推し変は突然に 暑いし、湿気やばいし、カゴは重いし、なんなの。「ゴロゴロしてる暇あるならちょっとおつかい行ってきて」なんて、暇じゃないのよこっちは。推しの動画見るので忙しいのに。こんな炎天下、年頃の娘を外にわざわざ出させるなんて、日焼けしたらどうしてくれちゃうわけ?ママみたいにシミだらけになっちゃうじゃん。家から徒歩十分のスーパーでトマト片手にぶつぶつ文句も出ちゃうほどに外はとにかく暑かった。
預かったお金で勝手にアイスでも買ってやろうと、冷凍食品のコーナーに着いたとき。小さい子どもを二人も抱っこしてる若いパパが目に入った。わぁ力持ち、イクメンってやつ?なんて軽い気持ちで見たら、とんでもなくイケメンのパパ。長髪を後ろで一つに結んでるだけなのに様になってるし、その青い瞳はカラコンですか?え、芸能人?そう思ってしまうほどスタイルも良ければ顔もいい。
暑さもカゴの重さも吹き飛ぶ、推しのことすら忘れてしまうほどのリアルイケメンを目の前に、ママに感謝まで言いそうになっちゃう私はチョロいのかも。
「パパ!アイス!アイス買って」
「んー、ママに聞いてからな」
「パパ、いっつもそればっかりー!」
「ばっかりー!」
右手に抱えられた園児くらいの男の子の真似をして、左手に抱かれてる女の子が一緒にキャッキャッと笑う。子ども達ふたりもお人形さんみたいに目がクリクリと大きくてとにかく可愛い。待って、遺伝子すごくない?と思わざるを得ないし、明らかにスーパーの中で異彩を放つその親子に他のお客さんの視線ももちろん集まりまくり。
優しい口調で話す控えめな声に耳も奪われ、こんな顔でこんな声で愛の言葉囁くのかと思うと腰が抜けちゃうやつじゃん?となぜかちょっとキレそう。
そして、もしかしなくてもママも絶対美人。こうなったらどうしてもママが見たい。顔面偏差値の高いファミリーを見てからじゃないと帰れまテン!!な気持ちでアイスを選ぶふりをしながら親子に近づく。
「あ!ママ!」
「ママ!」
子ども達が指差す方を見ると、あー、そう来たか……。油断してたわ、やられた。
「炭治郎」
「義勇さん」
まさかの可愛い系。子ども達の瞳の色が青と赤なのが納得いく。ママの落っこちて来そうなほど真ん丸の赤い瞳が、女の子には受け継がれてて。パパの涼し気な青い瞳が男の子には受け継がれてて。なんなのこの家族完璧じゃない?絵にしかならない。
「ママ、アイス買ってー」
「かってー」
「ひとつだけだぞ。まだお家にあるからな」
「炭治郎の好きなやつはあっちにあった」
ちゃっかり奥さんの好きなアイスチェックしてるとかさ、どれだけポイント高いのこのひと。
「義勇さんの好きなやつ、これですよね」
「うん」
「あ、みんなアイスは最後にな。溶けちゃうから」
「「はーい」」
完璧。はい完璧。
「今日のお夕飯は何がいいかなぁ」
「ハンバーグ!」
「はんばーぐ!」
「……ハンバーグ」
あ、そこはのっかるんだ?何それ可愛いな?
「ハンバーグかぁ~」
「おやさいも食べるからぁ」
「からぁ〜」
「うん」
「本当に?」
「「「うん」」」
「よし、じゃあミンチ探しに行こう」
「「やったー!」」
イケメンパパが、抱いていた二人をゆっくりとおろす。その手は流れるようにそのまま奥さんが持っている買い物カゴをするりと奪う。めっちゃスマート……。意識してない、素で行動してるやつ。これは旦那さんが奥さんにベタ惚れ案件間違いなしだわ。
すると、今度は奥さんがぴとりと寄り添い旦那さんのシャツの後ろの裾をキュッと掴んだ。へぇ、なるほど。どっちもどっちってやつですね。それを見下ろす旦那さんの満足気な瞳の奥の優しさは、さっき子どもたちに向けていたのとは全くの別物。愛しいが詰まった優しすぎる眼差し。
「目玉焼きのせてほしい」
「ふふっ、いいですよ」
「ムフフ」
「あ、子どもたちにはうずら卵の目玉焼きにしようかな」
そう言いながら精肉コーナーへと歩いて行く家族を見送って、スマホを取り出しママへ連絡をする。
「あ、ママ?今日ハンバーグ食べたいんだけど……」
電話を切って向かうのは、顔面偏差値高すぎファミリーの後。同じ食材をカゴへどんどん入れていく。今日のお夕飯は目玉焼きののったハンバーグ。アイスのことはすっかり忘れてウキウキでハンバーグの材料を買って帰る。
これからはママのおつかいも進んでしてみようかな、なんて考えながら真夏の太陽の下エコバッグを揺らしながら歩く帰り道。
あっさり推しが変わっちゃうのも、推しと同じメニューが夕飯に並ぶだけでテンションがめちゃくちゃあがっちゃうのも、やっぱり私ってチョロいのかな。