【カドモリ】人魚の歌は求愛 人魚は歌う。人間の耳には歌ではなく鳴き声や弦楽器の音色にも聞こえるが、古くは船乗りを魅了し攫ったという逸話もあるほどそれは美しいとされる。
「そういえば、お前は歌わないんだな」
「必要がないからネ」
職人の手で丹念に縫われたドレス生地のような尾鰭をひらひらさせながら、カドックの部屋で暮らす人魚は肩をすくめた。部屋の三分の一を占める特大水槽の中でくるりと身を返せば貝細工かと見紛う青い鱗が蛍光灯に反射し不思議な光を放つ。
ジェームズと名前を付けられた男性型の人魚は水槽から半身を出してカドックを見つめた。水槽はカドックの身長と同程度の高さなのでちょうど目が合う。
彼はしばらく何事か考えてからふふん、と胸をそらした。
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