が多いのだが、その少女の戦場を軽やかに舞う動きは素早く洗練されており、一人で大きなメガロアインに針を打ち立ててしまった時には思わず呆気に取られてしまった。
「パイプ!」
少女が声を上げた。メガロアインの近くにふわふわ浮かんでいた小さな生き物の名を呼びかけているらしい。一瞬ガドルかと思ったが、あんな見た目のものはクラナガの知っている中ではいなかった。どうやらあのタンカーの愛玩動物のようだ。迷子にでもなって、戦闘に巻き込まれてしまっていたらしい。
少女に抱き締められ頬擦りを受ける小さな生き物と、傍らに横たわるガドルの遺体を遠くから交互に見やった。きっと、自分がガドルに求める生き方、愛され方はあの小さな生き物のようなものなのだ。ガドルが、戦闘用エネミーとして生を受けてしまったばかりに、このように惜しまれることもなく殺され、顧みられることもなく捨て置かれる。自分は、それ以外の道を作らねばならない。自分が作ることが出来ずとも、それに繋ぐ方法を探さねばならない。ガドルだって、あの生き物のように愛されることも可能なんだと、証明する手立てはきっとあるはずだから。迷ってでも、前に進まねば。恐れる前に、模索せねば。
クラナガが少女とパイプを見ていると、彼女の傍らにいた黒髪の大男がこちらの視線に気がついたのか睨みつけてきた。装備を身につけているあたり、彼もタンカーの戦士なのだろうか。鋭い眼光に立ちすくむ。すると、
「うおおおおおおおおおこらあああああああああああああ!!!!!!!!!」
物凄く聞き覚えのある怒声が上空から爆音で聞こえてきた。それとほぼ同じタイミングで背後でドンッという音とセルドラムの悲鳴が響いた。
「あんたカッコつけて一人で行っといて、何ぼーっとしてんの!今思っきし後ろから襲いかかられてたからね!攻撃されてなかったのかゾーン展開してなかったけど!」
振り返ると、赤みが強めなオレンジ色の髪と緑のリボンを怒りで逆立て、金の目をいつもの5割増で釣り上げ、グレーの腕を胸の前で組み、甲殻の隙間に針を深々と打ち込まれたセルドラムの上に仁王立ちするギアがいた。
「メユリ……」
今度こそ間違いなく彼女だった。戦闘用装備に着替え、先程浴びたものらしき新鮮な緑のオキソンに塗れている。こんな薄暗いところでは全身に頭のリボンを巻いているようにも見えそうだ。左肘に裂傷ができているのを見つけた。
「お前、危ないからデカダンスにいとけって言ったろ、怪我してるじゃないか!」
「ハァ!?いたら今頃あんたの素体ぐちゃみそだったんですけどぉ!?こっちは掠っただけ!あんたは危機一髪!ちったぁ感謝しなさい!壊れんなっつったのに!」
剣幕に押され、クラナガはたじろいだ。
「いやそこまで怒らなくても……俺だって一応気をつけてたんだよ、トリピアスやイガーの針からもメガロアインの歯からも避けて……」
そこまで言って言葉を切った。イベントに向けて工場で育てていたはずのガドルがまだ足りていない。数の話もそうだが、まだこの戦場で姿を確認できていない種類のガドルがいる。
「フィールド外に逃がしてしまったか……?」
顔面から血の気が引いた。あんなに大きいのが地下の整地が行き届いてないところにまで暴れ回ったら大変だ。それに、あいつは……
「クラナガ?」
メユリがセルドラムから降りて俯くクラナガの顔を覗き込んだ。と、遠くからゴロゴロと言う地響きが聞こえる。
「?なんか変な音するね?」
「……!あれは……!」
クラナガは咄嗟にメユリの怪我していない方の手を引き全速力で駆け出し、ほぼ倒れ込むような形で隅に逃げ込んだ。洞窟の壁を突き破り、フォッグブルーの巨大な球体が転がり込んできた。中型ガドルのダル・マモスが丸めた体を高速回転して突っ込んできたのだ。勢いのまま空中に飛び上がり、大鳴動と共に地面に着地すると視界が土煙に覆われた。それでも止まることなく、デカダンスに向かって転がり続ける。メユリが目を見開いて叫んだ。
「えっ、わ、まだ出てくんのガドル!?いつも通り一斉に出すのかと思ってたけど!」
「最初の戦闘時に戦士側が想定外に追い込まれていたから後発として時間ずらして待機させてたらしい、アレはヤバい、逃げるぞ!」
「そんなわけにはいかないでしょ、せっかく参戦してるのに!他にもギアもタンカーもいるし大丈夫よ!」
直後、止まったダル・マモスに戦士達が一斉攻撃にかかったかと思うと、巨体は立ち上がって大きな腕で殴り飛ばした。沢山の人間がなすすべも無く紙屑のように投げ飛ばされていく。メユリの息を呑む音が聞こえた。
「他にもガドルがいるし、今の形成だと不利だ。帰れとまでは言わない、とりあえずそこで大人しくしてろ」
「いっ……嫌よ、何の為のデカダンスよ!死ぬことだって娯楽の一部なんだから」
「人に素体壊すなって言っておいて自分のはなおざりにするのか!」
メユリの肩がびくりと痙攣するのを見て、クラナガは自分が初めて会った時以来の怒号を出したことに気がついた。少し深呼吸をする。
「……ごめん」
そっと華奢な肩に両手を置き、ゆっくりと話す。
「だいぶ震えてるだろ、そんな状態でまともな戦闘は無理だ。冷静に考えろ」
「し、Cランクに言われたくない……」
精一杯の強がりを見せているが、涙がかすかに滲んでいる。
「あんたは戦えるっての?」
「……無理だろうな。でも戦士のサポートには行かなきゃ」
ダル・マモスの方へ振り返り、そして他のガドル達の方も見回した。ダル・マモスだけではない。どの個体のことも、クラナガは可愛がっているガドルとして覚えていた。だが、戦場でこうして出てきた以上、結局は倒すしかない。特にダル・マモスは自分の毛を針に変えて攻撃する能力もある。今は応戦している戦士達の方へ集中しているようだが、こちらへ針が飛んでこないとも限らない。トリピアスの針より細いとはいえ、小柄なメユリには致命傷になりうる。それに、他のガドルも付近にやって来ている。立ち上がると、ガシャリと背後で音がした。メユリも続いて立ち上がったと分かり、振り向く。
「大人しくしてろって……」
「怪我なんて大したことない。あたしより弱いあんたを観戦するだけなんておかしいじゃないの」
クラナガの一歩前に進み出る。鋭い視線で遠くのガドルを見据えている。足も震えずしっかり地面の上で立ち、先程までの恐怖の感情は感じられなかった。虚勢では無さそうだし、譲るつもりはないらしい。
制止の言葉をかけようとすると、一筋の閃光がダル・マモスの背中を穿つのが見えた。倒れ込んだ巨獣の上を赤いマントが翻す。
「なっ……!?」
「クレナイだ!」
クラナガの隣でメユリが声を上げた。
「クレナイ……タンカー最強の戦士か」
「うん、タンカーだけど、トップランカーに肩を並べる強さで有名だよ。ギアの中ではあれの戦い方を真似してるのもいるって」
クレナイ。タンク街で時々聞こえてくる噂話で名前を聞いたことがあるが、想像していたより細い人間だった。しかし、そのしなやかな体でダル・マモスの放つ射撃を完璧に薙ぎ倒している。
彼女に続いて、細身の男と小太りの男がダル・マモスに強烈な攻撃を加えていた。
「あの二人とチームを組んでるのか?」
「うん、三人で連携プレーとってるらしいよ……あ、アイツらも三人だったな……」
メユリの顔が一瞬曇った。そういえばこの間話していた気に入らないとかいう赤いギアも三人組だったという話をしていたがそのことだろうか。
傷つくガドルの姿に胸が痛むが、憂慮していた事態は避けられそうだ。後方を振り返る。
「あいつは彼らに任せてよさそうだ。俺はまだ残ってるガドルを倒しに行く」
「あたしも行く、そっちの小さい方なら文句ないでしょ」
「怪我、大丈夫なのか?」
左腕の血が擦れて傷口をおさえていた右手のひらに付着している。利き腕を負傷したわけではないとはいえ、戦場では一瞬の動きの鈍りで危険度が大幅に跳ね上がる。
「掠り傷だって言ってんでしょ。それより、あんたは針突き立てられるの?」
メユリはニッと笑い、それから真顔に戻った。クラナガは少し詰まって、返す。
「小さめのガドルならなんとか……」
「……殺すのよ?」
「……戦場に出た時点で手遅れだ。それに……」
「それに?」
「……」
大きな丸い瞳でこちらを見上げるメユリを見下ろす。
「俺もいつまでも無責任な観戦者じゃいられない」
攻撃色を顕に暴れ回るガドルたちの方へ向き直り、目を閉じた。静かに手を合わせる。
食べて命を繋ぐことはなくとも、現状自分は殺されることを前提に戦場に出るガドルを育てることで生かされている。それを役割として生を得ている。殺すことで、他の仲間を守る必要がある。戦場のガドルを始末せず野放しにしておくことの悪影響は知っている。自分が手を下さないのは、誰かに押し付けているだけだ。自分が逃げることで、これまで守れなかった者がいたかもしれない。もう、逃げる訳にはいかない。彼女の素体が壊れてしまったら、新しい素体の姿に慣れても、きっと受け入れることはできないだろう。
許されなくていい。生きるために。守るために。
「……いただきます」
祈るように唱える。
「……クラナガ?」
訝しげなメユリの声が聞こえた。目を開けて、隣のギアを見る。
「行くぞ。……壊れるなよ」
「……うん!」
二人して戦地へ走り出した。
「みんなダル・マモスに集中して後方の陣営が手薄だから、そっちを仕留める。メユリも手伝ってくれるか?」
「手伝う?あたしがメインでやっちゃうよ?」
「一応取りこぼしを出さないようにするのが今の俺の仕事だから、討伐数はどうあれ名目上は手伝うって言わせてくれよ。俺も、少なくとも一匹は殺すから」
「わかった、気をつけてね」
人目につかない岩陰に隠れたゾーンを見つけ、メユリが近くのゾーンに突入していることを確認してから飛び込んだ。周囲を注意深く見渡すと、ネモスが伸びる体をしなってこちらへ向かってきた。岩との間に滑り込んで両足を使い全力で頭部を蹴りあげる。大岩のような軟体は大きく弾かれ、仰け反った。メインのガドルが倒された以上、ユーザーの興味は彼らには向けられないだろう。要らない命、だとは思いたくない。《処分》という言い方は好きじゃない。エネミーとしての消費は嫌いだが、今こうしてエネミーとしてしか生きる道を与えられなかった彼らには、誰かに任せるのではなく、自分の手で弔うことが、ひとつの敬意なのではないか。
独りよがりな罪悪感から謝ることはもうしない。ただ、一言誓いを告げる。
「頑張るよ、お前らの後の代はもっといい生き方ができるように」
大口を開けたガドルの急所に向け、勢いよく針を放った。
「メユリ、大丈夫か!」
自分より上背のある体に押しつぶされないよう、ゾーンが消える前にネモスの下から抜け出した。見回すと、ブシュッという音ともに岩の横からメユリが飛び出した。さっきより被ってるオキソンの面積が広い。
「小さいのを二匹倒してきたよ。あと今見えてる範囲は他の戦士がやってくれたみたい」
「うん、索敵データでももうガドルはいないらしいって……あ、傷口にオキソンかかってるぞ、拭かないと!」
メユリの腕から垂れる赤い血が緑色のオキソンと混じりあって黒っぽく滲んでいる。よく考えたらさっきの間に手当してやるんだったといつまで経っても治らない自分の気の効かなさに苛立ちながら着ている装備の肩口を引っ張って裂いた。丈夫な素材なので、クラナガの細腕ではかなり力がいる。
「え、ちょ、そこまでしなくていいから!……それよりあんた、殺ったんだね」
メユリに神妙な眼差しを向けられ、やっと三センチほど亀裂の入った布を見つめる。自分の肩と同じ緑色に染まっていた。下から攻撃したせいで、全身くまなくオキソンを浴びている。
「……うん」
「そっか。よかったじゃん、ちょっとはいいオキソンもらえるかもよ」
「一匹じゃ評価は上がらないだろうな」
「じゃあ別の仕事頑張るしかないね!あ、そういや相談のこと忘れてた。着替えてから話す?」
「いや、もういいや、それは」
「え、そう?」
車に移動し、何かないかと荷台から取り出した救急箱を傍らに置き、メユリの腕をとって消毒液をかけた。
「ぃつっ……」
沁みる痛みに灰色の顔を顰めている。ガーゼを当て、包帯を巻きながら話を続ける。
「俺、ずっと踏ん切りつけられてなかったからさ、もっとちゃんと本腰入れてみようと思うんだ。色んな人が関わることだし、しっかり理解していきたい。出来るのに怖がってやってないことがまだまだある」
「ふぅん……」
「通信も入れるよ、多分また詰まることはあると思うし」
疑いで半目になっていた黄色が見開かれた。
「本当に?」
「うん、通話って声しか使えないからしり込みしちゃって……ごめんな、わざわざそっちからかけてくれたりもしたのに」
「はぁ〜そういうとこよ、通話苦手なのはなんとかした方がいいよね」
「……頑張ります……」
「声が小さい!まぁ、やる気があるならそれでよろしいけどさ」
「あ、相談関係なくてもかけていい?」
「ん?いいけど」
「俺、目標のためには人とちゃんと話せるようにしなきゃいけないと思うけどさ、普通に……純粋に人と仲良くなりたいな、特にメユリとは」
メユリは二、三度瞬きをしたかと思うと、ぶっ、と吹き出し、それから腹を抱えて大笑いしだした。
「あっははははは、何言い出すかと思ったら!いや、そういうことドストレートに言い出すのここ最近流行ってんの!?いやあんたは流行りとかわからないか、うっははははははは!!!」
「え、な、何がおかしいんだよ!?」
わけも分からず問い返す。
「え、やめ、真顔で言うのやめて、ひゃはははははおなかいった、ひぃーーーー!!!!!」
目の前で笑い転げるメユリにクラナガは何が何だか困惑し通しだった。
了(?)