乱れたシーツ。
朝尊の部屋の、重い空気。
言いたくなかった。
けど、言わずにはいられなかった。
「……ねえ朝尊、どうして私、なの?」
その問いに、朝尊はタバコを咥えながら、ちらと彼女を見る。
「……どうして、とは?」
「だって、わたしは……マフィアでも、武器でも、部下でもない。ただの一般人で。ただ、偶然出会って、たまたま拾われただけで……朝尊にとって、“お気に入りの一人”にすぎなくて……」
震える声。すがるような目。
答えが返ってくることにどこか怯えている。
「好き」と言ったら、自分の中で、全部が壊れてしまうような気がして。
──『あなたが好き』なんて、口にできるわけがない。
沈黙。
ぐしゃりと灰皿にタバコを押し付ける音がする。
朝尊が、静かに言った。
「……誰がそんな、ふざけたことを君に囁いたのかな?」
「っ……え」
「お気に入りの一人?
そんなんじゃあ、僕が“こんなに”執着している理由が説明できないだろう?」
立ち上がる足音。
ベッドの縁に彼女を追い詰めるように、
朝尊が手を伸ばし、顎を上げさせる。
「僕はこれでも一途でね」
いつもより少し低い声。
押し殺したような、感情の濁り。
「僕の世界には“君とその他大勢”の二種類しか存在しない」
「……っ、」
「その他大勢は、死んでも構わない。だけど君は、誰にも触れさせない。君が他の誰かに笑いかけたら、喉元を裂いてでも取り戻す」
「…やだ、それ、」
「怖い?」
小さく頷くと、朝尊は薄く笑う。
「なら、ちょうどいい。僕も、自分の気持ちが怖い。ここまで誰かを愛せるなんて思ってなかった。
君を抱くたび、僕の中の獣が嬉しそうに笑うんだ」
「……どうしようもなく、君の全てが欲しい」
涙が出た。「好き」なんて言えないのに、
こんな言葉をもらってしまって、心が壊れそうだった。
そんな彼女を、朝尊は追い詰めるように言う。
「言ってごらん。“好き”って。世界にたった一人だけでいい。…君の言葉で、僕を救ってよ」
顎を掬い額を合わせる。
先程までくゆらせていたタバコがふわりと香る。
「……っあ……、っ、すき、…すき……っ、だいすき……っ!!」
抱きしめられた。
強く、強く、壊れるくらいに。
その腕の中で、ようやく気づく。
この人は――恋じゃなくて、依存の形でしか愛せない人なんだ、と。
でも、それでも。
わたしは、この人を選ぶ。
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「“愛している”なんて言葉じゃ、生ぬるすぎて困るんだよ」