「……どうして、ここがわかったの」
薄暗い日本のアパート、その鍵付きドアの前。扉を開けた彼女は、そこで“居場所を知らないはずの元恋人"と再会した。
――いや。恋人、だった者。
もしくは
――まだ恋人かもしれない“男”。
「ピッキングだよ、簡単だった。君のセキュリティは、“優しさ”でできているね」
にこりと笑うその顔は、あの日のまま。
けれど手に提げたスーツケースの中身は、麻酔銃、煙幕弾、盗聴器、そして首輪付きのGPS。
「……抗争は終わったよ、君を巻き込んだことは謝る。……君に“あなたの裏の顔が怖い”と言わせてしまったのは、想定外だったなぁ」
「そりゃそうでしょ!!!薬で眠らされて荷台に詰められて帰国させられて…中継地点の部屋で拷問道具と劇薬リスト見つけちゃったら普通引くって!!!」
「ふむ。……確かに。あぁ、そうだ。以前言ってた君の“平凡な家庭を持ちたい”という夢、僕が“日曜限定”で叶えてあげようか?」
「週6でヤバいやつに囲われるとか誰が喜ぶの!!!!」
「君。僕は“日曜だけは白衣を脱ぐ”と言ってるのだよ。なんて譲歩的なんだろう。」
「お願いだから今すぐそのスーツケース持って帰って」
「だめだよ。君を連れ戻しに来たんだから」
「っ、とにかく帰って……!」
玄関の前、扉の縁を両手で押さえて必死に追い返そうとする彼女。
その顔は怒りと困惑と羞恥と、少しの涙でいっぱいだ。
だって、ついさっき――
「僕の仕事道具だよ」と笑顔で見せてきた中身が、
・塩酸入りペン型カプセル
・指紋採取済みの偽造ID
・彼女のパジャマと下着
・誓約書("所有権の譲渡に関する")
だったから。
「……ねえ君、追い返すだけで済むと思ってるのかい?」
朝尊は一歩も動かない。
細い笑みの奥で、瞳だけが狂気と執着に静かに光っていた。
「僕がどんな手段で君を探し当てたと思ってるんだい?君の会社のネットワークからアクセス履歴を辿って、海外出国記録から住民票の一時移動を割り出し、さらに隣人のおばあちゃんには“君の元同僚でいとこ”を名乗って好物まで聞き出した」
「気持ち悪っっっ!!」
「ありがとう。でも君が好きすぎて、調べるのが止められなかった。つまりこれは愛だ。僕は正しい」
「頭おかしいっ……!! 好きだったのに、なんでそんな……!」
「まだ“好きだった”って言えるんだね。では、もう一度“好き”と言わせるまで帰らないことにしようか」
そう言ってスーツケースからそっと取り出されたのは――「君専用・徘徊防止用足輪(GPS付き)」
「やめてええええ!!!!!!!!!」
絡め取られて監禁生活まで秒読みかと思われた──が。ところがどっこい、この女の子、なかなかのタフネスガール。
朝尊のGPS足輪を見ただけでスリッパで弾き飛ばし、渾身の力を振り絞り男を玄関扉の外へ追い出して玄関の内鍵を二重に掛け、逃げ道を確保していた裏口から脱出。
街中では地下鉄5路線を乗り継ぎながら変装メガネ+ウィッグでカモフラージュ、大都会ではネットカフェを転々としながら一度もカードを使わず現金生活。
それでも追ってくる朝尊に対し、彼女は人里離れたド田舎の山村へと身を潜める。
電波は不安定、コンビニも車で50分、「こんなとこ来れまい」と思っていた――
(罠博士朝尊は地理もGPSも完備、迷彩服に身を包み、夜間用ゴーグルを装着して山道に設置した自作の赤外線センサーの反応を見て首をかしげる。)
「どうやらまた“猿ダミー”に引っかかったようだ…君、本当に一般人かい?」
その頃、村のバス停に放置された猿サイズのパーカーとヒーターの罠の2キロほど離れた地点。
彼女は祠の裏に身を潜めてカロリーメイトを食べていた。
(くっそここももうダメ...どんな頭脳してんだよほんと…思いつくこと全部潰される…っ…でも負けられない。私は……普通に、猫とコタツがある生活がしたいんだああ!!)
タフネス彼女 vs 追跡するマッドサイエンティスト、ファイッ