タチの悪い女崩れ、倒壊した建物が放置された瓦礫だらけ街。空はこの世界を表すように、酷く澱んでいた。今日もどこかで誰かが誰かの命を刈り取って自分の命を繋いでいく。そんな自分勝手な街で生きるあたしの隣には、崩れたビルの大きな瓦礫にちょこんと座り、呑気にタピオカの入ったドリンクに舌鼓を打って、もちもちと美味しそうに咀嚼する女が1人。金と黒の長い髪に、金の瞳。黒を基調とした服の下は短めのスカートにガーターベルトの付いたニーハイで、油断すれば下着が見えてしまいそうである。まぁ、こいつのことは別にどうだっていいので、男共に下着を見られようが、襲われていようが、構いはしないのだが。
(……にしても、ここにいる男は見る目ねぇよな)
先ほどからこの女――青柳冬弥が足を組んだり、組み替えたりするたびに道を歩く男の視線が彼女の下半身に吸い寄せられている。冬弥はそれを気にする素振りを表面上見せてはいないが、中には立ち止まって見つめている者まで出始めていた。
(…………なーんで気づかねぇかなぁ……)
お前らが釘付けになってるそれは、ただの餌だってのに。
あたしは周囲で起きている事態に溜息をつく。本当にタチの悪い女だ。そうやって肉体の一端をチラつかせ、その色香に惑わされた男がいれば、ありとあらゆるものをそいつから搾り取り、その癖餌として使った自分の体には指1本、触れさせない。それがこの女の生き方。今彼女が口にしているタピオカドリンクだって、そんな男の懐から出された金で手に入れたものである。
(男ってバカばっか)
手を伸ばしたって手に入らないのに、過去こいつに引っかかった男は、今でもずっと彼女を求めて金を貢いでいた。きっと明日には彼女に食いついているだろう今にも股間を触りだしそうな男共を哀れに思いながら、あたしは再度深い息を吐き出す。
「……彰人」
「…………あ?」
不意に隣から鈴を転がしたような繊細な声が発せられ、ちょいちょいと袖を引かれた。それは件の女のもので、彼女は男を誘うのに飽きたのか、ジーッとこちらを見つめ、「彰人」とまた、名を呼ばれる。その視線の意味するところは、ムカつくことにそれなりに長くなる付き合いの中で、理解していた。
ここにいる男はバカばかりだ、とあたしは思っている。この女の手の平でコロコロ、コロコロ転がされて、財布にされて。そうして自身の手には何も残らない。本当に、バカばかり。そう思ってはいるのだが――
「彰人」
早くしろ、と男漁りに明け暮れている割に存外欲求不満らしい女があたしを求めて、グイッと袖を引き、誰にも触れることを許さない肉体を寄せてきた。もにゅり、と無駄に大きな乳房があたしの体に当たって、柔らかく形を変える。
「仕方ねぇな」
こいつのことはどうだっていい。友人でもなければ、恋人でもなんでもないのだ。けれど、男共が強く惹かれている通り、この女の肉体は中々に具合がいいのもまた事実。
「あたしも溜まってるし、付き合ってやるよ」
胸倉を掴み、文字通り冬弥の唇に噛み付く。ブチリと薄い皮膚が破れ、溢れる赤を舐め取ると鉄臭い血液の味が口内に広がった。彼女が座っている瓦礫にあたしも乗り上げ、そこに押し倒す。その際後頭部を打ち付けたのか、お綺麗な顔が僅かに歪んだが、そんなのはあたしにとってはどうだっていい。早急にコトを進めようと、ニーソとガーターに守られた白い足に指を這わせる。期待しているのか、想像しているのか、冬弥の呼吸が徐々に乱れていく。
いくらでも使える竿はいるのに、どうしてか、こいつはいつもこの行為にはあたしを使う。もちろんあたしもただで使われる気はないため、こいつの体を好き勝手使っている。それの何をこんなにも気に入ったのか。それだけは今でもよくわからない。
ただ、ひとつ言えるのは――
人々が隣を過ぎ去る道の端で、はふはふ、と発情する雌犬のような吐息をかけ合い、互いに互いを使って好き勝手性欲を発散していると、数人の男があたし達のすぐ横まで歩いてきた。
「なぁ、女2人でそんなことしてねぇでさ、俺達と遊ばねぇ?」
何度も、何度も言われてきた的外れの言葉に、あたしも冬弥も思わず顔を見合わせる。そして、男達へと向き直り、中指を立てて口を開いた。
「男はお呼びじゃねぇんだよ」