我が都立神山高校図書室には現在アイドルと評するのに相応しい女生徒がいる。彼女が図書委員となって当番としてここにいる時間の本の貸出率が異様に高いことを、彼女は知らない。そんな無自覚なままアイドル視されていた、今もカウンターで貸し出しの対応をしている女生徒の名は、1年B組青柳冬弥。
どうして彼女を求めて生徒達はこの場所を訪れるのか。それは至極簡単だ。彼女が単純に絶世の美少女だからである。
誰かに踏み荒らされる前の新雪のような白い肌に、サラサラと指通りの良さそうな手入れの行き届いた青く長い髪。初対面では冷ややかな印象を与えられるものの、本を借りる際など言葉を交わせば案外柔らかくこちらを見てくれる銀の瞳。そして、そのすぐ下にある高校1年生とは思えぬ色気を放つ泣きボクロ……等など。人を惹きつける要素を上げればキリがない。青柳冬弥とは、そういう女生徒だった。
だがしかし、恐ろしいことに最も彼女が人々、特に男のこか……失礼、心を鷲掴みにしている要素は別にある。
「ごめんなさい、私ちょっと先生に呼ばれちゃって……」
本の整理をしていた女生徒が、カウンターにいる彼女と、共にカウンターで作業をしていたもう1人の生徒に申し訳なさそうにそう言った。それに対し彼女は嫌な顔もせず「わかりました」と頷き、もう1人へと貸し出し作業を頼んでカウンターを出ていく。本の整理を女生徒に代わってやるつもりのようだ。これ自体はままよくあることで、この図書室にある本の場所をほぼすべて暗記しているらしい彼女はその作業が異様に早い。それゆえ、誰かの代わりにそれを行うことも多いのだ。
しかしながら、彼女がそちらに行くということはカウンターで彼女と交流を持つことができなくなる、ということでもある。だが、それを残念がるのはまだまだ青柳冬弥という女生徒の魅力をわかっていない素人のみ。真のファンはこの事態こそを望む。
青柳冬弥というこの図書室のアイドルとの触れ合いを求めて借りられ、その役目を終えて返ってきたものを含む複数の本達を彼女が抱える。胸の下あたりまでの高さに何冊か積み重ねられたそれが持ち上げられ、男子数名がその瞬間を拝もうとそちらへ視線を投げた。
たぷん、と確かめずともわかるほど柔らかいそれが本達に押し上げられて揺れる。それを見た一部から、おぉ……と静かな図書室に抑えきれなかった感嘆の声が僅かに漏れた。そう、青柳冬弥は顔立ちが整っているだけではなく、なんと胸部も実に豊満なのである。しかし本を持ち上げるところを見られているなどと思いもしていないであろう本人はスタスタと1冊目を棚に戻すため、どよめきなど微塵も気にしていない足取りで目的の場所へと足を向けた。
追っかけと化した者は彼女の後を素直に心と股間が求めるままに追い、またある者は彼女が見やすい位置を確保する。歩む彼らの中には姿勢がすでに少し前屈みな者もいたりするが、まぁ、多めに見てあげてほしい。
無自覚なまま、一定の距離を保って熱い視線を送り続ける彼らを引き連れ、時に屈み、時に背伸びをしながら彼女は返却された本を指定の場所へと戻していく。そして訪れた最後の1冊。彼女はその本のタイトルを見てほんの少しだけ眉を顰める。それは彼女を追いかける男子生徒達にとってはオカズ……もとい、ご褒美の時間であることを示すものであった。あちらこちらでゴクリと生唾を飲む音がして、ただでさえ熱く、火傷してしまいそうな視線にさらなる熱がこもる。
また場所を移動した彼女はその本の定位置を見上げ、そして、精一杯背伸びをした。爪先で立ち、本を持った手を必死に伸ばして棚の最上段、そこにぽっかりと1冊分空いているその隙間にそれを入れようと、懸命に背筋を伸ばして背伸びをした。
「……んっ、ぅ……ん……!」
全身に力が入っているのだろう。時おり彼女の口からは普段の声とはまったく色の違う声が漏れ出て、その度に男子生徒が1人、また1人と股の辺りを押さえて屈んでいく。しかし、それだけではない。彼女が本を戻そうと棚に手を付き、背を伸ばすたびにその細い体が棚に密着して、その背と体重に行くはずだったであろう栄養のすべてを吸収したのではと疑われるほどによく育った胸部が、もにゅりと棚に押し付けられて形を変えていた。
これが、青柳冬弥目的で図書室を訪れる男子諸君が本の整理を望む真の理由。
彼女は容姿端麗なのはもちろん、胸の発育がよく、そして身長が低いのだ。本人が語らないためわからないが、おそらく150cmはないと思われる。そんな青柳冬弥はこの図書室に存在する本棚の最上段に手が届かない。それを彼らは理解しており、最上段の本が借りられて彼女がそれを戻す姿を心待ちにしている、というわけだ。
そんなことを望まれているとは知らない彼女は、辺りをキョロキョロと見渡し、台を探し始める。高い位置に手が届かず、困っている低身長の彼女。声をかけて手を貸すという大義のもと、その柔らかな肉体に触れるチャンス。あわよくばお近ずきに。それまで彼女の、主に体を食い入るように見ていた周囲はそんな欲望を抱いて、彼女に駆け寄ろうと足を踏み出そうとした。
だが、そんな彼らの夢はたった1人の男子によって見事に打ち砕かれる。
「冬弥、また届かないのか?」
「……彰人?」
彼の登場にきょとんとする彼女の手から本を取って、彼はスっとその本を元の位置に戻した。
すまない、ありがとう。
そう言って心做しか頬を染める彼女の頭を軽く撫でた彼が、そこかしこで股間を押えながら恨めしげに彼を睨みつける男子生徒達に勝ち誇ったような笑みを向けていることにも、彼女は気がついていないのだろう。
これが、我らが都立神山高校図書室のアイドルこと青柳冬弥の現在である。
…………あぁ、最後に。
トイレだったら急いだ方がいい。多分これからこの階の男子トイレがそれなりに混むことになる。
では、私はこれで。