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    おたぬ

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    おたぬ

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    バレンタインに❄♀がチョコを渡そうとする話
    ※付き合ってない

    甘くて、しょっぱくて男性が求める女性らしさというものを表す指標として、家庭的である、という要素がよく上げられる。昨今、多様化する社会の中でそれを差別的と捉える人もいるようだが、その意見はどうか今だけは横の方に置いてほしい。さて、では家庭的とは一体なんなのか。言葉の意味としては、『家庭生活をするのに適しているさま』らしい。けれど、私が先に述べた、男性が求める女性らしさとしての家庭的は少し違うようで、インターネットで調べたところによると、『その場にあるものだけで料理ができる』であるとか、『常に笑顔でいてくれる』であるとか、その他にも多岐にわたって書かれていた。

    (そんなの、無理だ)

    インターネット上に転がっていたそれを見た時の私の感想はこれである。料理などさせてもらったことはないし、私の表情筋はあまり活動的ではない。机に向かい、自身の前に鏡を置いて口角を指で押し上げてみるが、そこに映るのは表情の固い女の顔。無理やり作った不格好な笑顔に可愛さなど感じられず、家庭的とは対極に位置する己にため息が出た。

    (……いや、交際したいわけではないのだから、家庭的になる必要などないのだが……)

    チラリと思考の端に現れた相棒の姿に、慌てて頭を振って否定する。彼と交際したいわけではない。今の関係でも、私には過ぎた幸福なのだ。だから、これはそういう意味ではない。ひとつひとつラッピングを施した1口サイズのそれらを袋の中に詰め込み、その口をリボンで縛りながら、自分に言い聞かせる。たとえこれが実際には私の本命チョコであったとしても、それを彼に伝えてはいけない、と。

    私と彰人は同じ夢を見る、相棒でしかないのだ。女としての関係を求めてはいけない。



    どれだけ悩もうと、明日はやって来てしまうもので、当日の朝まで悩みはしたが、結局2月14日の今日、作ったそれを私は学校に持ち込んでしまった。校内の空気がどこか浮ついているのは、きっと私と同じ理由。

    (彰人は受け取ってくれるだろうか)

    義理堅い彼のことだ。相棒として日頃の感謝を伝えれば、真面目だな、と苦笑しながら手に取ってくれるだろう。その奥に隠した、黒くてドロドロとした汚泥のような恋情には気づかずに。

    (……やはり、持ってくるべきではなかっただろうか)

    彼の性格まで把握した上で気持ちを隠して渡すなど、騙すことと何が違うのだろう。昼休みということで生徒が行き交う廊下の隅で、ポケットの中に忍ばせたそれを制服越しにひと撫でし、深いため息をついた。恋をしてからというもの、ため息の数がグッと増えた気がする。

    (いや、今はそれよりも彰人と合流しないと……)

    図書室に用事があったため、彰人には先に購買へ行ってもらっており、今私の隣に彼はいない。待たせてしまうのは申し訳がないため、早く行かなければ。そう思った私は購買へ立ち寄り、売れ残っていたパンを購入して彰人と待ち合わせている場所を目指して歩を進める。そうして、それが聞こえてきたのは、他よりも人気が少なく、彰人がいるであろう場所まで、あとは曲がり角を曲がるだけ、となった時だ。

    「……し、東雲くん……!」

    緊張で震えた、可愛らしいという形容がしっくりくる、女子の声。その人は聞いているだけでも決死の覚悟を決めているとわかる声色で私の相棒の名を告げる。思わず、角を曲がる直前、ちょうど2人から私の姿が隠れる位置で足を止め、いけないとわかりつつも、私は耳をそばだてた。

    「あ、あの……」

    何となく雰囲気と今日という日付から、彼女が放つであろう言葉が予測できてしまい、ゴクリと生唾を飲む。聡い彰人もきっとわかっている。彼はどんな表情で、彼女のそれを待っているのだろうか。

    「ず、ずっと前から好きでした!付き合ってください!」

    やはりそうか、と私は俯いてチクリと痛む胸を押さえる。声からして、無駄に背の高い私よりも小さくて、私よりもずっとずっと守ってあげたくなってしまうような、可愛い女の子からの告白。重ね重ねになるが、私は彼と交際したいわけではない。私がただ、一方的に想っているだけでいいと、そう思っている。それなのに、こういった場に居合わせてしまうと、どうしても『嫌だ』と思う私がいた。

    彼女の決死の告白で、シン、と辺りに僅かな静寂が訪れる。同じ校内なのに、聞こえてくるお昼休みを満喫している生徒達の談笑が遠くの世界の出来事に感じられた。その張り詰めた空気を打ち破ったのは、静かに彼女の想いを聞いていた彰人である。彼ははっきりと、真っ直ぐな声で言った。

    「悪いけど、オレ、好きなやついるから」

    え、と、声が漏れそうになった口を押え、驚きに目を見開く。そんなこと、初耳だった。いや、そも個人の恋愛事情など、歌う上での相棒にわざわざ言うことでもないのだが、これまで意中の人がいるような素振りを彼は見せていなかったため、この返答は私にとってまさに青天の霹靂である。

    ポケットに入れたままの、想いを込めてしまったチョコレートの存在を確かめて、私は奥歯を噛み締めた。どうして、この可能性を捨てていたのだろう。私が彰人に恋をしたように、彰人が誰かを好きになることだって十分あり得るというのに。彼には想い人などいない、などと、どうして思ってしまったのだろう。出会ってからの2年、歌と向き合う彼の隣に立っていたのは己であるという驕りが、私にはあったのかもしれない。どこまでも彰人は歌に真摯であったから、誰かとそのような関係になる暇などないだろうと、心のどこかで決めつけていた。

    (そう、か……彰人には、好きな人がいたのか……)

    改めてその事実を受け止めようとして、心が悲鳴をあげる。好きになってほしいわけではないくせに、彼が見知らぬ誰かを好きでいることを、私の狭い心は受け入れられないようだ。けれど、今し方告白を断られた彼女はそうではないようで、彰人の返答からほんの少しだけ間を置いただけで、「そっか」と返す。

    「そうだとは思ってたから、気にしないで」

    明るく、しかし、告白した時とは違う意味合いで震える声で彼女はそう言うと、あはは、と笑う。本当は失恋に泣き出したいだろうに、無理をしているのは、赤の他人である私でもわかってしまうような笑い声だった。強いな、と未だ事実を受け止められぬ己の弱さと小ささを思い知らされた私は、頬を濡らすそれをそのままに、その場を後にした。



    がむしゃらに廊下を走った私は、気づかぬ間に屋外へと来ていた。行くあてもなかったが、とにかく今は誰にも会いたくはなかったため、誰もいないだろう校舎裏までトボトボと歩いて、校舎と外を繋ぐ扉の前にある段差に腰を下ろす。年を越してひと月経ったとはいえ、まだまだ気温も低く、涙で濡れた頬を撫でる風は凍えるような冷たさだ。

    ゴソゴソと誰にも渡せなくなったそれを取り出して、口を縛っているリボンを解く。初めて作ったチョコレート。難しいものはどう考えても無理だったので、既製品を溶かして型に流し込むだけの本当に陳腐なものではあるが、気持ちはたくさん込めたのだ。

    (……だからこそ、渡せないのだが……)

    本日何度目かのため息が口から漏れた。相棒として日頃の感謝を伝えるためのものではあるが、その奥には恋慕がある。それを隠しているとはいえ、想う人のいる彰人に渡すわけにはいかない。もう一度深い息を吐き出して、ひと粒を摘みあげるとラッピングを剥ぎとる。ありきたりで何の意外性もないハートの形。気持ちを形にするのなら、とこれを選んだけれど、今にして思えば、本当の想いを隠しきれていなくて、笑いが出た。

    誰の元にも行くことができなくなってしまったチョコレートは胸の中にある汚泥と共に捨ててしまいたいけれど、まがいなりにも食べ物ではあるため、ゴミ箱に捨てることは躊躇われる。また、ため息を吐いて私はそれを自身の口の中へ放り込んだ。

    「……ふふ、甘いな……」

    夢に一途で、運動が得意で、それでいてお洒落さんで、格好よくて、勉強にはあまり真面目ではないが、それでも優しくて、いつだって、周りをよく見ている彼だから、きっと、色んな人からチョコレートをもらうだろう。そう思ってあえて甘い物好きの彰人の口に入れるものとしては甘さを控え目にしたハートのチョコレートは、けれども私の口にはとても甘くて、甘すぎるのに――

    「……甘いのに、しょっぱい、な……」

    しょっぱくて、変な味がした。


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