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    odaka222

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    odaka222

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    付き合ってないまだまだ青い賢憂(表)の短い話。糖度低め。感覚的には賢→→→←(?)憂。

    すれ違い。(賢憂) スマートフォンから緊急速報のアラームが鳴る。機械に手を伸ばすより早く、下から突き上げるような揺れが、リビングに居た犬飼と御子柴を襲った。
     次の衝撃に見構えたが、暫く経ってもそれは来なかった。
     犬飼は安堵の息をついて、不服そうな顔でノートパソコンの操作を再開させた御子柴に声をかける。
    「わぁ、びっくりしましたね御子柴くん。大丈夫でしたか」
    「大丈夫じゃねーよ。くそ不愉快だっつの、あんぐらいでうるせー音鳴らしやがって。そっちに気を取られたわ」
     文句を言う御子柴に苦笑して、席を立つ。別室にいる土佐と甲斐田の様子を見に行くつもりだった。
    「今回はあれだけで済んでよかったですけど、万が一ということもありますから、やはり心の備えはしておかないと……」
     ピーピーピー
     再びアラームが鳴り、二人が顔を見合わせた次の瞬間。今度は横に大きく揺れ、犬飼は思わず机にしがみつく。
    「犬飼っ」
    「私は大丈夫です、御子柴くん、できれば机の下に入っ、……!」
     言い終わる前に犬飼は息を飲んだ。壁掛けの時計が、御子柴の上へ、今にも落ちてきそうな勢いで揺れている。
    「危ない!」
     半ば反射的に身体が動き、驚きの表情を浮かべた御子柴を庇うように抱きしめた。
    「なっ」
     ガチャンッ
     頭に衝撃が走った。けれど視界も意識もしっかりしている。『間に合って良かった』、それだけが脳内を占拠し、アドレナリンが溢れているのか痛みも感じない。
     警報が鳴り始めて二十秒程で揺れは止まり、今度こそ地震は終わったようだった。
    「……っ離れろクソ雑魚看守! いつまで抱きついてんだ暑苦しい」
     安全を確認させてもらいたかったが、その猶予も与えられず、やけに焦りと熱を帯びた御子柴が胸元を押し返してくる。
    「すっすみません。怪我はありませんか? あっ御子柴くん、もう少しだけそこから動かないで下さいね。足元危険ですので、片付けるまで」
     慌てて離れ周囲を見渡すと、二回目の揺れで落ちた物が床に散らばっていた。
     先程自分にぶつかったと思われる時計は、ガラス面が割れて、蛍光灯の光が眩しく反射している。その中に、赤い点がいくつか見えた。
    「あーもーマジで最悪……、て……犬飼、お前頭……っ」
    「あ……私でしたか」
     腕を持ち上げ頭に触れると、ぬるりとした感触と、僅かな痺れが指に伝わる。
     それでも、自分よりも真っ青な御子柴の顔を見ると、怪我よりも怖い思いをさせてしまったことに申し訳ない気持ちで胸が痛んだ。
     そして、それ以上に、ほっとしてしまった。
     普段過激な煽り文句や態度を取っていても、本当の血や怪我をした人を前にすれば不安になる。そんな、年相応で健全な反応が、犬飼は嬉しいと思った。
    「……ふざけんなよ」
    「え、」
     ポケットからハンカチを取り出していると、青い顔のまま、怒りで唇を震わせている御子柴が手首を掴んできた。
    「み、御子柴くん、動かないで。ガラス踏んだら痛いですよ」
    「頭から血流してる奴に言われたくねぇんだよ! 何勝手に俺なんかを庇ってそんな……っくそ、迷惑、なんだよ……」
    「断りを入れられなくてごめんなさい、咄嗟で。でも、私は御子柴くんに怪我がなくて良かったので、選択を間違ったとは思いません」
    「……そうじゃ、なくて」
     御子柴の、いつもなら強気な目尻と瞳が、仔犬のように湿る。お互い言葉を迷っていると、後ろで扉が開く音がした。
    「ねーさっきの地震、びっくりしたよ。あれでこの辺り震度三なんだってさ。嘘でしょって感じ。この建物ほんとに大丈夫なの? こっちは何ともなか……あったみたいだねぇ」
    「……散らかってるな」
     甲斐田と土佐の介入により、御子柴がすぐに腕を離し視線を背ける。犬飼も首を二人の方へと回すと、怪我がないことを確認して安堵した。
    「二人とも無事だったんですね。良かったです。こっちを掃除したら行こうと思っていたんですが」
    「おい、犬飼、血が」
    「あ、これは、時計が落ちてきて。多分そんなに深くは切れていないので大丈夫ですよ、それより、床が危ないので御子柴くんと別室にいてもらえますか」
    「はぁー……何でこの状況でそうなるわけ。どー考えても犬飼の治療が先でしょ」
    「えっ、あっちょっと甲斐田くん⁉」
    「凌牙、チリトリと箒お願い」
    「ああ」
     近づいてきた甲斐田の細腕に持ち上げられ、反対側の椅子へと座らされる。土佐は隅から道具を持ってくると、奉仕活動で慣れた腕前で床を掃除し始めた。
    「……シバケンは。大丈夫なのか」
     一人、無口になっていた御子柴が、土佐の問いかけでハッと顔を上げる。
    「御子柴くん……」
    「ッ」
     こちらと目が合うと、見る見る間に顔を赤くした彼は、大きく舌打ちして立ち上がった。そのまま大股で扉の前まで進むと、苦々しく口の中で吐き捨てるように何事か呟く。
    「二度と俺を庇うな」
     聴き取れた言葉は、あまりに短く、冷たかった。扉が乱暴に閉められ、御子柴の姿がリビングから消える。
    「何あれ。まぁ、状況から大体は察してんだけど」
     救急箱を机に置いた甲斐田が溜め息混じりに首を振る。
    「きっと、私に抱きつかれたのが嫌だったんですね。子ども扱いされたと、彼のプライドを傷付けてしまったのかもしれません。それに、血を見て気持ち悪くなったのかも」
     俯いて指先を眺める。掴まれた手首がまだ僅かに赤い。御子柴の感触が残っている。
    「いや、違うんじゃない? 自分のせいで犬飼が怪我しちゃったから拗ねてんだよきっと。ま、それで逆ギレして介抱も出来ないんだから、シバケンてほんと、まだまだおこちゃまだよねぇ」
     甲斐田の言葉に目を丸めて顔を上げると、乾きかけていた傷口がチカリと疼いた。
    そこに消毒液を断りもなく溢され思わず小さく呻く。
    「あ、ごめん滲みた? 大丈夫、痛いのなんか一瞬だよ。すぐ好くしてあげる。それよりタオルでこの辺押さえてて、垂れてくるだろうから」
     腕を、傷の下くらいに案内され、言われるがまま押さえて待った。
    「私が怪我をしたのは御子柴くんのせいじゃないのに……」
     御子柴の青ざめた表情を思い出し、みぞおちの辺りが苦しくなる。不思議に思って首を傾げると、甲斐田に動かないでと元に戻された。
    「ま、今はほっときなよ。その方が、シバケンだって反省できるだろうし」
    「だな。成長してもらわねぇと」
     土佐も知った顔で頷きながら冷蔵庫を開け、一仕事を終えた褒美とばかりに缶ビールを二本取り出す。
    「土佐くん、片付けありがとうございます。甲斐田くんも、おかげで助かりました」
    「おう」
    「いーよ別に。なんだったら、その頭じゃ今日シャワーも大変でしょ? 夜も手伝ってあげよっか」
    「遠慮しておきます」
     甲斐田は土佐から受け取ったビールのタブに指を引っかけながら、「つれないの」と笑って出ていった。土佐もそれに続き、リビングには一人、犬飼だけが残された。
     数分前までのけたたましさはどこへいったのか、机の上に置かれた破片から、秒針を摘む。
     それを握りしめ、犬飼は静寂の中で目を閉じた。脈だけが、頭の傷に打ち返り鼓膜を揺らして身体を巡っていく。
     御子柴は、怒っていた。いや、あの瞳の色は、悲しんでいたのかもしれない。
     でもそれが何に対してなのか、やっぱり犬飼には分からなかった。
     けれど、きっと。また今日のようなことが起きたとしても、同じように彼を守ってしまうだろう。嫌がられても、嫌われても、それが自己満足であろうと。
     胸を、ガラスが掠ったみたいにちりりと痛む。
     その傷はいつからあったのか、考えても答えは見つからない。



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