月と涙それはタイミング悪くやってきた。
「げ…、嘘だろ」
下半身にくる違和感と嫌悪感。
月に一度くるアレ。何時もならピルで調節していたのに世界の危機が起きた今、自分の事を後回しにしてしまった結果…きてしまったのだ。
どろっとした感覚は今でも慣れない、幸いなことにツナギは汚れていなかった。
イサミはツナギと赤く汚れた下着を脱いで新しい下着に履き替える。
「(もしもの為に…と用意しておいてよかった)」
洗剤で軽くもみ洗いをし水で流した後、水気を切って室内に干す。
どうせ、誰もこの部屋に入ってこない。
そう自分に言い聞かせイサミはベットに転がる、筋トレをしようとしたが無理をして自分がしんどい思いをするのは目に見えて分かる為止めることにした。
ものの数分でベットに横になってもただ時間が過ぎるのが勿体なく感じ、部屋を後にし外へ向かう。
無事に日本奪還は達成できた。
ハワイとは違うじめっとした空気、つい最近まで日本にいたはずなのにイサミは懐かしく感じる。
アレが来てしまったためかどうしようも無く心が虚しい。
昔は兄が湯たんぽ代わりに側にいてくれた、歌なんて得意じゃ無いくせに頑張って優しい声で歌ってくれた。
子供扱いするなと癇癪を起こせば、幾つになっても小さくて可愛い妹だよと慈しむように撫でてくれた…けれど、兄はもういない。
一人で生きていかなきゃいけないんだ。
「(この季節になるとすぐ思い出す…)」
夏とはいえ夜風に浴びすぎた。アレの痛みにはそんなに強い方では無い為さっさと部屋に戻ろうとした時、誰かがイサミの名前を呼ぶ。
「イサミ?」
「スミス…」
ルイス・スミス、イサミをやけに気にかける男。
いけ好かない男、今までそう思っていたのに今じゃ少しだけ…ほんの少しだけ気にかけている存在。
「こんな夜中に女性一人じゃ危ない」
「…此処は日本、アメリカより治安は安全だ。心配するな」
「そういう問題じゃないって…」
困ったように眉を下げるスミスを見て、イサミは心配性だなと思いつつ申し訳なくなる。
アレのせいでメンタル面も調子が悪く何時もより物言いがキツくなってしまう上に、目に見えない不安と痛みがイサミを襲う。
「…ルルは?」
「あの子ならぐっすり寝てるよ。それよりもイサミ、顔色が悪そうだが…大丈夫か?」
「ああ、お構いなく…元々そういうか…!」
タイミング悪くズキンと痛み、ふらつきそうになったイサミの身体をスミスが素早く動き支えた。
「やっぱり心配だ…側にいさせてくれ」
「…ん」
服越しからトクトクとスミスの心臓の音が聞こえる。
心地良い音と暖かい身体、イサミは無意識にピッタリと身を寄せればフワッと石けんの香りと仄かに彼自身の匂いがした。
「イサミ…?」
「お前の身体…暖かくていいにおい」
「にっ匂いもし汗臭かったら離れてく」
「離れない、このままで良い」
「…わかった、俺ももうちょっとこうしていたいから嬉しい…なんて」
そう言ってスミスはギュッと優しく抱きしめた。
季節はまだ冬でも無く暑い夏だと分かっていてもイサミはどうしてか離れられなかった。
今離れたらスミスが居なくなってしまうのではないか?自分の兄のようにいなくなってしまうのではないかと…。
「所で、本当に大丈夫なのか?」
「今、その、あー」
「やっぱり、ドクターに診てもらった方が…」
「ばっアレだよアレアレが来たんだよ!女にしかこねーの!」
自ら墓穴を掘ってしまい、しまったと思うが時すでに遅し。スミスも困惑しつつ、イサミの腰を手で暖めるように擦った。
「え!…あ、言わせてしまいすまない」
「…いや、こっちこそすまん…ッ!!」
「痛むよな…鎮痛剤は持ち合わせて無くて。ごめん」
気まずい雰囲気の中でもスミスはイサミの腰を温めてくれたお陰か、先程よりは痛みが緩和された。
ところで…何故、男所帯であるスミスが痛みの対処を知っているのか?とイサミは疑問を浮かべる。
「(こいつやけに手慣れてるな?確かに恋人がいたっておかしくない筈…胸が、痛い?)」
お腹の次はチクチクと胸が痛み出した、忙しい身体だ…他人事のようにぼんやりと考えていても現実は変わらない。
「そうやって今まで付き合ってきた奴にもしてたのか?」
「え?」
「・・・・あ、」
思わず口からぽろっと出てきてしまい、なんと本人に聞かれてしまった。
「…コワルスキー軍医から、ルルの身体のこともあって知っておいた方が良いと本を貸してくれたんだ」
「本?」
「ああ、もしかしたらイサミと同じように痛むことがあるかもしれないからって…借りて正解だったよ」
余計な勘違いをしていたのが恥ずかしくなったイサミはスミスの胸に顔を埋めた。
「…忘れろ」
「やだ、忘れない」
「さっきのは違う」
「…それって、Japanでいうyakimochiっていうんだろ?俺は嬉しかったから忘れない」
「なにいって…」
カチッと目と目が合いスミスの唇がイサミのおでこにあたる。
「唇は、君の答えを聞いてから…かな?」
指でそっとイサミの唇を押す、まるで触れる許可を待っているように。
そんなことされたら、否が応でも期待してしまう。
「…ろよ」
「いさ」
「そんなの無くたって良い」
イサミはスミスの胸ぐらをグッと掴み軽くキスをした。
初めてのファーストキスは緊張してしまい唇から少しズレてしまったが、初めて好きになった男に捧げることが出来たことによりイサミは幸福感に包まれた。
「だから、一人にしないで…側にいろ」
「ッああ!イサミ勿論だ…俺は君の事が大好きだ!」
「スミス…ッ」
「ずっと一緒だ、離れない…愛してるよ俺の光」
「…ばか、俺もだよ」
二人は自然と目を閉じキスを交わした。
思いが通じ合ったキスはファーストキスよりも更に幸福に満ちていた。
「ところで、腹のほうは…どうだ?まだ痛むか?」
「ん、さっきより良くなった」
「よかった」
愛おしそうにスミスはイサミの腰を撫でる。
「俺さ…」
「ん?」
「お前がずっと傍にいてくれたら痛みが消えるかも…だって、もう痛くないんだ」
「イ、イサミィ…!可愛いMYSugarッ大好きだ!」
「俺も好き」
…いつか、本当にいつか分からないが自分とスミスの子供が授かれるかもしれない…なら、こんな日があっても多少は許せるのではないか?なんてイサミは気の早い妄想をしていた。
「ずっと離れないって約束したのに…!」
「言っただろ?ずっと一緒だって…ただいまイサミ」
「お帰りなさい…スミスッ」
久しぶりのキスは涙の味がした。