すべての授業が終わった放課後。図書室の前。
部活に行く生徒や、そのまま帰路につく生徒で賑わう廊下の片隅で彰人は携帯を弄りながら、しかし意識は室内から聞こえてくる声に向けていた。
「すみません、これ借りたいんですけど」
「はい」
(……またか)
チラリとすぐ傍にある扉から中を覗いて、げっそりと溜息を吐く。それは一見すればなんの問題もない普通の光景だったのだが、彰人にはそうは見えなかった。
彰人の視線の先にはカウンターへ借りるために本を持って来た男子生徒と、それに対応する冬弥がいる。それはいい。それだけなら図書室でよく見る光景だ。彰人が見過ごせないのはその男子生徒の表情。それが明らかに、そうとしか思えないものだった。
(あいつも、冬弥狙いか)
たまに、いや、かなりいるのだ。本を借りるというのを口実に、彼女に会いに来る輩が。今回の男子もその類のようで、ほんのり頬を染めて冬弥を見つめている。ただ本を借りに来た人間のする顔ではないし、何より目がそう語っていた。しかし、どう甘く見積もっても懸想しているとしか思えない視線を受けている本人は、時間を引き延ばそうと無駄話を挟む男子を他所に無情なほどテキパキと貸出の作業を終え、本を差し出した。
(まぁ、気持ちはわかるけどな)
女子としては高い身長に、発育のいい胸部。それでいて全体的に線は細く、勉強もできるハイスペックな美人。となれば狙わない方がおかしい。だから、こうして何かにつけて接触してくる人間がいる。
まったく、と溜息をひとつ。
真面目に応対する姿は可愛らしくはあるが、相手からそういう目で見られているとなると、話が違う。
「あ、あのっ、青柳さん、この後……」
「……?」
「冬弥!」
「………彰人?」
本を受け取り、用を済ませても食い下がろうとする男の声をわざと遮りながら冬弥を呼ぶ。すると彼女は小首を傾げてから時計を確認すると、もうこんな時間か、と男子にもうすぐ図書室を閉める時間であることを告げ、帰るための作業を始めた。
*
「冬弥、お前気を付けろよ?」
「……気を付ける?」
あまり人通りのない夕陽に赤く照らされる道を歩きながら、思い出すのは図書室での出来事だ。あの男子はカフェか、店か、どこかに冬弥を連れて行く気だった。たとえ割り込まずとも、そもそも今日は一緒に帰るつもりだったのだから不測の事態になることはなかっただろうが、彰人がバイトの日などにああいうことになることもある。彼女を別の男に取られるなんてことは考えてはいないが、それでも上手く誘導されて危ない目に合わないとは限らない。
どんなに背が高くとも、冬弥は女の子なのだから。
「お前狙いの奴は多いんだから、少しは警戒しろってことだよ」
「……私狙い?」
心底理解ができないという顔で、冬弥はまた首を傾げる。
「お前頭いいのになんでそこだけ理解できねーんだよ」
相変わらず自分の魅力について自覚できていない様子の彼女を少しおかしく思いながらそう言うと、冬弥は「彰人が意味のわからないことを言うからだ」と、ムッと唇を尖らせた。