Enfleurage 瞼の奥でむず痒さを感じて目を開けると、口角を緩く上げた相手の顔があった。目が合った瞬間、そっと髪から指が離れて、むず痒さの正体を知った。汗でいくらか湿った髪は、不快ではなかったろうか。
カイムのふしぎそうに動いた眉と、柔らかな視線に思考をはっきりさせると、ソロモンは今の体勢を思い出した。カイムの肩あたりに頭を落ち着けて、心臓のそばに顔を寄せながら、眠りと呼ぶにはささやかな休息を過ごしていたのだった。
もっとも、枕代わりにされていたカイムにとって休息の時間であったのかどうかなど、ソロモンにはとんとわからなかったのだが、長い指が自らの前髪をいじるような仕草でこちらの髪で遊んでいたことは知っているので、多分退屈した時間ではなかっただろう、と勝手なことを思った。
ことが終わって、身を清めたあとにカイムの広い胸に体を押しつけて、浅い微睡みに落ちるのが好きだった。とくとくと、普段は服の下、肉の奥底に隠している鼓動を耳の薄い皮膚で感じるのは、行為の最中よりもずっと生を実感させてくれるような気がしていた。
「ごめん、重かったよな」
「いいえ、お気になさらず…」
名残惜しげに肌を離しながら訊ねると、肌が擦れたところから汗と香の混ぜものがふわりと鼻をくすぐって先刻の触れ合いが想起されて、少しだけ腰が疼く。
離れ難い温度だった。はじめは覆いを外した手に触れるだけでも緊張していたのに、赤が差して火照りの冷めない肌を知ってしまった今となっては、たとえ花も萎れるような熱帯夜だとしてもこの温度を求めるだろうと無稽なことも考えた。
熱くなった頭(と、もうひとつ)を冷ますように、慌てて体を起こして向かい合うと、カイムも身を起こして息をついた…と、思えば、今まで枕のようにされていた肩の辺りを普段の振る舞いからするといささか無作法に、すんすんと音を立てて匂いを確かめはじめた。
「えっ」
「あ、いえ…本当にお気になさらず」
「いや気になるよ?!」
目の前の相手の仕草を見て、ソロモンは血の気が引いた気持ちだった。実際、さっきまで煙が立ちそうなほど熱っぽかった頭は、この一瞬で氷のように冷えて動きが鈍るようだった。唇はうまく開かず、口の端が震えるのを自覚した。
さっきまで心臓から体の隅々、端までをどくどくと滾った血が通っていたはずなのに、それがまるでわからなくなってしまい、代わりに思考だけがぐるぐると頭のなかを駆け回っていた。
(俺、もしかして汗くさかったのか?!)
ちゃんと頭から爪先まで洗ったはずだと自分の腕や髪をつまんで鼻をふんふんと鳴らしてみるも、いまの一瞬でかいたらしい冷や汗しか感じ取れなかった。
その有様を知ってか知らずか、ひと通り確認し終えてフウ、と息をついたカイムはどこか満足気に見えた。
「な、なにかその、におった…?」
「ええ!」
恐る恐る、思いのほか上ずった声で聞いてみれば、朗らかな声で返事が届く。今まで経験がないが、探索中に扉をいつものように蹴り破ろうとしてまったく開きそうになかったら、このように突き放された感覚になるのだろうか。ソロモンは想像上の自分がひっくり返って足が痛むと転がるさまを、今すぐ真似したい気持ちに苛まれた。
カイムは硬直したソロモンの沈黙をどう捉えたのかわからないが、そのままこう続けた。
「同じ石鹸のはずなのに、なぜだか我が君からはジュニパーの香りを強く感じまして」
「……じゅに、え?なんて?」
「石鹸です、先ほど使われたでしょう?」
このあとの続きはなんかイチャイチャする
してくれ 頼むよ なんでもするから