かたわら 朝、目が覚めるとこつんこつんと窓をたたく音がした。
何だろうかと思って窓を開いてみる。寒風が部屋の中に入り込んでくる。
そういえば昨日は化粧も落とさないで着替えもしないで眠ってしまったのだった。あちゃーと思いながら音の主を探すと、そこには震えるオウムがいた。
オウムは私の驚きなどお構いなしに部屋の中に潜り込む。そうして丸まっている布団の中に頭をいれて、「こんにちは! こんにちは!」と鳴いた。
「え、どうしよう」
オウムはそのまま布団の中に入り込んで出てくる気配がない。突然のことにぼうっとしてしまったが、こういう時どうすればいいんだっけと頭がにわかに慌て始める。
「えっと、警察、警察とかに電話すればいいんだっけ、どうなんだっけ」
確か警察だったはず、それで飼い主を探して、SNSとかで拡散してもらったほうがいいんだっけそれともそういう機関があるんだっけ。
目の前のスマホで調べれば良いものを、慌てた私は小虎に電話してしまった。
「すみません、いまちょっと大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だが。どうしたんだい?」
「なんか、今うちにオウムっぽいのがきて」
「オウム?」
「白くて大きな、こういう時ってどうすればいいんでしょう」
「まあ、まあ、ちょっと落ち着きなよ。深呼吸してごらん」
「すう、はあ」
大般若さんは私を笑うこともなくゆっくりとした声で対応してくれた。その声を聞いているとだんだんと安心してきて、布団のほうにちらりと目をやる。
「怪我なんかはしていなさそうかい」
「はい、血とかも出てないですし、でも寒そうです」
「もともとは暖かい地域の鳥だろうしな。暖房はつけてあるかい」
「はい。それと今は布団にもぐっています」
「ふむ。それじゃあちょっとあんたの家に行ってもいいかい」
「い、今からですか?」
「もしくはその鳥を何とかしてこっちに持ってきてもらうか」
「ちょっとそれは……無理そうですね」
「だろう? 女性の家に男が上がりこむってのも良くはないが緊急事態だ。とりあえず店を閉めてから車で向かうよ。ちょっと待っていてくれ」
「わかりました。お願いします」
そうして電話は切れる。
私は昨日のままだった服をなんとか着替え、化粧を慌てて落として塗りなおし、落ちた衣服を整えトイレに放り投げた。部屋がきれいなほうでよかった。大般若さんを迎えるにふさわしいかどうかはともかくとして、とりあえず何とか体裁は保てるだろう。
オウムは相変わらず布団の中に潜り込んでいる。少し様子を見ようと布団をめくってみたが、めくってみた分もぐりこんでしまった。
(怪我はない。いつから外にいたんだろう)
住宅街が近いからそこで飼育されていたのか、それとももっと遠くからきたのか。わからないけれど、ふっときらりとしたものが足元に見えた。
(ん、これって鳥を識別するためにつけるリングじゃなかったっけ)
じっと見つめているとそこが冷えるのか羽毛でリングが隠れてしまう。これは仕方ないなと思いながらとりあえずオウムのそばにいて大般若さんを待つ。しばらくすると着信音が鳴る。
「着いたよ。202で合ってるかい?」
「はい。今鍵開けますね」
電話を切ってベッドから立ち上がり、玄関に向かう。扉を開くと大般若さんの姿が見えた。
「すみません、お店開けている時なのに」
「なあに、少しぐらい閉めておいたって大丈夫さ。それよりオウムは?」
「布団の中に潜り込んでしまって」
「あがってもいいかい?」
「はい。どうぞ」
大般若さんはいつも履いているサンダルを脱いでそろえると、私のあとについて寝室へ向かう。見れば何か持ってきたようだ。
「ちょっと失礼するよ」
オウムがあの布団の中にいると伝えると大般若さんは袋の中から餌を取りだした。ここに来るまでに買ってきたらしい。
「そら、おいで」
餌の匂いにつられてかオウムは布団から顔をだす。頭をふんふんと振って餌を検分するような仕草をすると、脚でひょいと取って口に運んだ。
「食べた!」
「ああ、食欲はあるようだな」
あとは、と大般若さんは畳んであった段ボールを組み立てるとガムテープでそれを止め、中に小さなブランケットを買った。
「水をもらえるかい? 器に入れてもらえるとありがたいんだが」
「わかりました」
私は木の茶碗に水を入れるとオウムのほうにもっていく。オウムはやや食い気味に飛んできて、水をごくごくと飲んだ。
「喉が渇いていたんだなあ」
「結構長く外にいたんでしょうか」
「おそらくそうだろう」
「これって警察に電話したほうがいいやつですよね」
「そうだな。それに後は俺が引き取ろう」
「え、でもそれじゃ大般若さんが大変でしょう?」
「以前叔父がこういうオウムを飼っていたことがあってね。ある程度は慣れているさ」
「いえ、それでも私も一緒に行きます」
「うん? あんたがそれでいいならいいが」
「行きます」
半ば強引に押し切ったと思う。私はもう少しそこの浅く重い皿に水を移し、もう一つ皿を用意して餌を乗せた。オウムはブランケットでも問題ないと判断したのか段ボールの中へ身を移す。
「これはタイハクオウムだな」
「タイハクオウム?」
「ああ。叔父の家にいたのと同じだ。瞳の色は……黒か。ならオスだな」
「よく知っているんですね」
「しょっちゅう髪を引っ張られたもんさ」
「ふふ、それは度胸がありますね」
「そうだろう?」
私はコートを再び着込み、オウムの入った段ボールをゆっくりと運ぶ。
「そうだ、このオウム、なんかリングみたいなのが足にはまってました」
「脚環か。それなら飼い主はすぐに見つかりそうだな」
大般若さんと家を出て鍵を締める。大般若さんはスマホを操作するとどこかへ電話を掛けた。話を聞くにどうやら警察のようだ。
「はい、うちで預かるんで、とりあえず飼い主が見つかるまでは。はい、小虎の大般若です。はは、知っていてくれたとはありがたい。五分ぐらいでつくので。ええ、よろしくお願いします」
「大般若さんありがとうございます」
「いや、いいさ。あとは鳥の迷子センターに電話してっと。下に車をとめてある」
「えっ」
「自転車で来るのも考えたが、オウムだって言ってたからな。大型のものだと車のほうが運びやすい」
「確かにそうですね」
階下に降りると黒のポルシェがとまっていた。大般若さんは助手席の扉を開くと私をその中へエスコートする。
「狭いが我慢しておくれ」
「いえ、全然大丈夫です」