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    おたぬ

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    おたぬ

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    22歳ノンケ🍁×30歳ゲイ❄
    前回の続きで再会する話です。

    ⚠️注意⚠️
    ・冬弥も彰人も泣きます
    ・バーでの突然のラブロマンスはお店の迷惑になるので止めましょう

    アメリカーノの酒言葉は「届かぬ思い」

    通い慣れた道をいつもより遅い時間に歩み、経年で劣化した木製の扉を開けると、中に流れるあの日と同じジャズの音色がオレを出迎えてくれた。彼を求めるあまり様々な店を見る機会が増えたが、やはりここが一番落ち着く。

    癖のようにカウンター席へ目を向けて、そこでオレの足は、いや、呼吸から時間、何から何まで。オレのすべてがその役目を忘れて静止した。そこにいたのはオレが求めて止まない愛しい青色。今は照明に照らされて色味が変わって見えるが、あぁ、けれど、見間違うはずはない。

    彼だ。

    一夜でオレの心を掴んで、そのまま無情にも姿を消した彼が、あの夜と同じ席に座っている。

    その青に心臓が壊れたのではないかと心配になるほど大きく脈打ち、緊張に呼吸が浅くなる。すぐに駆け寄って声をかけたいのに、踏み出す足が震える。もどかしい。何日も何日も、探して、求めて、夢にまで見た想い人が目の前にいるのに、思うように体が動かない。

    (……焦るな、落ち着け……)

    深呼吸を一度、二度、と繰り返し、ドクンドクンと血を大量に送り出す心臓を鎮めて、地面を蹴る。彼まではたった数メートル。そんなに広くないこの店のオレが気に入っている席の隣は、出入口からそう遠くはない。そのなんてことのない距離を何度も躓きそうになりながら、オレは走るように歩いた。

    「あ、あの……!」

    張り付いた喉を意地でこじ開けて、声を出す。その際、気持ちごと体が前のめりになりすぎてカウンターに手を付くことになったが、それをカッコ悪いと気にする余裕すらオレにはなかった。そして、ついにその時が来る。

    カクテルグラスの中を見つめていた彼がオレの方へと振り返り、記憶の中にあるのと同じオレンジの光を受けて輝く白銀が、オレを捉える。たったそれだけのことを、幾夜夢見てきただろうか。視線が交わっただけで、オレの体は歓喜に震えた。

    「………あっ……」

    小さく漏れた彼の声は相も変わらず透き通っていて、耳に心地いい。オレを見上げるツリ目の銀色が大きく見開かれて、そして、バっ、とマスターの方を見て立ち上がり、懐から財布が取り出される。

    「……は、えっ……!?」

    その行動はどう考えても会計。バーでの会計が意味するものは、つまり。

    「ちょっ、ちょっと待っ……待て!待って……ください!」

    慌ててマスターへ声をかけようとする彼の手を握りそれを阻むと、ビクンと彼の体が跳ねる。こちらが驚いてしまうその反応に掴んだ白魚を離してしまいそうになるが、手を離せばもう二度と会えないような気がして、それはできなかった。

    「……少しだけ、少しだけでいいんだ……話が、したい」

    あの日のように。そして、可能ならば気持ちを伝えたい。彼を握る手に思わず力が入る。彼は俯いていて、表情は読めなかった。

    「……して、くれ……」
    「……え?」

    ポツリ、と零された声はあまりにも小さくて、店内に流れるメロディに潰されてよく聞こえず、聞き返すと、こちらを伺うように見た彼が途切れ途切れに言う。

    「手を、はなして、くれ……痛い」
    「…………っ、悪い……!」

    痛い、という言葉に直前ではそうすることを躊躇っていた癖に、反射的にパッと手を離す。すると本当に痛かったらしい彼はスリスリとオレに掴まれていた手を労わるように撫でていた。クソっ、と心の内で自身に吐き捨てる。人に与える第一印象など気にしたことはないし、二度目なのだから正確には第一印象ではないのだろうが、いきなりでこれは、あまりにも印象が悪すぎだ。

    こんな時、どうしていたんだったか。交際経験はかなり豊富であると自負はあるのに、どういうわけか何も頭に浮かんでこない。いや、どういうわけか、ではないか。相手によく思われたいと考えるほど、誰かを好きになったことがないからだ。だから、どうしたらいいのかわからない。

    「ぁ、え……と、悪い……どうしても、話がしたくて……だな……」
    「……話?俺と?」

    頷くと、きょとんとした彼が迷うように視線を泳がせた後、「あまり話すのは上手くないぞ」と前置きをした上で元の席へと戻ってくれた。オレもそれに倣い、いつもの席に腰を落ち着けて、どうしてオレを見て逃げ出すように帰ろうとしたのかは気になるし、かなりショックではあったが、ひとまずスタートラインに立てたことに胸を撫で下ろす。

    マスターに前回のように途中で意識がなくなる、なんてことのないよう軽めのカクテルを頼み、目で騒いだことを謝ると、出来の悪い子供を見るような生暖かい目を返されてしまった。シャカシャカとマスターがシェイカーを振り始めた頃になってようやっと彼との再会に心が追いついたオレは隣に目を向ける。

    「そういえば、前、名前聞けてなかったよな」
    「……そう、だな……」
    「聞いても、大丈夫か?」
    「……ぅ、あ、あぁ……」

    あまり大丈夫ではなさそうな様子だが、彼の名前を聞かせてもらえるならば、できれば聞きたい。そんな思いでオレは自分の名を告げ、彼のそれを待つ。彼はやはり迷うような、戸惑うような仕草をしてから、その桜色の唇を開いた。

    「青柳、冬弥だ」
    「………冬弥、か……」

    ずっと呼びたかった名前を声に乗せる。彼を表すそれは、とても口に馴染むものであった。

    それから、オレ達は色々な話をした。冬弥は聞き手に回ることも多かったが、前よりは自身の話をしてくれている。

    料理がかなりできること。仕事としてカフェでピアノの奏者をしていること。本を読むのが好きなこと。そして何よりオレを驚かせたのは、年齢が30歳であることだ。こんなに美人な三十路がいていいのか。若作りなんてものの次元を超えているにもほどがある。

    「すまない、前の時に年齢については言っておくべきだったな」

    すまなそうにそう言う彼になぜかと問うと、どこか気まずそうに冬弥は言った。

    「俺が三十路のおじさん……なんて、知っていたらしなかっただろう?」

    何を、とはあえて言わない言い回しだが、オレはあの夜について言っているのだとすぐにわかった。即座に首を横に振り、彼の言葉を否定する。たとえ年齢を知っていたとしても、オレはあの夜絶対に彼を抱いた。そんなことは思案せずともわかる。

    「した、しました……絶対に……!」
    「ふふ、ありがとう、彰人。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しい」
    「……いや、お世辞なんかじゃ……!」

    優しく、ふわりと冬弥が笑う。酒が入っているからか、あの夜のように目元が淡く色づいていて、泣きぼくろと相まって艶やかな色気を放っていた。あぁ、そんな彼が、冬弥が、オレの名前を呼んでくれている。オレの隣で話している。かつては女を抱いても、愛を示されても、まったく心は動かなかったのに、ただ名前を呼ばれただけで胸が破裂しそうなほど高鳴って、隣にいてくれるだけで他には何もいらないと思えてしまうほど、幸せだった。

    そんなオレ達の間に流れる空気はとても穏やかで、冬弥の表情も出会い頭に帰ろうとしたとは思えないほどに柔らかい。だからこそ、オレは気になって仕方がなかった。白くシミひとつない綺麗な彼の頬に貼り付けられている、湿布。再会してすぐは緊張で気づけなかったが、それが解れてからはそこばかりに目が行ってしまう。肩や額ならば特に気にならないが、訳もなく顔にそれを貼る人間はいない。一体、彼の身に何が。

    オレがそこに視線をやりすぎたのだろう。ポツポツとゆっくり話していた彼が、前にもよく見せてくれた可愛らしい困った顔で首を傾げた。

    「頬がそんなに気になるのか?」
    「まぁ……どうしたんすか、それ……」
    「無理に敬語は使わなくていいぞ、彰人」

    おかしそうに笑った彼は、けれど言葉を切った後その表情を固くして、逡巡するようにふるりと長い睫毛を震わせてから、また、笑った。しかしその顔はオレに何度も可愛らしいと思わせてくれたそれとは似ても似つかない、まるで泣くのを我慢する子供のようなそれだった。

    「お付き合いをしている彼が、少し……少しだけ、情熱的なんだ」
    「…………は?」

    彼が何を言っているのかが、よく理解できなかった。そもそも恋人がいたのか、それも彼氏なのか。ならばやはり思っていた通り、冬弥はゲイなのか。だとしたら男のオレにも望みはあるのか、いや、交際中ならないのか。与えられた情報量の多さに頭が一気にパンクしそうになるが、それはこの際どうだっていい。今はそんなことよりも優先すべきことがある。

    彼氏が情熱的だから、頬に湿布を貼らなければならないとは、どういうことだ。

    顔で額ではない場所に湿布を貼ることなど、早々ない。強くどこかにぶつけたり、それこそ殴られでもしない限りは。ギリッ、と歯を噛み締める。

    冬弥は恋人に手を上げられているのか。

    (…………んだよ、それ……)

    悔しかった。オレが欲しくて堪らないその椅子を勝ち取り、オレが欲しくて堪らない冬弥の愛を受け取ることを許された見知らぬ男が、オレが愛する冬弥にこんな顔をさせて、あまつさえ、傷つけていることが。

    「オレならお前にそんな顔させねぇのに……」

    思わず出てしまった言葉に、慌てて冬弥へと視線を向けたところでまた、オレの時は止まった。冬弥はどこか遠くを、または届かぬ夢を見ているような表情をしていた。先ほどまでとも、オレと談笑している時とも違うそれにオレは息を飲んだ。

    「彰人と、もっと早くに出会えていたなら、違う未来が待っていたのかもしれないな」

    流れるジャズに消えて、溶けてしまいそうな声色そう言った冬弥があまりにも儚くて。今にもどこかに消えてしまいそうで、オレは自身の発言の真意を誤魔化すことも忘れて、カウンターの上の白い手に己のそれを重ねてギュッと握る。

    『もっと早くに出会えていたなら』

    そう願ってくれるなら。手を上げる男よりも、オレを選んでくれるなら。まだ一緒にいた時間こそ少ないが、そんなのはこれから増やしていけばいい。

    喉が、唇が、ぶり返す緊張で震える。告白なんて、今までしたことがない。したいとも思ったことはなかった。けれど、男にはやらなきゃならない時がある。

    すぅ……と息を吸って、その言葉を音にした。

    「なぁ……それ、今からじゃ……ダメなのか?」

    見開かれた銀色はあの日のように照明のオレンジに照らされて、けれどキラリと煌めくそれはあの日よりも潤み、彼は変わらず困ったような表情で笑っている。微笑んではいたが、しかし、見えない涙がたしかにオレには見えていた。

    「ありがとう。その言葉だけで俺は十分救われた」

    重ねた手を、もう片方の手でそっと持ち上げられて離される。それが答え、ということなのだろう。唇を噛み、瞳に見えない涙を溜めた冬弥は、「マスター、チェックで」と言って「いいんですか」とオレに視線を投げかけるマスターにも頷いて、手早く支払いを終えてしまう。

    「………っ、冬弥……なんでだよ……なんで、そんな……」
    「きっと」

    自分を幸せにしてくれない男のもとへ帰ろうとする?
    そう問おうとするオレを遮って、店の外へと繋がる扉に手をかけた冬弥は、こちらを見るとこもなく告げた。

    「きっと、彰人と結婚する女性は、幸せ……なんだろうな」

    今日はありがとう、久しぶりに楽しかった。

    その声が震えているような気がして、咄嗟にオレは駆け出した。けれど、彼に手が触れるよりも早く、バタン、と無慈悲に扉は閉ざされる。それもまた、彼からの答えだった。冬弥は待ってはくれなかった。オレの手を取ってはくれなかった。

    「………っ、く……ぅ……」

    固く閉ざされた扉に拳を叩きつけ、そのままズルズルと崩れ落ちて、瞳から溢れ出た幾筋ものそれが頬を濡らした。

    オレに救われた、と彼は言った。だが、それは違う。これまでの人生をなぁなぁで生きて、腐りきっていたオレがこんなにも誰かを愛することができた。必死に求めて、他人を想うことができた。愛を知ることで、オレはやっと人になれたのだ。だから、違う。

    本当に、救われていたのは。

    「……オレの方なんだ……冬弥……!」

    ドン、と届かなかった想いをぶつけるように再度扉を殴るオレの背後で、応えるように冬弥が飲んでいたアメリカーノのグラスに残った氷が、カラン、と鳴った。



    バタン、と扉が閉まる音に、やってしまった、とツキリと痛む胸を押さえた。あぁ、こんなところまであの夜と同じでなくていいのに、と俺は自らを嘲笑う。一度、感情を表に出すと、もう、ダメだった。ボロボロと我慢していたそれらが決壊して止める術もなく、零れていく。

    手を離したのは、優しく重ねられたそれを拒んだのは、俺の方なのに。

    元々フラついていた体は不安定な精神に引っ張られて己の体重すら支えることもできなくなり、俺は情けなくも背後の扉に背を預ける形で、地面へとへたり込む。扉の向こうから、彰人だろうか、ドン、と叩かれる衝撃を感じた。それが、まるで臆病な俺を責めているように思えて胸が締めつけられる。

    (……ごめんなさい、ごめんなさい……)

    こんな俺に手を差し伸べてくれたのに。
    再会してすぐ逃げようとした俺を引き止め、握ってくれた手に唇を寄せる。まさか会えるとも思っていなかったのに、手まで握ってくれるとは思わず、高鳴る胸が苦しくて、彼は強い力で握ったわけでもないのに「痛い」なんて嘘を言ってしまった。

    あぁ、もう……こうなってしまったら、自分を誤魔化せない。これまでずっと、どんなに暴力を振るわれようと彼が好きなのだと言い聞かせて、だから大丈夫だと自らを騙してきたのに。こんな気持ちを知ってしまったら、もうダメだ。

    冬弥、と俺の名を呼ぶ声が、扉の向こうから聞こえてきて、ぶわりと体が熱くなる。

    (………あき、と……)

    応えたかった、本当は。叶うのなら、手を握り返したかった。「今からじゃダメなのか」と言ってくれた彼の胸に、飛び込んでしまいたかった。けれど、それを俺が望むたびに長い年月をかけて恋人の手で刻み込まれた見えない傷が、鎖となって俺の体を縛りつけて動けなかった。

    (……ごめんなさい、あきと……)

    恐怖に負けるような臆病者でごめんなさい。愛を受け取ることもできない癖に、彰人の人生に割り込んでしまって、ごめんなさい。どうか、どうか、忘れて。俺のことなど忘れて。そして、幸せになって。

    いつまでもここにいてはお店の邪魔になってしまうと、扉を支えに立ち上がり、恋人が待つ監獄へ帰るための一歩を俺は踏み出した。

    さようなら、誰よりも優しい、俺の初恋の人。
    できることなら、あなただけでも幸せでいて。
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