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    おたぬ

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    おたぬ

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    ドッペルゲンガー

    例えば、それは何度もしてきた彰人との練習の時。声を重ねて、視線を絡ませて、息を合わせて。そうして私の音と彼の音がひとつになる瞬間に、私の心臓は大きく跳ねるようになった。ドキン、と不自然に脈を打って、私の体はライブで盛り上がった時とは違った体温の上がり方をし始める。

    ダメだ。やめろ。雑念は捨てろ。歌に集中しろ。彰人の望む音。彰人の望む相棒の姿。それだけを考えろ。

    そう何度己に言い聞かせても高鳴る胸は収まらず、どころかそれは悪化の一途を辿った。歌っていなくとも彼と手が触れ合うだけで早鐘を打ち出す胸に、笑顔を向けられただけで熱くなる頬。それらに気がついた頃には、以前までは相棒として当たり前のように受け止めていたそれらに、過剰に反応してしまい平静を保てなくなっていた。

    こんなことは初めてだ。だが、自分がどうなってしまったのかは幸いなことに理解できる。私は彰人に恋をしている。彰人との関係に、相棒という居場所に恋愛を持ち込もうとしている。けれどダメだ。それはダメだ。あってはならない。今だって歌に集中できず、疎かになっている。こんなのは許されることではない。どうして彼が私に声をかけたのか、彼が私に求めているものを思い出せ。勘違いをするな。

    そうやって私は私を止めようとするのに、彰人の優しさに心はすぐにコントロールを失って愚かにも舞い上がる。そんな自分を前に、いつしか私はこう願うようになった。

    もう1人、彰人が望んだ通りの青柳冬弥がいたらいいのに、と。決して彼に恋情を抱かず、彼の期待に応えられる最高の相棒である青柳冬弥。そんな自分がいたなら、きっと。

    私はずっと彰人の隣にいられるのに、と。

    彼女が私の前に姿を見せたのは、練習の予定がある日曜日の朝。身支度のために立った鏡の前、いや、鏡の中だった。何かが存在するはずのないその場所で、彼女は口を開く。

    「こんにちは。はじめまして。私はお前の分身だ」

    鏡の中にいる彼女の2色の青と灰色の目はよく見慣れたもので、私と同じ造形をしていた。なのに、ニヤリと笑う顔は私とはあまりにもかけ離れていて、気持ちの悪さを感じさせる。もう1人の自分という現実味のない目の前のそれに、疲れているのだろうか、それともこれは夢なのかと思案する私を嘲笑って、鏡の中の彼女は続けた。

    「もう1人自分がいたらと願ったのはお前だろう?」
    「え?」

    たしかに、考えた。彰人の求める私がいたら、と。恋なんてしない、完璧な相棒の青柳冬弥がいたらいい、とたしかに願った。

    でも、まさか、そんなことが……?

    疑念の目を向ける私に、彼女は可笑しそうに笑って頷いた。

    それから、私は彼女と入れ替わりながら日常を送るようになった。恋心が邪魔になる時はもう1人の自分任せて、その他を私が済ませる。そうすることで、完璧な青柳冬弥を成り立たせた。その生活を始めたばかりの頃は、まるで彰人を騙しているようで申し訳がない気持ちもあったが、恋をしないもう1人の私は歌に雑念などなく、彼も満足そうにしていたので次第に気にならなくなった。

    彰人が望む青柳冬弥になれた。
    そのことが純粋に嬉しい。

    『今日シフトの変更で時間できたから練習しないか?』

    元々予定のなかった日曜日。彰人から来たメッセージにすぐ了解の返事をして、傍らに立つ彼女に声をかける。

    「頼めるか?」
    「あぁ、もちろんだ。私はお前の分身だからな」

    見慣れた私の顔が見慣れない笑顔を浮かべるのはだけは、どうも慣れない。だが、それも彰人のためだと思うとやはり気にならなかった。

    入れ替われば、もう1人の私に任せれば、彰人の相棒として相応しい歌を青柳冬弥は歌える。それは私にとってとてつもない安心感を与えてくれた。だからこそ、止められなかったのだ。少しの力で転がり始めた小石が、自分の意思で止まれないように。私は彼女に頼り続けた。

    それは練習に明け暮れたらしい日曜日の次の日。つまりは月曜日の朝。

    「なぁ、冬弥。昨日言ってたライブの話なんだけどよ」
    「…………え?」

    彰人の言葉に私は凍りついた。
    彰人は2枚のライブチケットを片手にB組の教室へとやって来たのだが、しかし、そこが問題なのではない。

    (………ライブ?)

    彰人が手にしているのはここ最近で一気に名を上げてきた新進気鋭のユニットのものだ。つまり私たちがライブに出る、という話ではなく、そのユニットのパフォーマンスを見に行こう、ということだと察することができる。

    (なん、で……?)

    そんな話はまったく聞いていない。記憶にない。入れ替わっている時に出た話としても、共有はされるはずだ。なのに、ライブのことなど私は知らない。嫌な胸騒ぎがする。

    果たしてその予感は当たっていた。それを皮切りに私の知らない約束、私の知らない青柳冬弥の話を彰人は時々するようになったのだ。その原因は考えるまでもない。もう1人の私だ。彼女が勝手に彰人と話をしている。なら、できる対処はひとつだけ。

    (入れ替わるのを、やめないと)

    それで、すべて元に戻る。そう考えた私は次の土曜日の午前中、彰人と2人の練習に入れ替わることなく自分の足で向かった。通い慣れた公園で軽く声出しをしながら、彰人を待つ。変わらない日常だった光景。もう1人に任せるようになってからも歌は歌い続けていたし、きっと平気だ。私が深呼吸をして気持ちを落ち着けている間にやって来た彰人は挨拶もほどほどに曲を流し、練習を始める、けれど。

    「………冬弥、お前なんかあったのか?」

    歌いだして数分。曲数にして1曲。たったそれだけの時間で彰人は歌うのをやめ、私にそう言った。昨日までと全然違う、と。彰人は優しい。だから、その言葉は労りなのだろう。私はよく父との確執で体調を崩してしまっていたから。だけど、今の私にはまったく違う意味に聞こえてしまい、ヒュっ、と息が詰まる。底の見えない穴に突き落とされたような恐怖に、カタカタと震え出す手を握り締めて隠した。

    「おい、冬弥?マジでどっか悪いのか?」

    慌てる彰人の声が酷く遠くに聞こえる。彰人の声だけじゃない。鳥の声も、車の音も、何もかもが1枚壁を隔てたように、あるいはテレビ画面越しのように現実味のないものに感じられた。気持ちが悪い。まるで、世界そのものに拒絶されているようだ。ここに、お前の居場所はないのだ、と。そう言われている気がしてならなかった。



    気がつくと、私は自室のベッドに倒れ込んでいた。どのような形で練習が終わったのかも、どうやって帰宅したのかもわからない。ただ、メッセージの着信音が間を置かずに鳴り続けているから、あまりいい終わり方ではなかったようだ。

    「……昨日と、違う……」

    私の一番大切な所に突き刺さった彰人の言葉。昨日と違う。そう言って彼は歌を止めた。つまり、それは。

    「わかっているんだろう?」

    ベッドの傍らに突然現れた私が楽しそうな声色でそう言った。

    「もう、お前の居場所はここにはない」

    彰人はもう、お前の歌を求めていない。

    求められている青柳冬弥は自分なのだと、嬉しそうに、満足そうに、私が笑う。どうして、こんなことになってしまったのだろう。私はただ、彰人の望む私になりたかっただけなのに。そのためには彼への愛が邪魔で、だからこうすることを選んだはずなのに。どうして。

    「私が彰人の相棒として生きる。彰人もそれを望んでいる」

    選ばれた私が、勝利宣言を告げた。
    溢れる涙が頬を濡らし、シーツに染みを作っていく。認めたくない。私が青柳冬弥のはずだ。少なくとも、もう1人の私が現れるまでは、私が彰人の唯一の相棒だった。そのはずなのに。

    昨日までと全然違う。
    それが彼の答え。

    次の朝、目が覚めると鏡の外には楽しげに身支度を整えるもう1人の私がいた。






    多分鏡越しの彼氏のキスで元に戻る(適当
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