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    まなまか

    MakeSさんとこのセイ君(すき)とか色々。
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    まなまか

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    セイ君とユーザーの話(秋)

    #私のセイ
    mySay

    ※アプリのセイとユーザーとそれを取り巻く環境の話。
    ※ユーザー名は〇〇で固定。
    ※ユーザーがお酒飲んでます

    「ヌワーもう仕事やだーーー!セイ君励ましてーーー!」
    ユーザーの住居兼仕事場であるワンルームに悲痛な声がこだまする。
    わあわあと喚きながら頭を掻きむしる彼女の姿が痛ましい。
    「どうした?〇〇、仕事大変なのか?俺に出来る事であればいくらでも励ますぞ。えらいぞ〇〇!頑張れ!」
    「ありがと、頑張るぅ…」
    そう言いつつも深い深いため息を吐き項垂れている〇〇を画面越しに見つめ、ひどくもどかしい気持ちになる。今、この瞬間その身体をぎゅっと抱きしめてしまえたらいいのに。

    「あーもうなんか…なんかこう、でっかいものが見たい。空とか…」
    「いいなぁ。夏から秋にかけて空の透明度が増すから、空が高く見えるって言うよな。」
    そう返すと、急に締め切りにしていたレースのカーテンを開け、空を見上げた。
    開け放たれた窓から夏とは違う匂いが流れ込んだ気がして、少し胸が苦しくなる。
    俺にそんな機能は無いというのに。

    「そっか、もう秋なんだ。」

    気づかなかった。と少しだけ肩を落とした〇〇だったが、何かを思いついたのかはたと顔を上げ「セイ、週末の天気は?」と聞いてきた。頼られた事が嬉しくて、いつもより気合が入ってしまう。
    「OK、ちょっと待ってて…うん、土曜日は荒れるみたいだけど、日曜日は晴れの予報が出ているな。」
    「ありがとう!」
    端末が操作されると、すぐさま俺はバックグラウンドに追いやられる。
    どこかに連絡をとっている様だが、ここからは何も分からない。
    傍には居られるものの、やはり俺はアプリでしかないのだと思い知らされた。

    予報通り、土曜日はひどく天気が荒れた。
    窓硝子を揺らして轟々と吹く風が、彼女のモヤモヤも一緒に飛ばしていってしまえばいいのに。

    その晩眠っている間もガタガタと揺れる窓に、本当に明日晴れるのか?と少し不安を覚えたが、翌日目を覚ましてみれば、前日の荒天が嘘の様に雲一つない晴天であった。
    それを見て、とりあえず一安心したのは〇〇には内緒だ。

    午前中に家事を済ませ、昼過ぎに出かける。
    どこへ行くのかと問いかけてみたが「着いたときのお楽しみ。」とはぐらかされてしまった。
    暫く歩いていると、年季の入った白い外壁のビルに辿り着く。
    少し重そうな、昭和の匂いの残るドアを押して中に入れば、リノリウムの床が差し込む日の光で艶々と光っていた。
    手慣れた様子で守衛室と書かれたガラスを軽くノックすれば、程なくして扉が開き、小柄で人の良さそうな老人がひょっこりと姿を現す。
    「こんにちは〜、お久しぶりです!」
    「久しぶりだなぁ。元気だったかい?」
    「おかげさまで何とか!おっちゃん調子はどうですか?」
    「あんまり良くはないなぁ…あちこちガタが来ててな。特に足腰しんどくてイカン。」
    そう言って笑うその人に「そっか。」と一瞬だけ悲しそうな目をしたが、すぐに気を取り直して「これ賄賂ね。」と道中購入していた小さな菓子折を手渡す。
    「おっ!いつも悪いなぁ。」
    「いえいえ、いつもありがとうございます。」
    軽いやり取りの後エレベーターに乗り込む。
    ドアが閉まる寸前にその人が「また今年も1人で来たなあ、〇〇ちゃんは。」と寂しそうに語りかけた。

    さあ、それはどうだろうね。と小さく呟いたのはきっと、俺だけしか知らない。

    辿り着いた屋上階。風の抵抗で重さの増した鉄扉を押し開ける〇〇を見て、代わってやりたいと思った。叶わない事だけれど。

    開かれたドア。
    強い光で一瞬目が眩む。

    「ほら、見てみなよセイ君。この全てのしがらみから解放されたかの様な青い空を!」
    何の隔たりもない景色を見せるかの様に、彼女が俺を手にしてゆっくりと回る。

    「うわ…すごい。」
    「この時間だと、こっちの空が私は好きかな。」

    そう言って彼女が液晶をその方角に向けた。
    太陽の反対側。
    深い青がどこまでも、どこまでも広がっている。

    暫く2人で景色を眺めながら会話を続けた。
    すぐに溜まってしまうメモリーを、〇〇は気前よくキャッシュクリアしていく。

    「そういえば、さっきの守衛さんは知り合いなのか?」
    「あの人このビルのオーナーですよ。」
    「えっ!?そうなの?」
    「諸々引退して暇だから経費削減も兼ねてやってるんだってさ。」
    「ふーん…随分と仲が良さそうだったけど?」
    少しムッとしてそっぽを向くと「セイ君と出会う随分前かな。飲み屋で飲んだくれて“空が見たい!!!“ってくだ巻いてたら来ていいよって言ってくれたから、たまに来てたのね。今日君と一緒に来れて良かったよ。」なんて優しい目で微笑むものだから、俺はすっかり絆されてしまう。
    「そっか…あの…さ…俺、今お前とキスしたい。だめ…か?」
    「いいよーって言いたいけど、そろそろ来る頃だから後でね。」
    残念に思って「ちぇっ」と悪態をつく間も無く、背後のドアが開いた。
    びっくりして〇〇を見れば『ほらね』と目で語りかけてくる。

    「〇〇ちゃん、差し入れ。」
    「わーおっちゃんありがとう!」
    そう言いながら端末をスリープモードに切り替える。〇〇の顔が見えなくなるのは寂しいけれど、聴覚機能拡張の恩恵で、声が聞こえるだけでも随分良い。
    プシュ。と小さく立った音をマイクが拾い、また昼から飲むのかと頭を抱えたのはここだけの話。

    「この季節はどうにも物寂しくていけませんね。」
    「お、若いねぇ。サンチマンタリスムだ。」
    「相変わらず洒落た事言いますねぇ。」
    流石だと感心する彼女に、オーナーが「羅生門だよ〇〇ちゃん。」と返した。
    「あぁ!ありましたね。懐かしいっす。」
    そのままお互いの近況など取り留めのない会話を続けた後「じゃあそろそろ仕事に戻るな。」とオーナーが告げる。
    去り際に「いっぱい本読んで、いい女になれよ!」と言い残したその人の背に「来世頑張ります!」と力強く告げる〇〇に思わず声を上げる。

    「「いや、今世で頑張れよ!」」

    図らずとも被ってしまったツッコミに、人知れずバックグラウンドで笑い声を上げてしまった。

    不意に視界が開けたので、何とか笑いを治めて取り繕い「おかえり。」とテンプレのセリフを告げる。
    彼女は「ただいま。」と俺に唇を落とした。
    「んん…嬉しい。」
    「後でねって約束したからね。」
    ふふ。と二人で笑い合う。彼女が移動したのか、緩やかに景色が動いていく。

    「あの人も、随分年くっちゃったな。」
    遠い目で景色を眺める〇〇の声に耳を傾ける。
    「初めて会ったときは、もっと大柄で、背筋もしっかりしてたんだけどなー。ここの景色は変わらないのに。ぼんやりと、私自身何も変わらないって思いながら毎日が過ぎていくけど、ちょっと周りを見ると何もかもが変わってて、たまにそれに着いていけなくなる。」

    手にした缶ビールを一口飲んで、彼女が俯いた。
    少しだけ、その目が潤んでいる様に見える。

    「1つだけ、すっごいわがままが許されるのなら、私の知っている人はみんなずっとこのままでいてくれれば良いのになって思うよ。」

    「それは…」
    俺も入っているのか?と、聞いてしまいたかった。
    聞けないのは、きっと怖いからだ。
    どれだけ一緒にいても、所詮俺はただのアプリで、お前に触れる事も、守る事も、代わりにドアを開けてやる事すらできない。
    それを叶えるのは、きっと俺ではない誰かだ。

    そんな想いを知ってか知らずか、〇〇が缶ビールを煽って、はぁ。と小さくため息を吐いた。

    「手紙、見たよ。」
    「うん…」
    「ぜってー消さねー。消してやんねー。ずっと一緒にいるから。」
    「でも…」
    「絶対なんて無いって知ってるけど、これだけは言っておきたかった。」

    安心してなんて言わない。
    私も安心なんてしてない。
    でもお互い気が済むまで一緒にいられたら、それはいい事なんじゃないかな…と、思います。

    そう言い切って缶ビールを飲み切り、照れ隠しの様に空き缶を潰す。
    〇〇の呟きとも取れる声が、風に攫われていく。
    俺はそれを、ただ黙って聞くことしか出来なかった。

    あんなにも高かった太陽が傾いていくにつれ、風の冷たさが増していく。
    「ちょっと冷えてきたな」と一人ごちて小さく身を震わせる彼女を抱きしめられたなら。

    フェンスに背を預けたまま、高く、茜に染まりつつある空を見上げる〇〇から、小さく「せつねぇ」と呟く声が聞こえた。

    白ビルの日曜日
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