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    おたぬ

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    おたぬ

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    23歳ノンケ🍁×31歳ゲイ❄

    話としては一区切りというか、ここから新しく始まります。
    ❄が本格的に🍁の嫁として動き始めたり、2人の過去の精算だったり…また色々ある感じです。

    指を、足を、舌を、そして、時おり唇を離して視線を絡ませる。それなりに長い間あの人の恋人として生きてきたけれど、あの人に愛された記憶が遥か遠く彼方にしかない俺は実のところ、互いの唇を合わせる、このキスという行為にあまり慣れてはいない。そのため起き抜けに何度も繰り返されるそれにすぐ呼吸が苦しくなって根を上げてしまった。そんな俺を前に、「可愛い」と呟いた彰人は苦笑するとくしゃりと俺の頭を撫でる。これではどちらが年上かわかったものではない。別段年上を敬えなんてことを言うつもりはないが、可愛い可愛いと頻りに言われ、何となく気恥ずかしくなった俺は紅潮した頬を見られたくなくて、もぞもぞと彼の逞しい胸板に顔を埋めた。すると触れた彼の胸からドクンドクンと少し早い鼓動が聞こえてきて、ドキドキしているのは自分だけではないのだと、俺とのキスに彰人も胸を高鳴らせてくれていたのだと、彼への愛おしさが溢れて、笑みが零れる。

    「……ふふっ」
    「冬弥さん?」

    俺の名を呼び、なおも整えていない俺の髪を掻き混ぜる彼の声はあの人とは違い、春の木漏れ日のようにとても穏やかで、暖かい。俺がずっと欲しくて、過去に一度手を伸ばして手に入れたはずなのにいつしか失くしていたそれが、今、俺の手の中にある。すべて、そのすべてが彰人のおかげ。彼が俺を諦めずにいてくれたから、俺はこうして生きている。

    「いや、何でも……ただ、幸せだな、と、そう思っていただけだ」
    「なんか……朝起きただけで大袈裟すぎません?」
    「ん、そうだろうか……?」
    「そうですよ……まぁ、オレも幸せなんで、否定はしないですけど」

    俺の髪に唇を寄せて、彰人は可笑しそうにそう言った。

    (……大袈裟……。大袈裟、なのか……)

    緩やかに流れるこの時も、愛する人からの口付けも。俺にとっては有り難いことであっても、本当は極有り触れた、当たり前のものなんだろう。初めての交際があの人だった俺は未だ信じられないが、本来の恋人関係とはそういうもののはずだ。

    (この朝が……当たり前……)

    明日も明後日もその先も、これが続いて、俺と彰人の新しい日常になる。そんな幸福に俺は耐えられるのだろうか。

    (……あまり、自信はないな……)

    「冬弥さんからオレと同じシャンプーの匂いがする……」なんて、可愛らしいことを小声で言っている可愛い年下の彼氏に「同じものを使わせてもらったからな」と返して、俺は紅潮の治まらない頬をそのままに彰人の胸から離れ、ちゅっ、と己のそれを彼のそれに重ねた。



    数分……いや、数十分……もしかしたら1時間ほど経ったかもしれないが、目が覚めてから起き上がることもなく行われた触れ合いは、甘い雰囲気を一撃で打ち砕く、くぅ……という情けない俺の腹の声に終わりを告げた。

    「……すまない、彰人……」
    「いや……っ、ぷっ、ふふ……まぁ、腹は減りますよね……何も食ってない……ですし……」
    「笑いが押さえきれてないぞ、彰人……」

    ようやく体を起こしてベッドから立ち上がった彰人は楽しそうに、笑いで言葉を詰まらせながらスタスタと歩き、ひとり暮らし用だろう小さな冷蔵庫のドアを開けて中を覗き込んだ。冷蔵庫と、それから上段のおそらく冷凍庫も確認した彼は眉間に皺を寄せ「あー……」と声を上げる。

    「どうかしたのか?」
    「んー……すんません。冬弥さんにはできればちゃんとしたものを食べてほしいんですけど……」

    色々と気まずそうに濁した彼は何も取り出すことなくバタンとドアを閉めると、今度はキッチンの棚を開く。

    「今家に何もなくて、朝はこれで許してください」

    ゴソゴソとそこを漁り、彼が手に取ったのはじっくり見なくともひと目でわかる、カップ麺。彰人が持っているそれのパッケージは知らないものではあったが、俺自身、体を売って時間がなかった時などによく食べたものだ。許すも何も、そもそもこちらはお世話になる身の上なので、食事のメニューに文句などない。しかし、自宅の冷蔵庫に朝食すら作れほどに食材がないとは……。男性のひとり暮らしとはこういうものなのだろうか。

    「彰人はあまり自炊をしないのか?」
    「……いえ、節約のためにします。今は本当にたまたま……たまたま切らしてるだけです」
    「そうなのか」

    たまたま、というのを異様に強調して彰人はそう言うと、いくつかのカップ麺をテーブルに並べ、どれがいいかを問うてきた。俺はベッドを離れると、それらが店頭に陳列されるが如く次々と並べられるテーブルの前へと移動して、種類様々な麺類達を順番に確認する。オーソドックスな醤油ラーメンに味噌ラーメン。とんこつにシーフード、そして少し辛そうなものに、蕎麦やうどんまで。

    「随分たくさんあるな……」
    「……まぁ、買い貯めてたんで」

    やかんに水を注いでいるその男らしく広い背中を眺め、俺の中に、もしかしたらこれは思っていた以上に彰人の食生活は酷いことになっているのでは、という疑惑が浮上した。

    (……これは、俺がきちんとバランスのいい食事を彰人に用意しなくては……)

    俺にはちゃんとしたものを……と彼は言っていたが、そんなことはどうだっていい。時間さえ確保できれば俺1人ならどうとでもなるし、これから一緒に暮らすのならそれくらいはさせてほしい。よし、後で提案してみよう。心の中でそう小さく決意して、俺はハズレがなく無難そうなカップラーメンを手に取った。それと時を同じくして、彰人が「そうだ」と口を開く。

    「冬弥さん、お湯沸かしてる間にそっちで顔とか洗って……使い捨て歯ブラシの場所はわかります?」
    「あぁ、昨日教えてもらったから大丈夫だ」

    言われた通りにカップ麺を彼に託し、脱衣所と隣接した洗面台へ、俺は足を向けた。ガラリと戸を開き、大きな鏡の前に立つとその中には僅かに髪の乱れたままの俺が立っており、左右逆転した自身の姿に俺は首を傾げる。

    鏡なんてあの人と暮らしていた時にも毎日確認して、毎日顔を突合せていたのに、どこがどう違うとはっきり言い表せはしないものの、そこにいたのはその頃と似ても似つかない別人のような俺。本当にそれが自分か疑わしくて、そっと自分の頬に触れる。

    (……俺はこんな顔だっただろうか……)

    そのまま頬を摘んでみても、ちゃんとした痛みが走る。

    (なぜこんなに、緩んで……?)

    むにむにと緩みきったそこを両手で包み、揉む。年下の恋人相手に年上と偉ぶるつもりはない。ないけれど、こんなゆるゆるの顔では恋人として相応しくない。

    (……気を引き締めなければ……)

    キュッ、と意識的に眉を吊り上げて棚から業務用と思われる大量の使い捨て歯ブラシのひとつを出し、歯磨き粉をチューブから歯ブラシの上に乗せて、パクリと口の中に。

    何はともあれ、これからだ。
    少しずつ幸せが壊れていった過去を思い出し、身震いする体を落ち着かせる。

    (もう間違えないように……)

    そして、これから始まる新しい生活がどうか幸せなものでありますように。

    キッチンから聞こえてきた彰人のご機嫌な鼻歌に、俺は込み上げる涙を拭った。
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