うさぎになったら 魔術師として生きていれば呪いの一つや二つ受けることだってある。こうやって毎日のようにエネミーと戦闘するような暮らしをしていれば尚更だ。
一般的な呪いについてはカルデア礼装や自身の装備で軽減することもできるが、さまざまな時代や地域を渡り歩けば未知の呪いに遭遇することもある。それは重々承知していた、つもりだ。
──でも……だからって、こんな呪いアリか!?
姿見に両手を突いて凝視する。何度も目を擦るがそれは現実逃避にしかならないのは分かっている。だが受け入れ難い。
頭の上には髪と同じ色の白くてふさふさした長い耳。ご丁寧に礼装のピアスもきちんと付いたままなので間違いなく僕の耳なのだと主張していた。
「兎耳……いや、尻尾も……?!」
尻の辺りに違和感があり、触れば何かが指先に触れた。丸くて毛の生えた尻尾の感覚だ。
心地良い朝の目覚めなんて吹き飛んで、昨日の行動を必死で思い返す。レイシフトで中世ヨーロッパへ行ったが、流石に呪いを受ければ自覚する。つまりこれは帰還後の睡眠中──もっと言えばカルデアの内部犯行ではないかと予想ができる。
神代から並行世界の宇宙産まで、こんな芸当ができそうなサーヴァントなんて掃いて捨てるほどいる。ダ・ヴィンチや立香を頼って犯人を探すしかないだろう。
大きく深呼吸して目を閉じる。その間にも長い道はぴくぴくと無意識に動いて周囲の音を拾っていた。
かつ、かつ、と聞き覚えのある足音が部屋の方へ近づいて来る。この状態で船の中を出歩きたくなかったので、向こうから来てくれるのであれば僥倖だ。
「カドック! 大丈夫?」
「うるさい。大声で話すな耳にクる」
「ごめん……」
普段より聴覚も嗅覚も鋭敏になっている。入ってきた立香は素直に声を落としてそっとドアを閉めた。
「やっぱり兎になっちゃってたか……」
「何か分かってるのか?」
「昨日の晩、ラパンシチュー食べたでしょ? それ」
「はあ?」
立香曰く、先日倒した超巨大兎のエネミーを肉にしたはいいが呪詛抜きが半端になっていたらしい。本来ならそのエネミーの肉を口にすれば身も心も兎になってしまうという恐ろしい代物だったが、半端に解呪された結果兎の耳と尻尾、そして一部の習性だけが反映されてしまったのだという。
昨晩食べたラパンのシチューを思い返す。しっとりと甘くて癖のない割に独特の味わいを持つ肉は一緒に煮込まれた野菜と相性抜群で、ラパンなんて焚き火で焼いた物しか食べたことのない僕は感動して珍しくお代わりまでしてしまって──
そういえば立香は「兎より牛かな」と赤身ステーキを食べていたっけか。僕もそっちにしておけば良かった。
「皆も僕と同じ状況なのか?」
「うん。キャスター達が手分けして解呪してくれてるけど……カドックの様子ならちょっと後回しかな」
食べた量や本人の対魔力によって様々な症状が出ているようで、全身兎になった者だとか自分を兎だと思い込んで跳ね回る者だとか、兎耳の生えた獅子頭だとか……それらに比べたら僕はマシな方だということだ。当然のトリアージだろう。
「なら仕方ないな。このまま部屋で待たせてもらうよ」
「ああ、うん。その方がいいかも」
対獣魔術の遣い手である故に、主要な獣の習性は頭に入っていた。兎──森の中では最も戦闘能力の低い動物の一つだ。周囲の物音や匂いに敏感なのは補食者から逃れる為。現在の僕は普段に増して最弱。安全な穴蔵から極力出ない方がいい。
勘違いされやすいが戦闘能力が低いからといって最弱というわけではない。野生の世界では繁栄する種こそが強いとも言える。多産多死。それが兎の生存戦略であり、多く喰われても残りが繁殖してしまえばいいのだ。個体数という意味では兎は大概の肉食獣を上回る。そういう意味では強いかもしれない。
──ダメだ。無駄なことを考えている。
立香はまだその場に立ったままチラチラとカドックを見ている。まだ何か用があるのかと首を傾げた。
「兎は万年発情期っていうよね。大丈夫?」
「僕以外には言うなよソレ。セクハラだぞ」
睨みつけれは「ごめんなさい!」と謝って部屋からさっと逃げた。まったく。いくら恋人とはいえ言って良いことと悪い事がある。
僕なんかならどうでもいいが、もし人理漂白解消後に恋人ができても同じ調子であればあっという間に振られるだろう。長いこと森暮らしで人間のコミュニケーションに疎い自分ですら容易に想像できた。
ずき、と胸の内が痛んだのは見ないふりをする。なのにこの正直な耳はへたりと垂れて持ち主の心境をこの上なく分かりやすく伝えていた。
「立香は……いつか日本に帰るんだから。当たり前だろ」
魔術師と一般人の生き方は本来交わるものではない。今こうして恋人になったのだって一瞬の慰めか気の迷いでしかないのだから。鏡の中で垂れる耳に言い聞かせるように呟いたが耳はそのままなので、僕は諦めて再びベッドに潜り込んだ。
「カドック? 飯食える?」
それから何時間経っただろう。ノックと共に入ってきた立香は野菜サラダを携えていた。どうやら兎化で肉や味の濃い物を受け付けなくなったサーヴァントも多いらしい。乾草を噛む程重症ではなかったからこれくらいでちょうどいい。
「いつもよりサラダが美味い気がする……」
「呪いのせいだろうけど、しっかり食べれるなら良かった」
あっという間に空になったボウルを見て立香は安心したようだった。その横顔は少し疲れている。多分暴れる奴らを押さえつけるのを手伝ったりとかしていたのだろう。
「水……あれ? 兎って水飲まないんだっけ?」
「それは迷信だ。水分を摂らないとどんな動物も死ぬ」
「ですよねー」
立香が持ってきたボトルからごくごくと水を飲み干してサイドボードに置いた。
「ちなみに寂しいと死んじゃうって奴も……」
「当然、迷信だ」
キャスター陣の魔力にも上限があるので今日の治療はこれで終い。また明日から仕切り直しということだ。僕の所まで治療が回って来るのはいつになる事やら。
運動後で暑いのか、立香は戦闘服の上着を軽く開けて身体の熱を逃している。やめて欲しい。いつもより過敏な鼻はその匂いをしっかり感じ取って──欲しくなってしまう。
「兎は発情期がどうとか言ってたよな」
「ご、ごめんって」
顔を覗き込めば慌てて頭を下げてくる。最初からコイツにはそんな意図、無かったようだ。自分ばかり振り回されているようで癪に触る。
「……分かってるなら相手しろよ」
「ふぇ?」
油断しきった男の身体をベッドへ転がす。兎だってこの程度のことは出来るのだ。
ベッドの上で阿呆面を晒す男の衣服を乱す。ちゅう、と首筋にキスマークを付けて自ら服を脱いだ。
「え、あ、慣らしたりとか、……」
「もうシた」
「そうですか……!」
発情期の影響だろう。今日部屋に篭っていた間、立香に抱かれることしか考えていられなかった。唇に軽いキスを繰り返していると、立香も観念したのか手を伸ばしてくる。さわ、と髪を撫でられる。自分の髪の毛質まで兎のようになってしまっていたのを今更自覚した。まさにラビットファーだ。
長い耳にもついでに触れられる。敏感な場所を優しく撫でられるとぞわぞわした快楽が背筋を走った。
「んっ……」
「ここ撫でられるの好き?」
「あ、なん、いつもより……」
立香の温かい手が心地よくて、とろんと顔が情けなく蕩けてしまう。ついに自ら頭を擦り寄せてもっとして欲しいとねだった。
「可愛い」
「う、るさい……」
「ほら、でも今は兎だから」
可愛くても良いのだと唆されて僕はその口車に乗ってしまった。
フォウで慣れているせいか、この男、小動物を撫でるのが上手すぎる。体温だとか指先の動きだとか全てが最適化されているせいだと頭で理解しているものの、身体はついてこれずにくったりと立香に身を任せてなすがままにされていた。
襲いくる睡魔に抵抗しようとしても、一秒ごとに意識が押し流されそうになる。このまま眠ってしまえばどれほど──
「気持ち良いね、カドック」
「んぁ……」
「可愛いなぁ……ずっとこうしてたい」
ずっと、と立香が何気なく溢した一言でようやく正気に返る。僕たちに「ずっと」はないのだから。
これまでの醜態を振り切るかのように身体を起こした。ゴムを着けるのも慣れた物だ。気合いを入れるために相手を睨む。撫で足りないとばかりに不満そうな立香を見下ろした。
「お前も喰ってみたいだろ、兎」
「っこの状況、オレの方が喰われているのでは?」
「細かいことは気にするな」
あえて与太話をしながらもゆっくりと腰を落とし、男の太い雄を自ら挿入した。
「あっ、ふぅ…! は、っ…ぁ…」
自分で慣らしていたとしても苦労する程の太いものを深呼吸をして締め付けたり緩めたりして馴染ませていく。この瞬間が一番辛いかもしれない。いつもなら全身で抱きしめられ宥められながらすることだから、今日は立香との距離が離れていて少し寂しい。
しかし弱音なんて吐きたくなくてあえて立香を挑発した。
「ハッ、どうだ、兎に喰われる気分は」
ずっと一緒に居られないのだから、その分お互いの身体に記憶も快楽も傷も刻みつけて、せめてコイツが数年に一度くらい思い返す傷になってしまいたい。
そう、コイツは今後の人生で兎を見るたびにこの僕の事を思い出してしまえばいいんだ。
ゆっくりと上下前後に刺激を与えるように動く。立香が一番気持ちのいいやり方は今の所僕だけが知っている。
「ふぅ、ぁ……はっ…んっ、」
「ぅ、ぁ…かど、く……」
じんじんと、腹の中が悦楽で満ちていく。少しずつ慣れていき、腰の動きを早めていくとこちらの体温も上がっていく。もう何度も貫かれ、立香専用に躾けられた穴は柔らかく雄の精を絞りにかかる。
ようやく主導権を得られたと油断したのも束の間、腰──というか尻尾を軽く撫でられた。
「ひぁっ! こら、そこ、触るなぁっ……!」
敏感な場所を撫でられ、ついでに背筋まで指で撫で上げられる。腰が抜けて更に奥まで押し込まれた形になり、びくびくと震えることしかできない。
弱い所も敏感な所も全て虐められて、きゅうきゅうと雄を締め付けて快楽に耐えていたところで、軽々と腰を持ち上げられる。無力な兎はなされるがままだ。
「ほら、がんばれがんばれ」
「ひぅ、………っ、やっ」
こちらが上下に動くのをサポートするような軽い動作だったがそこには隠し切れない嗜虐心のような物があった。
「兎みたいにぴょんぴょん跳ねてて可愛いよ」
被食の恍惚に酔い痴れながら兎耳が揺れる。
上半身を起こした立香は大きく口を開けて──ぱくりと肩口に歯を立てた。
「ッ────!!」
それは歯形すらつかないくらい軽い噛み方だったが、まるで捕食されたように頭の中が真っ白になる。ぱちぱちと視界が弾け、立香の腕の中で悶えて声なき断末魔をあげた。
「ああ、イっちゃったんだ」
密やかに笑う男を涙目で睨むが容赦無く揺さぶられて、結局は背中に爪を立てるだけで精一杯。このまま本当にぺろりと食べられてしまえばいつか来る離別の瞬間も消えてなくなってしまうのに。
そんな役体もない妄想も、意識と一緒に薄れていった。
どれくらい眠っていただろう。ごそごそ隣から這い出ようとするような動きを察知してはたと目を開ける。そっとベッドから出て行こうとする男の背中に掠れた声をかけた。
「……兎は寂しいと死ぬんだぞ」
立香は何か言いたげに口を開閉したがそのまま微笑んで、中途半端な兎を抱きしめてまた頭を撫で始めた。