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    おたぬ

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    おたぬ

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    おでこに吊革が当たるだけ

    男の子なので。青柳冬弥は高校に入学し、人と交流を重ねるようになってからというもの、周囲からはこう言われていた。

    『イケメンというより、美人』
    『カッコいいというか、綺麗』

    どうして自身の容姿がそう表現されるのか、彼にはてんでわからなかったが、それが世辞であれ、社交辞令であれ、おそらくは褒めてくれようとしているのだと思っていた。なので、「そうなのか?」と首を傾げつつも、彼はその言葉達をありがたく受け取っている。けれど、唯一、ただ1人だけ、それとはまったく違う言葉をくれる人がいた。

    美人でも、綺麗でもない言葉。それを、その人は愛おしげに、甘い声で囁く。

    『かわいい』と。

    もしも、これが見ず知らずの大人に言われたのならば、冬弥も気にはしなかっただろう。大人から見れば、自分のような10代の学生はそのように見えることもあるだろうし、そう見られたとて気に止めるようなことではない。そう思えた。だが、そうはならなかった。なぜか。甘い声で愛しげに告げてくるその人が、冬弥の最も愛する人だったからだ。

    彰人と交際して早数ヶ月。初めてのキスをするまではそれなりに時間を要した――と言っても冬弥には比較対象はないのだが――ものの、互いに欲を向け合えばそこは健全な男子高校生ということもあり、愛が性欲に結びつくのも早かった。そんなわけで、あまり教育によろしくないこともたくさんしてきた彼らは中々の頻度で肌を重ねている。そして、その度に彰人は必ずそれを言うのだ。

    例えば、抱擁している時に。
    例えば、体を繋げている時に。

    愛の言葉と共に、『かわいい』と。
    それが嫌なのではない。彼にとってそれは好ましいことなのだというのは声や態度でわかるし、初めて言われた時は「男の俺のどこが可愛いんだ?」と疑問に思ったりもしたが、体の隅々まで愛されながら何度も何度も繰り返し言われるうちに、自然と体はその言葉を喜んで受け入れるようにもなっていた。だから断じて嫌ではない。

    しかし、同時に冬弥はこうも思う。

    『かわいい』ではなく、『カッコいい』とも思われたい、と。
    もちろん、自分の見た目がそちらではないことは、なんとなく感じている。けれども、いつもカッコいい彰人に自分がドキドキと胸を高鳴らせているように、彰人にも自分にドキドキしてほしいのだ。

    なにせ、健全な男の子なので。好きな人にはそう思われたいという欲くらいは、彼にもほんのりとあるのである。



    恋人にカッコいいと思われたいと考え始めてから数週間が経ち、冬弥はある方法を思いついていた。それはデートの時に普段と違う格好をして、見慣れぬ姿にときめいてもらう、というもの。単純だが、決まれば効果は大きいだろう、と参考にしたネットの記事に書いてあった。

    (……だが、これで本当に彰人はドキドキしてくれるだろうか……)

    練習のない休日。即ちデート当日の自宅にて、冬弥は姿見に映る己を前に、むむむ、と眉間に皺を寄せている。そこには流れるがままにしている髪を真ん中から分け、さらに彰人が選んでくれるものからがらりとテイストを変えた服を見に纏った自分。少々クラシックをやっていた頃を思い出す風貌だが、彰人からは目新しく見えるだろう。

    常は隠れているおでこが見えているというのは慣れないが、すべては自分にときめく彰人を見るためだ。おかしなところがないかを入念に確認し、冬弥は軽い足取りで自宅を出た。

    いつも流れるようにすぐ合流し、そのまま目的地に向かうが、今回のデートは待ち合わせ場所までひと駅分距離がある。なんでも、待ち合わせをするのもデートの醍醐味、なのだそうだ。休日の予定を話している際、『待ち合わせをしてみたい』とお願いをした時は彰人にきょとんとされたが、彼は快く首を縦に振ってくれた。

    (やはり、彰人は優しい)

    駅のホームに立ち、早く会いたい気持ちに胸を踊らせて、電車を待つ。程なくして、電車が到着する旨を伝えるアナウンスが鼓膜を揺さぶった。緩やかに減速し、停車したそれから降りる人が波を作り、それが止めば、今度は逆流するように四角い金属へと押し寄せ、あっという間に席は埋まっていく。流れに身を任せていた冬弥は設置されている手摺りを支えに壁面に沿って存在する座席の前に立った。そうして他の乗客達も乗り終えると、止まった時同様、鉄の塊はまた徐々に速度を上げ、滑るように駅を出発する。

    酷く混みあっているわけでもなく、かといって空いているわけでもないそこで、冬弥はボーッと流れ行く窓の外を眺めていた。電車での移動と言えど、たったひと駅だけ。何かをするにはあまりにも短い時間だ。だから、きっと油断してしまったんだろう。

    あぁ、今日はカラッとしたいい天気だ。雨の日や、湿気の多い日は髪が言うことを聞かないのか、彰人は少しだけ髪を気にする素振りを見せるから、何も気にせずいられるのなら、よかった。なんて考えていた冬弥の視界の端に突如として現れたのは、白い輪っか。分岐点に差し掛かったのか、少しばかり強い揺れが車内を襲い、それによって振り子のように揺れたそれは、ぽやんとこれから会う恋人で頭の中をいっぱいにさせていた彼の、いつもは青い髪で隠されている額目掛け、一直線に突進を決めた。

    ぺちっ。

    迫り来る白い輪を止めることも避けることも叶わず、静まり返っていた密閉空間にそんな小さな音がひとつ落ちた。



    『待ち合わせというものがしてみたい』

    休みにどっか行くか、という問いかけに返ってきたのが、それだった。たしかに思い返せば、学校生活でもプライベートでも、いつでも決まったいつもの場所で合流しているので、漫画やドラマで見るような待ち合わせをしてのデートというのを彰人と冬弥はしたことがなかった。なるほど、と彰人は恋人の要求に納得はしたが、デートではなく、待ち合わせの要望とは。

    色々なことに興味を示す彼らしいと言えばらしいそれに、彰人は笑って頷いた。そして、今日がその待ち合わせをする日である。場所は駅前にあるやたら目立つ像から少し離れたベンチ。像のすぐ近くでは人があまりにも多いので、人混みを避けたところ、そういうことになった。

    (もうそろそろ来てもいい時間だが……)

    携帯を見てみれば、予定した時刻の少し前。律儀で真面目な彼ならば、もう姿が見えてもおかしくない。キョロキョロと辺りを見回してみれば、予想した通り、見慣れた青色が小走りにこちらへと向かってきていた。

    「ん、とう……や?」

    愛しい彼の名を口にしようとして、しかし、それはすぐに勢いをなくした。それは冬弥の癖もなくサラサラと指通りの良い青が常とは違い、センターから横に分けられていたから、だけではない。いや、それはそれで彰人を驚かせ、惚れ直させるには十分な衝撃と美しさではあったのだが、それ以上に気になったのは、外界に曝け出された彼の額。幼少の頃に外での活動を制限されたゆえか、生まれつきか、日に焼けることなく抜けるような白さを保っている白磁のそこが、ほんのりと赤くなっていたのである。

    「すまない彰人……待たせてしまったか?」

    困惑する恋人と、己の赤い額をそのままに、申し訳なさそうに眉を下げてそう言った冬弥へ、彰人は言おうか言うまいか、瞬きの間、迷った末に口を開いた。

    「あー……時間なら問題ねえけど、お前のそれは平気なのか……?」

    「大分赤いぞ?」と額を示しつつ指摘すれば、やはり痛いのか、「あぁ、これか」と自身の額をスリスリと擦りながら、しょんぼりと冬弥は肩を落とした。

    「……大丈夫ではあるが……しかし、上手くいかないものだな……せっかく彰人にカッコいいと思ってもらえるよう頑張ってみたのだが……」
    「カッコいい……?」
    「あぁ、俺が彰人にそう思ってドキドキしているように、彰人にも……」

    ドキドキしてほしかった、と。可愛いことを言う恋人に心の内でニヤケながら、彰人は赤く染った額を撫で、冬弥の耳元へ唇を寄せると、ひと言、呟く。途端、吊革が当たったそこよりも、ぶわりと冬弥の頬が紅潮した。


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