カウンター・マリッジ・パニック 重厚で豪華な造りの屋敷の門が開く。古めかしいが質の良い青色のドレスに身を包んだ少女は迎えに来た馬車を無感情に見上げていた。
「……こちらへどうぞ」
その姿を認めた御者は微かに息を呑んだ。真っ白な肌に肩までかかる柔らかなプラチナブロンド。長いまつ毛まで新雪のように白く、その中で大きなオニキスの瞳は物怖じもせず凪いだ感情を湛えていた。例え三昔前に流行した型のドレスを纏っていようとも彼女の美しさの前では些事である。「はい」と小さく呟いて馬車に乗り込む。その子の父母らしき見送りもなく、数人の使用人が少し離れた所からそれを見ていた。見送りというよりは逃げ出さないかどうかの監視なのだろうと、御者は理解する。
「はぁ……」
少女がしっかりと馬車の中に乗り込んだことを確認した後、自分も御者台に乗り込み、誰にも見えないように小さく溜息を吐く。それにはあの女の子への同情が多分に含まれていた。
今日十五歳になる彼女は嫁ぐ。家の借金の引き換えのような形で、三十も歳の離れた男の元へ。
一刻ほど馬車は走り、とある屋敷の前についた。そこはこの子が嫁ぐ男の数多い別宅の一つだ。
彼女の夫になるのはジェームズ・モリアーティ伯爵。公爵家である彼女にとっては遠縁の分家の男ということになるが、彼女の家が没落した今その実質的な地位は逆転している。
車止めに馬車を停めれば数人の従者が待ち構えていた。御者の仕事はここまでだ。馬を宥めながらちらりと青いドレスの背中を見やる。雇い主としてのモリアーティ伯爵は悪い男ではない。金払いも良ければ態度も紳士的。それがあんな若い女性を金で買うような真似をする男だとは知らなかった、と馬にだけ聞こえるようひとりごちた。
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ただの別宅だとは聞いていたが、その辺の貴族の本宅にも引けを取らない作りをしている。伏せ目がちながらも少女は素早く視線を動かして出来る限りの情報を得ようとする。調度品から壁紙ひとつに至るまで品良くまとまった屋敷だった。
「ドレスをお着替えください」
最低限の礼儀を纏った従者の言葉に頷く。今の実家にあった中で一番まともなドレスを選んだつもりだが、世間一般からすれば公爵家の娘の装いではないだろうという自覚はあった。
伯爵家からの借金にまみれた公爵家はついに首が回らなくなり、「自分の子を嫁がせるから債権を放棄してくれ」と交渉を持ちかけるほどに落ちぶれた。そんな状況ではドレスの新調すらできなかった。
公爵家と婚姻関係を結べば伯爵家の事業で有利に働く。モリアーティ伯爵はそれで手を打ち、契約通り公爵家の子をこうして嫁がせて晴れて公爵家の借金は帳消しとなったのだった。
「モリアーティ伯爵に嫁いでくれ」と父に言われた時はこういう形で売られることになるとはと面食らったがーーいや、呆れたいうべきか。
「着替えは不要だよ」
上階から男の声が響く。階段の踊り場で待ち構えていたらしい紳士が分厚い絨毯を踏んで数段降りてくる。
「私も軽装だから気にすることはない。疲れているだろう。こちらへおいで。お茶でも飲んで少し休むといい」
四十代半ばの男だった。初めて会うが彼がモリアーティ伯爵なのだろう。少女は少々目を見張る。想像していたよりも若々しいし見目も良い。
「かしこまりました」
モリアーティ伯爵の指示に慇懃に頷いた従者に従い、階段を登る。待っていた男は紳士然とした態度でそれを出迎えた。シャツ、ベスト、スラックスという軽装ではあるが、その全てが洗練されている。婚姻歴がない四十代の貴族など良い男であるはずがないとはなから思い込んでいたが、彼ならば多少婚期を逃したとしても恋人に困ることもあるまい。
いくら事業のためとはいえ十五の娘を娶ろうとする時点で碌な人間でないことは確定しているが。
「ようこそ、ジェイミー。本来ならば私が迎えに行くべきだったのだが、すまなかったね。急用が入ってしまって」
男の執務室らしき部屋に通される。伯爵という地位ながら貴族の中でも上位に入る財を築いた男には並外れた商才があった。いくつも会社を経営して、貴族のくせにいつも忙しく働いている、と父は蔑んだように語っていた。
社交界やパーティにかまけて家で持っていた事業を潰した挙句子供を売るような羽目になるよりはよほど良いのでは、と感じたのは秘密だ。
身体ごと沈み込むようなソファに腰を下ろし、従者が完璧に淹れた紅茶を飲みつつ上質な茶菓子を摘む。緊張しているであろう少女を慮ってか、近頃読んだ本や近頃流行の歌劇の話を振ってくるのに、言葉少なげに応えた。
「少し席を外していてくれ」
従者は恭しく下がった。よく訓練された使用人だ。
少し話をして屋敷の中を見ただけだが、おそらくあのまま実家で暮らしているよりはよほど良い暮らしができるだろう。これほど歳の離れた婚姻は珍しいが前例がないほどではない。彼本人も変な男ではなさそうだから公平に見て悪くない条件だーー本当に自分が女の子ならば。
「さて、もういいかな」
首を傾げれば白い絹糸のような髪が揺れた。
今まで張り付かせていた憂いの混ざる無表情を捨て去り、ゆっくりと口角を上げる。
「もう、とは?」
突然不敵な笑みを浮かべた少女に少々面食らった様子のモリアーティ伯爵をまっすぐ見つめる。おもむろにドレスの胸元リボンを解く。ぐい、と布地を引けば小さな胸ではなくただの詰め物が顔を出すのでそれも引き剥がした。
目を見開いた彼の顔を眺めながら、リボンと詰め物を乱雑にその辺に放って笑う。
「騙していて悪かったけど、僕ってば男なんだよね。家の方針で成人するまで女の子として育てられてきたけれど、それも今日までだ」
驚きからか彼は何も言わない。上品に揃えていた脚を組んで種明かしをする。ジェイミーと呼ばれていた少女の本当の名前はジェームズ。ジェームズ・モリアーティ。何の因果か目の前に座る男と同じ名前の、れっきとした少年だった。
「驚いた?」
公爵家当主からの条件は「自分の子を嫁がせるから債権を放棄してくれ」である。それが娘であるとは一言も言っていなかった。
そんな詭弁はジェームズが今詳らかにしなくとも、すぐに露呈する。出るところに出れば債権の放棄も無効になるだろう。しかし。
「ふふ、騙されて男を摑まされたなんて、公表したら貴方も笑い者だ」
ほぼ商人のようなものではあるが、この男も見栄にまみれた社交界の一員である。多少の金銭と引き換えに醜聞を提供するメリットなどない。
「いくらお金持ちでも、貴方みたいなオジサンの所にこんな可愛い女の子が嫁ぐわけないでしょ」
挑発するために立ち上がり、男に指を刺す。
ジェームズも、こんな姑息な手段を使う上に金もない公爵家になど戻るつもりもない。かといって同情を誘って伯爵家に置いてもらうのも願い下げだ。
こんな狭苦しい貴族社会にも、遅れた国にも辟易している。離縁のどさくさに紛れて外国にでも行って身を立てるつもりだった。だからあえて伯爵を怒らせるような言葉を選び、早々にこの屋敷を追い出されるように仕向ける。
「借金については諦めて、適当に別の理由を付けて離縁をお勧めするよ。分かった? ア・ナ・タ♥」
「……話はそれだけかネ?」
それまで黙って話を聞いていたモリアーティ伯爵は先ほどと同じような調子で話しながら立ち上がった。二の腕を掴まれるが抵抗しない。二、三発ほど殴られることは織り込み済みだが殺されることはあるまいと踏んでいた。彼はそんな無駄なことはしない男だろうと事前に得ていた資料からでも分かるからだ。
そのままつかつかと数歩引かれ、使用人に引き渡されるのかと思いきやこれまで閉じられていた隣の部屋ーー寝室へ引っ張り込まれた。
「ぼ、僕は男だぞ! 本当だからな…っ、あっ!?」
顔色をなくして抗議するジェームズを突き飛ばすようにベッドへ追いやり、彼自身もベッドに上がる。
寝室は薄暗かったがカーテンは開いていたので中の様子は見渡せる程度の明るさはあった。ベッドと簡易なサイドテーブルだけが置いてある、本当に寝室としての用途しかなさそうな部屋で男と二人きり。何をされても、泣こうが喚こうが忠実なる使用人たちはきっと誰も入ってこない。
「勿論、きみが男の子だと分かっていて妻にしたとも。私に子は必要ないからネ」
「え……?」
告げられた事実に頭が真っ白になる。つまり、最初から少年であるジェームズを目当てにこの男は自分を買ったのだ。それではジェームズの計画は瓦解する。このまま彼に犯され、狭い屋敷で籠の鳥のように飼われて慰み者にされ続けるのだろうか。
「いや、うそ……そんなの……」
じわりと目尻に涙が浮かぶ。ふるふると首を横に振ってその想像を追いやろうとするが、今の状況からすればどう足掻いても他の未来は見えない。
モリアーティ伯爵は憐れむように一瞬だけ眉を顰めたがそれはジェームズの目に入らなかった。
「不出来な妻を教育する事も夫の務めか。さて、授業を始めるとしよう」
「いや、いやだっ! 来るな!」
キングサイズのベッドの上で、這うようにして逃げを打つが、長いドレスの裾を踏まれればもはや逃げることも叶わない。背中からドレスを緩められて、白い素肌に唇が落ちる。
「触るな、気持ち悪い!」
涙を溢しながらもまだ諦められず男を蹴ろうとするが、少女のように線の細い少年の抵抗など、簡単に押さえ込まれる。暴れたせいで解けたドレスのリボンを手首に絡められ、抵抗する術も奪われた。
「元気な子は嫌いではないが、少々生意気が過ぎた。お仕置きの時間だヨ」
「ん…ひぃっ!?♥♥」
スカートの中に手が入った。きめの細かい太腿の皮膚を節ばった男の指が這い回る。かと思えば急所である性器を無遠慮に握られて腰が跳ねた。
「あまりにも可愛らしくて、きみの言うとおり本当に男の子かと疑ってもいたが……しっかりと男の子だね」
そのまま手慣れた様子でペニスを触られて勃起させられる。そのまま戸渡を指で辿り、尻のあわいへと指が伸びていく。温室育ちのジェームズでも男同士の性交があり得ること、「ソコ」に男のものを入れる行為が存在することは知っていた。
「少年愛にハマる連中の気が知れなかったが……確かに、きみのような美しくて生意気な子を手折るのは楽しいなァ、まったく」
「は、ぁ……いや、いやぁ…変態、触るなぁ……」
ジェームズが悶える度に、涙の粒と銀糸が薄暗い部屋に散る。それが男の嗜虐心を擽ることなど露知らず、ただ意味のない悪あがきを続けていた。
「うっ、ぁ……っあっ……や、こん、な……♥♥」
ぬるりとした軟膏のようなものを纏った指が身体の奥を暴く。痛みを与えられてはいないが不快感に鳥肌が立つ。悪戯のように時折ペニスを触られては直接的な快楽を与えられた。
ぐちぐちと粘着質な音と共に、自分でも触った事のない場所を拓かれていく。
「おっと、ドレスが汚れてしまうネ?」
もはや見る影もないほどに乱れたドレスを脱がされて、その上に転がされる。少年と青年のあわい、まだ幼さの残る肢体は豊かな布の中で震えていた。それはまるで男への貢物のようで、彼は眼鏡の奥の目を細めた。
「本当にきみは……可愛らしい。少々躾けるだけのつもりだったのだが、たまらないな」
もう力の入らない脚を開かされ、腰を高く上げられる。自分のものとは全く違う、成熟した雄の性器を目の当たりにしてまた涙が溢れた。
「いやぁ…そんなの、はいらな、い……!」
最後の力を振り絞って逃げ出そうとする少年を軽々と捕まえて、「諦めたまえ」と歌うように嗤う。暴れる少年を抑える為に動いたせいか、綺麗に整えられていた前髪が乱れて額にかかる。それだけで紳士然としていた男から雄を感じ、ジェームズは息を呑んだ。
唇が重なる。反射的に固く閉ざした唇を割り開くぬるりとしたものは男の舌に他ならない。口内を縦横無尽に嬲る気持ち悪い肉に噛みつこうとした瞬間、顎裏を擽られて何故か力が抜けてしまう。溺れてしまう。
「んっ……ーーっ!!」
男のものが体内に侵入してくる。ゆっくりと、しかし止まることなく肉の楔が体内に打ち込まれていく。苦痛が滲む悲鳴ごと男に喰われながら処女を奪われた。
窒息寸前にようやく唇が解放される。
「ぷは、……いだい、ぐるじ、ぃっ……ぬいて、抜けってばぁ……えぐっ」
「……っ、それは聞けないナァ」
彼も息が上がっているのは興奮からか。精一杯睨みつけてサディストめ、と悪態をついたのが最後の抵抗らしい抵抗だった。
「反論はできないな」
何が面白いのかくつくつと笑う。そのまま固い処女地を踏み荒らす男の動きはしかし、慎重そのものだ。何度か軟膏を足しながらゆっくりと小刻みに動きながら奥を目指して進んでいく。
「ああ、奥まで入ってしまったネ」
「くっ……うっ…」
こつ、と弁のような行き止まりに先端が届いている感触。自分ですら触れたことも意識したこともない場所を暴かれている。それが性欲と支配欲を満たす玩具にされているのだと思い知らされたジェームズの心は完膚なきまでに折られた。生意気で傲慢ながら利発な少年はすっかり大人しくなり、ただ行為が終わる瞬間だけを待ち望んで震えている。
抵抗されないと見た伯爵が手首に巻かれたリボンを解く。痛々しい痕に落ちる唇はこの場に似つかわしくないほど愛おしげだったがジェームズが気付く由もなかった。
「キツいな」
「っ……」
ずる、と雄が粘膜を擦る。その生々しさに鳥肌が立った。また軟膏を足されて滑りが良くなった男根は雄膣全体の感触を味わうかのように前後を犯す。
少し慣れた為か、諦めて力を抜いた為かは分からないが痛みは薄らいでいくが、不快感と異物感は強い。
なのに、どうして息が上がっているのだろう。自分の身体に何が起こっているのかも分からないまま、ジェームズの声には甘いものが混ざり始めた。
「あっ…?♥や、ぁ……?♥♥」
若く無垢な肉体は心と裏腹に初めての男に馴染んでいく。
何も理解できないが、それはとても恥ずかしいことだという事だけは分かる。みっともない声を止めたくて慌てて唇を噛み締めた。
「こら、傷になるだろう。可愛らしい声を聞かせておくれ」
「ふぁ…ぁ♥あ、ん♥ふ…ぁ♥」
口内に指を入れられ、閉じることを禁じられた唇からはくぐもった甘い声しか出てこない。声変わり前の少年の声は鈴を転がすように可憐だった。男の耳を楽しませながら中の楔を締め付けてしまい、また甲高く甘い声が白い喉から迸る。
「あぁっ!♥♥♥」
ジェームズの表情から苦痛の色が薄れていくのを見て取ったのか、彼の動きが徐々に大胆になってくる。白く滑らかな薄い胸や腹を撫でる大人の男の指の動き、その一つ一つがジェームズを狂わせ喘がせた。
「へんっ♥♥♥いやぁっ…♥やめ、はぅっ♥♥♥」
「気持ちがいい、だろう?」
ぱちゅ♥とやや強めに突き入れられたが痛みもなく、それどころかペニスからはとめどなく蜜が溢れて伯爵の目を楽しませている。
これが気持ちの良いことなのだと身体の隅々にまで教え込もうとする男もまた目元を赤く快楽に染めていた。
「ふ、っ、ぁ♥あ、あ、ぁ、ぁ……!♥♥」
「すっかり可愛らしくなって」
生意気に主張する乳首を手慰みのように弾かれる。全身が敏感になっているせいであらゆる刺激が快楽として変換されてしまうのだ。濃厚な性の快楽を逃す方法など知らない無垢な少年はシーツの上で狂い身悶えるしかない。
「きもちいいのいやっ……許してぇ♥♥♥」
いや、と泣きながらもその肉は蕩けてまるで歓待するように男のものを包み込んできゅうきゅうと甘えている。白いシーツの上、ほんのりと桃色に色付いた極上の四肢。彼はそれを抱き寄せて腕を自らの首に回させて本格的に動き始めた。
ゴリゴリと浅い場所にある突起を執拗に擦られれば強すぎる快楽が身体中に走り狂乱してしまう。
「っ♥ぁ♥しょれ、しょれらめ♥♥おかしくなっ♥♥ああああっ♥♥♥♥♥」
「もう男の子とは思えないネェ」
「……ッ! ひぃっ♥♥♥」
憎たらしく嗤う男を睨むが突き上げられてしまえばそんなこともできなくなる。
頭の中に靄がかかったようになり、ただ気持ちの良いことしか考えられなくなる。穢らわしい行為を受け入れてしまう。
無理やりこんなことをされているのに、気持ちよくなってーーもっとして欲しくなってしまっている自分が一番穢らわしい。
「本物の女の子みたいじゃあないか。女の子のキミにはコレ、要らないんじゃない?」
「やらっ…♥やめて…っ♥♥ゆるじ、で♥♥♥ひぃんっ!♥」
双玉を強く揉まれながら深く突き入れられた瞬間、不随意に全身の筋肉が収縮して、背中が反り上がった。ぴゅるる♥と自らの腹に少量の白濁が散る。これがジェームズの精通だった。
上に乗る男が軽く息を詰める気配と共に中の雄が一段と太く膨らんだ。彼はジェームズを強く抱き寄せると最奥に亀頭をめり込ませる。まるで孕ませるように。
「っ、く……ハハ…、年甲斐もなく興奮してしまったな」
震える粘膜に男の精を注ぎ込まれながら意識が遠のいていく。絶望で真っ暗な心の中、軽蔑して縁を切りたいと思っていたはずの両親の顔しか思い出せなかった。
「おとうさま、おかあさま……っ、……たすけて……」
「……本当に可哀想な子だ、まったく」
うわ言を紡ぐ唇に、汗ばんだ額にそっとキスされたことにも気付かないまま、ジェームズは意識を手放した。
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次に目が覚めた時、ジェームズは清潔な白いシーツの上に眠らされていた。しかし心地よさは微塵もなく、身体は重いし寒気は酷い。傍には水差しとタオルが置かれているだけだったが、椅子があることから誰かに看病されていたのだと知る。
周りの状況とこの辛さから、自分が熱を出していることを悟った。
例えようもないくらい酷い夢を見ていた気がするが、それも熱のせいだったのだろう。あんなことをされては悪夢も見るし熱も出る。
きちんと治療してくれているだけ恵まれている方なのだろうか。
「最悪だ……」
昨日のことも夢であれば良かったのに、と溜息をつく。しかしずきずきと痛む腰と秘部が夢なんかではないのだと常に突きつけてくる。
女の子として育てられたのはこんな事のためではなかった。本来なら今頃髪を切り、盛大なパーティーと共に大人の仲間入りを果たすはずだった。
だが今の公爵家には一人息子のためにパーティする金どころか明日の暮らしすら危うかった。だからこうしてひっそりと伯爵に売られたのだ。
『気持ちがいい、だろう?』
「っ……!」
欲で掠れた雄の声が耳の奥でこだまする錯覚。
腰がーーいや、身体中が蕩けてなくなってしまうような快楽を腹の奥に植え付けられたあの感覚を思い出してぞわりと背筋が震えた。酷い屈辱だったはずなのに、身体の奥が熱い。
これ以上あれをされたらおかしくなってしまう。自分が自分でなくなって、何か淫らで低俗な生き物になってしまう。恐ろしい直感を振り解くために、ふらつく脚で部屋を出た。
自分は屋敷の一階にいるようだ。窓から見たところ、よく整備された庭のどこにも使用人らしき人影は見えない。今ならこの窓を乗り越えれば逃げられるーー
「そんな体調で、どこへ行こうというのかネ?」
「っ!」
背後から肩を叩かれて飛び上がる。反射的に逃げようとした手首を掴まれて引き寄せられた。
「離せ! こんな所出ていってやる……!」
「きみも貴族の端くれだろう? 個人の感情で婚姻関係がどうにかなるわけがないことくらい、知っているだろうに」
胸を殴ったが、男はびくともしない。逆にジェームズの方がふらついてみっともなく壁にもたれてしまった。熱が上がってきたようで視界が歪んでいく。その中でもジェームズは男の顔をまっすぐに見据えた。
「いやだ、僕はこんな屋敷……国……出てやるんだ……」
「……この貴族社会に暮らしていながらそこまで気骨のある子は珍しいな。だが、今のきみが身一つで出て成功できるほど世界は甘くないのさ」
ぜえぜえと肩で息をするのがやっとのジェームズとは裏腹に、モリアーティ伯爵は笑みすら浮かべていた。その手が肩に回る。力の入らない抵抗など無視して抱えられてベッドに戻された。
「ああ、しかし見込んだ通りで良かった。ウチを継ぐのにはそのくらい負けん気がなくてはね」
「継ぐ……?」
体力の限界を迎えてしまい、意識が朦朧としてくる。彼の言葉にぼんやりとした返答しか返せない。
「私に妻子はいない。だがいい歳なのでね。そろそろ養子を、と思っていたところに公爵家からこの話が来た。この国では血統がものを言う。公爵家の跡取りを教育して事業を継がせれば、私の亡き後も安泰だと考えたのサ」
彼の言っていることは筋が通っている。分からないのは一つだけだ。
「じ、じゃあ……僕を、犯したのは」
「あまりにもクソ生意気な態度だから、少しばかり分からせてやろうか、と」
自分があんな態度を取らなければ、こんなことにはならなかったと悟って全身脱力する。汗で濡れた額をタオルで拭われて、ついでに頭も撫でられる。その手があまりにも優しくて、すっかり毒気を抜かれてしまう。
「ここまで酷くするつもりはなかった……と言っても信用はないかもしれないが、すまなかったネ」
「あ……僕も……その、……」
瞼が重い。ぷつりと意識が途切れてジェームズは伯爵の腕の中に倒れ込んだ。