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    Hi-yo.

    左の膝丸と髭髭が好きな右の髭切書き✋

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    Hi-yo.

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    並行世界の終焉を見届け続ける兄弟の話です。元ネタはkさんからお借りしています!
    現在章は始~一まで更新中。

    ○膝髭。
    ○捏造設定てんこ盛り。
    ○少しずつ不穏になっていく系。救いは無い。
    ○作中に刀剣破壊を示唆する表現あり。

    完成次第pixivにUP予定です。

    【膝髭】Follow me.○始

     本丸の庭に美しい紅葉が溢れる頃。執務室の上座に座した審神者は淡々と、目前に座した男に特殊任務の内容を告げた。
     その男は上から下まで真黒な軍服風の洋装と、下は細袴を身にまとい、髪は涼やかな印象を与える薄緑色、目は蛇のように鋭い琥珀色で、己を膝丸と名乗る刀剣男士だ。
     彼はキリリ、と引き絞られた弓のように鋭利な視線を、半紙のような布に顔を隠した審神者へ向けている。当の審神者から緊張や恐怖といった何らかの感情は伺えない。
     審神者はただ淡々と、時の政府からの任務を男士に説明するのみである。

    “終息する分史の監視”

     言葉だけ、噂程度には膝丸の耳にも届いていた。そのような特殊任務が極少数の本丸に与えられるのだと。そして就任すれは一生、逃れることは出来ないのだと。
     審神者は噂通りの任務内容を躊躇なく説明している。やけに機械的な口調で話し続ける審神者は政府からの評判も高く、常に優秀な成績を収めていた。どんなに残酷な任務でも、与えられれば応えるに相応しい男士を赴かせるだけの人間───それがこの膝丸の主だった。
     刀が使い手を選ぶことは出来ないし、任務は大義の為に欠かせないものだ。“己は大役を任されたのだから誇りを持て”と、古い時代から刷り込まされた意識が膝丸に呼びかけていた。
     任務内容を一通り聞き終え、理解した彼は一言、「任された」と不敵に笑った。





     歴史には“正史”と“分史”がある。“正史”とは、時の政府が正しいとした歴史を指し、“分史”とは、時間そのものが持つ並行した可能性から派生した未来を指す。
     時の政府から一般的な本丸へ指示される任務の大体は、“正史改変の阻止”である。過去へ赴き、歴史修正主義者と戦い、彼等の目的を阻むことで“正史”は守られてきた。
     しかし、そうして幾つもの“正史”を守る裏で発生する問題がある。また、多くの審神者はそのことを知らされない。
     その問題とは、例え歴史改変を防いだとしても、僅かとはいえ──それが過去であれ──少しでも“正史”と異なる動きを見せた途端、“本来存在してはならない未来”───“分史”が発生してしまうことである。
     それがどんな危険を孕んでいるのか、ということだが、実の所、時の政府も未だ調査中なのだ。ただ、平行世界である“分史”が“正史”に干渉する可能性は零ではない。
     あらゆる可能性を知り、いざと言う時に対処出来るよう、時の政府は選ばれた少数の本丸にだけ、秘密裏に“終息する分史の監視”という特殊任務を与える。これは言葉通り、終わり行く平行世界の最後を見届ける、というものだ。
     “分史”で得た情報は政府だけが所持する。“分史”での出来事が人々や刀剣男士にとって必ずしも良いものとは限らない。一般人に余計な不安を与えない為にも、機密は守られなければならない。
     この俺が見聞きしたもの全て、審神者や、本丸の仲間や、本霊に伝わることはない。着任すれば本当に、この身が朽ちるまで解放されることはないのだろう。


    ○一

     膝丸が審神者から特殊任務を受理した翌日の昼のこと。細身のスーツに身を包んだ政府の高官とその付き人が、わざわざ本丸のゲート前まで迎えに来ていた。ある程度の身支度を既に済ませていた膝丸は、己の本体を腰に提げ、ゲート前へと向かった。
     広い和風平屋の玄関を抜けた先では、審神者と兄の髭切が話をしている。髭切は上下が揃いの白いジャージ、中には灰色のタートルネックを着用し、ふわりとした鳥の子色の髪、膝丸と同じ意志の強さを感じさせる琥珀色の目が特徴的な男士である。
     髭切と膝丸の兄弟はとても仲が良く、それは膝丸が周りに吹聴して回る程だ。
     ───外は秋風が吹いて肌寒いだろうに、このような所で何を立ち話しているのだろうか。
     膝丸は不思議に思いながら兄に声を掛けた。気付いた髭切は「やぁ、弟」とそれまでの無表情が嘘のように、パッと嬉しそうな笑顔で弟に笑いかける。
    「俺は膝丸だぞ兄者。もしや、兄者も任務に参加するのか?」
    「いやいや。僕はお見送りだよ」
     髭切は通常とは異なる任務に向かう弟を心配したようだった。「お前なら大丈夫だろうけど、もし何かあればすぐに知らせるんだよ」と膝丸の両手を取って穏やかな声のまま、言い聞かせるように強く言った。
     そんな兄の姿を好ましく思い、喜ぶ己を胸に留めて膝丸は「兄者……心遣いは嬉しいが、俺は子供ではないのだぞ?」とおどけて見せる。
    「うんうん、ちゃんとわかってるよ」
    「本当か?」
    「本当。それでも兄は心配したいんだよ」
     髭切はふわふわした笑みを浮かべ、膝丸のサラサラの頭をよしよしと撫でた。弟が「子供ではない」と言った矢先にこれである。
     満更でもない本心を隠して膝丸は短く別れを告げた。あまり客人を待たせるのは良くないと判断したのだろう。彼はそのまま振り返ることなく政府の使者と共にゲートを潜る。
     彼等の姿が見えなくなり、本丸はゆっくりと日常通りに動き出した。弟を見送った兄もまたゲートに背を向け、出陣の準備に取り掛かるのであった。

     膝丸がゲートを抜けた先にはシンプルな白い空間が広がっていた。遠目に見える凹凸が、建物の形を成している。
     同行していたはずの政府の高官と付き人の姿は既になく、代わりに膝丸にとって馴染みのある刃物が、空間内にポツリと置かれた白い横長のベンチに腰掛け、優雅に彼を待っていた。
    「兄者……か?」
    「おや、弟だ」
     膝丸は今し方別れたばかりの兄のことを頭に浮かべたが、目前の刃物は彼と異なる霊力を纏っている。その髭切は、真白な洋風の軍服姿に、左腕を白い篭手で覆っていた。パッと見れば膝丸と色違いの、よく似た装いであるそれは所謂、特三と呼ばれる高練度の髭切の衣装だ。
     膝丸の兄は現在、膝丸と共に特二の衣装に衣替えしたばかりである。───つまり、彼はこの膝丸の兄ではない。
     全くの初対面の相手に膝丸は丁寧に頭を下げ、髭切に習ってベンチに腰掛けると、二振は手短に自己紹介を済ませる。
     膝丸としては別個体とはいえ、兄である髭切と親睦を深めたくて仕方がないのだが、今は任務中であるということが頭に引っ掛かっているのだろう。髭切も、そんな弟の内心を読み特に気に留めず、掌サイズの端末──連絡を取り合ったり、資料を空中に開示することができる電子機器のこと──をスラックスのポケットから取り出し、任務の内容を説明し始めた。
    「早速だけど、僕等は今から二五××年の日本に行くよ。その世界では歴史修正主義者はもういないんだけど、AIっていうロボットが政(まつりごと)をしていて、人間は彼等の支配下にあるんだって」
    「えーあい……人工知能のことか。到底信じられない話だな」
     髭切は「驚きだよねぇ」と言っておきながら大して驚いた様子もないが、膝丸にとっては一大事である。己や兄を振るう人間が自我のない───いわば、人間の暮らしを助ける為の道具に支配されているなど、悪夢以外の何物でもないのだ。
    「まぁ、そんな世界なんだけど、ロボット君が世界中に落とした大型ミサイルが原因で、世界が滅んでしまうらしいんだ。僕等はそれを見届けるだけ。簡単だろう?―――それにしても、君は歴史修正主義者が絶えるのに驚かないんだね」
     髭切は、説明は終えた、とばかりに端末の電源を落とし、スラックスのポケットに仕舞った。薄い長方形のそれは、ポケットの口から僅かに頭を覗かせていて、膝丸に“戦闘中は邪魔になりそうだ”という印象を与える。彼は端末をちらりと一瞥しただけで、すぐさま疑問に答えるべく髭切へ視線を戻した。
    「当然だろう。…と言いたいが、正直そちらの結果にも驚いている。だが分史で絶えたことがあるならば、いつかは正史でも実現可能なのだろう。我等の勝利がより確かなものであるとわかったのだ。寧ろ喜ばしく思う」
     さも当然であるかのように膝丸ははっきりと告げた。髭切は目を細めて「流石は僕の弟だね」と自慢げに膝丸の頭を撫でる。“同じ髭切のはずなのに”と膝丸は思うのだが、何故だか己の兄に褒められた時よりも気恥ずかしく感じて、思わず俯きかけた。
     しかしそんな膝丸に構わず、「さて、そろそろ行こうか」と髭切はベンチから立ち上がって歩き出してしまった。膝丸も慌てて彼を追いかけ、右隣に並ぶ。
     白い空間は何処までも続いているようで、そう遠くない所に目的のゲートがある。そこへ向かいながら髭切は、「そうそう、これも渡しておくよ。これからよろしくね」と弟ににっこり微笑んだ。これ、といって渡されたのは髭切が持っている物と同じ、携帯端末である。
    「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
     それを上着の内ポケットにしまいながら、二振はゲートを潜った。
     検問の役割を果たすゲートをいくつか潜り、二振は街の外れに降り立った。木々は遠くにあって見晴らしが良く、地面は一面が柔らかな人工芝で覆われ、野原に暖かなそよ風が吹いている。季節は春のようだ。
     二振がいる場所から数メートル先の、身の丈程ある進入禁止の柵の向こうは急勾配な下り坂になっており、その下に人々の街がある。
     二振は柵に身を寄せ、街を見下ろした。背の高い建物の間を、黒いアスファルトの線が囲碁の目のように引かれ、多くの車や人間が行き交い賑わっている。とても機械の支配下にあるようには見えなかった。
    「随分と平和なのだな」
    「ふふ、人間対ロボットの映画みたいなのを想像してたかい?」
     思わず零れた膝丸の言葉に、髭切はおかしそうにコロコロと笑った。そして「そういう世界もあるよ。ここは綺麗だよね」と目を細め、スッと手袋に覆われた黒い指で街の一点を差し、「でもね」と続ける。
    「ちゃんと監視の目がある」
     膝丸は髭切の指の先を注目した。そこには巨大な黒水晶の形をした監視カメラと、スピーカーが一緒に取り付けられた電柱があり、それが街の至る所に立っている。
    「観測通りだね。うん、目的地はここで間違いないみたいだ」
    「別の場所に飛ばされることもあるのか?」
    「滅多にないことだけど、過去に飛ぶよりも座標だとかがズレやすいらしくて。一応確認もしなきゃいけないんだよねぇ」
     至極面倒そうに話す髭切の様子に、膝丸は苦笑した。のんびりした兄といるとどうにも気が緩んでしまうようで、しっかりしなければ、と彼は気を引き締める。しかし髭切は相変わらず呑気な声で「ああそういえば」と思い出したように膝丸に向き直った。
    「説明し忘れていたけど、任務は基本的にふたり一組で行うんだ。どちらか一方が動けなくなっても、もう一方が補助できるように、っていう政府なりの配慮だね」
    「……兄者、先程から思っていたが、そういう説明はここに来る前に話しておくことじゃないのか?」
    「今話したからいいじゃない」
     着いて早々修羅場だったらどうするんだ、だとか、あまりにも任務への姿勢が緩いのではないのか、だとか、膝丸はそれ等の言葉をぐっと飲み込み、「他にも伝え忘れていることはないか?」と髭切をじっとり見る。彼はどこ吹く風で「勿論あるけど、追追ね。危ないことは無いから大丈夫さ」と笑った。
     こんな調子でも達成できる任務なのか、と膝丸は内心ガックリと肩を落とす。真面目な性分である己より、細かいことを気にしない兄や鶯丸の方がよっぽど向いているんじゃないか、と先行きが怪しくなるばかりだ。
    「さて、話はこのくらいにして街に降りようか」
     髭切は両手を打ち合わせてそう言った。声の調子から、何やら楽しそうな雰囲気が見え隠れしている。
    「現地の人に見つかったら拙いんじゃないか?」
    「ああ、それは気にしなくて大丈夫。僕等には、現地の人間が違和感を抱きにくくする幻術が掛かってるし、政府はその世界についての記録が欲しいから、出来るだけ情報を集めた方がいいんだよねぇ。今回は君の予行練習も兼ねてるから、実際に回ってみたいんだよ」
    「成程……心遣い感謝する」
    「いやいや、これも任務だからね」
     先程の言葉通り、髭切は行動しながら説明していくスタイルのようだ。膝丸は黙って彼に合わせることにした。
     そうこうしている間にも、髭切は慣れた手つきでフェンスに掛かっていた厳重なロックを外していく。
    「開いたよ。行こうか」
    「敵に悟られたりしないのか?」
    「大丈夫。ジャミングとかいうのでね、狐くん達が支援してくれてるんだよ。この先の検問もこの札があればくぐれるんだ」
     この札、と言って髭切が取り出したのは、掌に収まる程の長方形の薄いカードだ。厚さは一ミリも無い。膝丸はそれを訝しそうに見ている。“これで本当に検問を抜けられるのか?”というのが本心だろう。
    「むむ、信じられないかい?」
    「初めて見るものだから、戸惑いはする。しかし、こんなもの、いつ用意したのだ?」
    「さっきだよ。こうやって、ね?」
     髭切は任務説明時にも使用した電子端末を取り出した。膝丸にも見えるように水平に持って構えると、端末から数センチ先の空中でカードがじわじわと生成されていく。
     「はい。君の分」と髭切から出来上がったばかりのカードを手渡されて我に返ったのか、呆気に取られていた膝丸は「便利、だな……?」と眉をひそめた。
    「いやぁ、驚いちゃうよねぇ。こんな薄っぺらから、こんなものが出来てしまうんだもんねぇ」
    「わ、笑わないでくれ……このようなこと、本丸でも見たことがないのだ」
    「うんうん。君の気持ちはよく分かるよ。未来では何でも出来ちゃうんだねぇ」
     髭切はしみじみと膝丸に応えながら、「この端末はとても貴重なものだから、僕みたいに切ったらいけないよ」と注意を付け加えた。
     この髭切は真面目な膝丸の兄よりもそそっかしいところがあるようだ。同じ髭切でもこうも違うものなのだな、と膝丸は学びを得たような気になる。少しずつ相棒のことが知れて浮足立っているのかもしれない。
     前途多難な予感がしながらも、膝丸は髭切に従い二振で街へ降りる。生成されたばかりのカードは不具合を起こすこと無く正常に働き、彼等が検問で弾かれることは無かった。怪しまれるかと思われた二振だが、検問員も街の通行人も、誰も気に止めなかった。幻術が掛けられているというのは本当のようだ。
     世界が閉じるまでの数時間、出来うる限りの情報収集が目先の任務となる。膝丸の隣で鼻歌を歌いながら歩く髭切は、弟と手を繋ぎながらショッピングモールで買い物を始めた。店の先々で服やら小物やらを手に取り、使用方法を聞いたり値段を聞いたり、ぶらりぶらりとマイペースに街を廻る。
     膝丸はこれも任務の一つだと頭ではわかっていても、髭切の雰囲気があまりにも自然で、ただの買い物としか思えなかった。己が何に付き合わされているのか疑問の色が濃くなってきた頃、髭切が街の中央に建つ展望台を指差した。
    「弟、次はあそこに行こう」
    「膝丸だ。情報収集が先なんじゃないのか?」
    「これも立派な情報収集だよ」
    「しかし、まだ全ての箇所を回れたわけでは───」
    「大丈夫。情勢だとか、粗方の事情が観測通りだってわかったからね。証拠品もあるし、マッピングもできてる。大体の任務は達成したも同然だよ。後は、この世界の終末を見届けるだけだ」
     なんと言うことは無い、というように髭切は言った。この短時間で任務を達成させられるのは、実の所、彼等以外にも観測を担当する男士が──本当に極少数なのだが──存在するからである。二振が到着する前に何組もの男士が入れ代わり世界を観測し、膨大なデータを政府へ提出しているというのだ。
     ───高い観測技術といい、未来への遡行技術といい、これだけの道具と知識があるならば、態々刀剣が出向く必要など無いのではないか?
    「残念だけど、この端末や観測機は扱えるひとが居ないと動かない。君も知ってるように、人間は時間圧に耐えられないから、僕等以外、直接の観測は出来ないんだよねぇ」
     訝しむ膝丸の思考を読んだように髭切は答える。繋いだままの手を引いて先へ進もうと促し、それきり話を打ち切った。
     前方に聳える展望台は雲に着きそうな程に高かったが、高速エレベーターで一分も掛からない内に最上階まで上がる。最上階は先端部分がドーナツ状になっていて、横一面を丸いガラスが覆っている。言わずもがなとても見晴らしが良く、街を一望出来る。隣の髭切が「やっと着いたね」とはしゃいだ声で言う傍ら、膝丸は遥か遠くに見える地面を覗き込んでしまい、血の気が引いていた。
    「弟、こっちにおいで」
    「兄者?」
    「観測通りなら、そろそろ見えるはずだよ」
     「ほら、」と髭切が指さした方向は青空だった。いや、正確には淡い春の青を割くように上へ上へと伸びていく幾筋もの白線がある。白線の先端はピカピカと明滅を繰り返し、やがて、明滅する物体は急な放物線を描いて、地上へ真っ直ぐに落ちて行く。
    「次に会えるのはいつかなぁ」
     のんびりした髭切の言葉に膝丸が返事をする間もなく、二振は閃光に包まれ───目を開いた瞬間、膝丸は己の本丸へ戻されていた。
     膝丸は酷く混乱した。何故なら先程まで彼は本丸とは全く別の場所にいて、隣にはのんびりとした髭切がいたはずだからである。
     まず膝丸は周囲を見渡した。景趣は紅葉が美しい秋だ。どこの本丸なのか把握するべく玄関先まで行くと、見慣れた木製の表札が取り付けられているのが目に入る。表札には本丸の番号と審神者名が書かれている。紛れもない、膝丸の本丸だ。
     ───突然の帰還など、バグ以外の何物でもない!
     そう判断した膝丸は、髭切から支給された携帯端末を取り出した。広い画面の中央をタップし急いで髭切に連絡を取ろうとして、画面内に髭マークのアイコンが現れる。それはまるで“ここをタップしろ”と言わんばかりにチカチカと発光しだした。
     怪訝に思いながら、恐る恐るアイコンをタップすると、画面は黒一色へ変化し──しかしそれは一瞬のことで──すぐに髭切の顔がアップで表示された。
    「やぁ、弟。さっきぶりだねぇ」
    「兄者⁉」
    「ふふ。突然の帰還でビックリしたよね。いつもの事過ぎて、つい忘れていたよ」
     画面の向こうで先程まで共に居た髭切が手を振っている。彼は膝丸と違い、政府内の白い部屋に飛ばされたようだ。それを事も無げに“いつものこと”と言うのが引っ掛かるが、髭切に変わった様子はない。きっと端末で帰還先を設定できるのだろう、と膝丸はひとまず己を落ち着かせる。
    「全く、肝が冷えたぞ。本当に貴方と言うひとは……」
    「あはは。ごめんごめん。でも、今日で大体どんなことをすればいいのかわかっただろう?」
    「ああ、そうだな……」
    「君が優秀で助かったよ。明日も朝から任務だからよろしくね。今日のロビーで待ってるから」
    「ああ。承知した」
     膝丸の返事を皮切りに端末はプツリと沈黙し、画面のアイコンも消えた。あっけない別れに寂しさを覚えるが、また明日も会えるのだと思えば、不思議と気力が湧いた。
    「とにかく、バグでなくてよかった……」
     膝丸は己を落ち着かせる為に深く深呼吸をする。時刻は昼過ぎ、もうすぐ出陣した兄が帰って来る頃だろう。
    ハッとして、急いで迎えの支度に取り掛かった。
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