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    meimei3734

    @meimei3734

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    meimei3734

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    エレンへの思いに気づいたものの相棒という立場から踏み出すことが出来ないハリードが、彼女の故郷であるシノンに嫉妬する話です。テスト投稿を兼ねて。

    #ハリエレ
    #ハリード
    khaled.
    #エレン・カーソン
    ellenCarson

    毛布と花束ある日ハリードはエレンと共に山中の道を目的地の町に向かって歩いていた。山を迂回する平地ルートもあったが、先を急ぎたかったハリードが山越えルートを選択した。二人の足なら早朝に発てば余裕をもって夕方前に目的地に着くはずだったが、途中で大型のモンスターが暴れており、なんとか倒したもののモンスターによる倒木や落石のせいで道が寸断され、山を下りられないまま日が傾いてしまった。
    「ハリード、あそこに小屋があるわ」
    先を歩いていたエレンが簡素な木造の建物を指さした。
    「木こりの避難小屋だろうな。よし、一晩休ませてもらうか」
    「ここに泊まるの? まだ日が沈むまで時間があるから、少し休んで急げば夜には町に着けるんじゃない?」
    相棒の提案にハリードが首を左右に振る。
    「山は日が沈むのが早い。まともな状態ならまだしも荒れた山道を夜に歩くのは無謀だ。まして日が沈めばぐっと冷え込むから余計に体力を消耗する。それにこんなちょうどいい小屋がこの先でまた見つかる可能性は低いしな」
    雪こそないものの春まだ浅く、夜には火が欲しくなる季節だ。ハリードの説明を聞き、少し考えてエレンもうなずいた。
    「そうね、道に穴でも開いてたら危ないし」
    「ああ、暗いとお前の手を掴んでやることも出来んしな」
    昼間に崩れた道で足を滑らせたエレンを支えたハリードがからかうと、エレンが赤い頬でにらみ返した。
    「明日は気をつけるわよ、しつこいおっさんなんだから!」
    小屋は物置兼避難小屋のようで、ストーブはあったが生憎薪は無かった。水とビスケットで簡単な食事を済ませると、二人は荷物から取り出した薄い毛布でそれぞれ身を覆って早々に休んだ。

    夜更にハリードはくしゃみの音で目を覚ました。目を開けると暗がりの中でエレンが身じろぎしているのが見えた。夕方よりも風が強まり、吹き込む隙間風が容赦なく室内を冷やしている。ハリードは自分の毛布を掴むと、それをエレンの肩に掛けた。
    「え、なに?」
    起きていたらしいエレンが顔を上げた。
    「寒いだろ、使え」
    「でもこれあんたの毛布でしょ」
    手で感触を確かめてエレンが言う。
    「俺は大丈夫だ」
    「冷えると体力を消耗するって言ったのはあんたでしょ」
    毛布を返そうとするエレンの手をハリードが押さえる。
    「俺はこの程度なら大丈夫だ。それに俺が判断を誤ったせいで寒い思いをさせているんだからな」
    「あんたじゃなくてモンスターのせいでしょ」
    「だが俺が事前に情報を集めずに山道に入ったからな。俺のミスで相棒に風邪を引かせる訳にはいかん。せめてもの詫びということでそいつを受け取ってくれよ」
    ことさら冗談めかした口調でハリードが告げると、エレンが毛布を押し返していた手を下ろした。
    「分かったわ」
    そう答えたエレンが急に立ち上がり、ハリードの真横に移動して毛布二枚をハリードの身体にかけた。
    「おいエレン」
    重ねられた毛布の半分はハリードに、もう半分はエレンの身体に掛かっている。毛布の中でハリードに寄りそいエレンが顔を上げる。
    「こうすれば二人とも暖かいでしょ」
    「それはそうだが、まずいだろ」
    「何が?」
    居心地悪く口ごもるハリードにエレンがきょとんと返す。ハリードの横にぴったりと座ったエレンの声音には緊張を感じさせるものもなければ、色恋を匂わせるものもない。答えに窮している間にエレンがさらに続ける。
    「昼間に私が足を滑らせた時に助けてくれたでしょ、そのお礼よ」
    毛布の下でエレンが笑う。その屈託の無い声にハリードもつい釣られて表情を緩める。
    「事前確認を怠っておきながらこんないい目に合わせてもらっては、申し訳ねえな」
    「あんたって変なところで面倒よね。確認しなかったのは私も同じだし、三日も掛けて遠回りしたくないって私も言ったんだしさ」
    そこまで言ってエレンが今度はいたずらっぽく笑う。
    「でも確かに、事前確認はしておくべきだったわね。そうしたらさっきのモンスターの討伐依頼が入ったかもしれないのに、ただ働きになっちゃったんだから」
    たまらずにハリードが声を立てて笑う。
    「全く、お前の言うとおりだ。俺としたことがとんだ稼ぎ損ねだ。いや、お前は本当に頼もしい相棒だ」
    ハリードの声にエレンの楽しげな笑い声が重なる。
    「そうでしょ。ただ働きした分はしっかり働いて取り返すんだから、あんたも風邪引かないようにしてね。おやすみ」
    そう言ってあくびをすると、エレンはハリードに寄りかかって目を閉じた。ハリードが毛布を受け入れて目を閉じていると、エレンの健やかな寝息が聞こえてきた。どうやらエレンはハリードを無条件に信頼できる人間として認めてくれているらしい。シノンの仲間たちとエレンの距離の近さを考えると、トーマスやユリアンにも同じように接していたのかもしれない。その考えが浮かんだ瞬間によぎった不可解な苛立ちを無視して、ハリードもエレンの体温を感じながら眠りについた。
    ウィルミントン近郊で仕事を請け負ったハリードは、情報を集めるため街角で花を売っている子どもに声をかけた。
    「話してもいいけど、お花を売らないと怒られちゃうから」
    そう言って子どもが指差す木桶の中には、野で摘んできたような花が無造作に入れられていた。
    「この辺りではこういう花が人気なのか?」
    「ううん、バラやガーベラとか大きな花の方が人気だけど、そういうのはもう売れちゃった」
    「なるほどな。分かった、では残りは俺が買い取ろう」
    そう言って多めに代金を支払うと、子どもは店番の間に見たことを詳しく話し、小さな花々を束ねてハリードに渡した。
    華やかとは言い難い素朴な花束を手に、ハリードはパブに向かった。カウンター席から振り返った相棒に、ハリードは花束をぽんと渡した。
    「どうしたのよ、これ」
    「たまにはお前に花でも贈ろうと思ってな」
    「よく言うわよ、どうせ情報提供してもらう代わりに買ったとかでしょ」
    見抜いて笑うエレンは、ハリードが思ったよりもずっと喜んでいた。
    「さすがは俺の相棒だ。小さい花ばかりだがこれはこれで悪くないだろ」
    「そうね、好きよ」
    「食うつもりじゃないだろうな」
    「どうしようかな。村でお祝いごとがある時には、食べられる花を摘んでケーキやポテトサラダに飾るのよ。きれいで美味しいの」
    そう言ってエレンがまた笑う。だがエレンの花束に向ける眼差しを見れば、この花を食べるつもりがないのは明らかだ。
    「お前がこんなに気にいるとは正直意外だった」
    「シノンの野原にこれに似た花が咲くの。春の初めに開き始めて、秋の終わりまで代わる代わる咲いていてね、馬が食べてもまた新しく芽が出る頼もしい草なのよ。サラは花冠をよく作ってたな」
    届いたソーセージをハリードに勧めながらエレンが続ける。
    「でも正直、村にいた時は特に何とも思ってなかったの。花が咲いてるなってくらいしか。だけど久しぶりにこの花を見たら、なんだか昔からの友だちに会ったような気持ちになったわ。ハリード、ありがとね」
    素直な礼に、ハリードは嬉しさと同時に何かざらりとしたものを感じた。酒と一緒にそれを飲み下し、ハリードがいつもの表情を作る。
    「俺が持ってたって仕方ねえからな。情報ついでにお前の歓心も買えたんなら安いもんだ」
    「ほんとあんたってがめついんだから」
    そう笑ってエレンが花束を手にしたまま腰を浮かせる。
    「どうした」
    「早く活けてあげたいから、先に宿に帰るわ。花瓶じゃなくても何か空き瓶かグラスを貸してもらえばいいし」
    「それなら別に宿に戻る必要はねえよ」
    ハリードが棚のタンブラーを指さし店主に声をかける。
    「あれを一つ売ってくれ、必要なら数日後に返しにくる」
    多めの金を添えてハリードが頼むと女店主が水を汲んだタンブラーを差し出し、受け取ったハリードがエレンの手から再び花束を取ってそこに挿した。
    「よし、これでいいだろ。花を贈ったんだからもう少し酒に付き合え」
    「あんたって、酒が絡むと気前が良くなるわね。いいわ、付き合ってあげる」
    機嫌よくエレンが座り直し、ハリードと自分の酒を注文した。いつもは飲み過ぎと止める頃合いを過ぎても、エレンは付き合ってくれた。二人の間の小さな花束を見ながら、シノンでの出来事をエレンはとりとめも無くハリードに語った。
    アビスを倒した後も、二人は相棒として一緒に旅を続けている。付き合いも長くなり、何度一緒に酒を飲んだかもう分からないが、エレンが今日のような表情を見せるのは初めてだった。それはハリードもよく知っている、故郷を懐かしむ表情だ。
    旅を始めた時、ハリードはエレンをランスまで連れて行くだけのつもりだった。それがアビスゲートの話を聞いたのをきっかけに、エレンの妹サラのいるピドナのゲートを閉じるために共に戦い、さらにシノンにも近いタフターン山のゲートを閉じる戦いにも同行した。さらに四つ目のゲートを閉じサラが消えた後は、サラを取り戻す為にアビスへ向かうエレンと共に戦い抜くためにその隣に立った。
    「ここまで私を鍛えてくれてありがとう」
    最後の戦いに赴く前にエレンが告げたその一言に、ハリードは心が誇りで震えるのを感じた。
    「お前は俺の相棒だからな」
    余裕ぶってそう返すと、エレンは笑った。死ではなく、生き抜くために戦う覚悟を決めた者の笑みだった。エレンはハリードの予想を超えて強くなった。生きることを投げかけていたハリードの手を取り、引き上げた。その手を取ったまま、ハリードは戦いが終わった後もエレンを再び旅に連れ出した。
    旅の間、エレンはよくシノンの話をしていた。しかしこの恋しがるような、切ないような眼差しを見せたのは初めてだった。旅の終わりが近づいていることをハリードは感じた。いつでも手を放せると思っていたが、実際には何の覚悟も出来ていなかった自分にハリードは気がついた。


    一ヶ月後、ハリードとエレンはピドナで久々にシノンの仲間たちと仕事を請け負った。その仕事を終えてパブで食事をし、料理があらかた片付いたところでハリードは席を立った。
    「あれハリード、もう行くの?」
    ジョッキを手に驚いた顔をするエレンに、ハリードが返す。
    「次の仕事の資料に目を通しておきたいんでな。お前はゆっくりしてろ。サラ、エレンの面倒をみてやってくれよ」
    そう冗談めかして言うとハリードは宿へと向かった。
    これまでエレンを含めた四人と一緒に食事をすることは何度もあったが、ハリードは今までには無い居心地の悪さを感じていた。もちろんエレン以外の三人もハリードを歓迎してくれているし、ハリードが知らない昔の話になると、トーマスやサラが気を回して説明してくれる。子ども時代の他愛のないいたずらや失敗談を聞くのは楽しかったし、ハリードが時折口を挟んでエレンをからかうと、他の三人が笑い声を上げた。
    だが今日はそういった気持ちにならなかった。居心地を悪く感じたのは四人のせいではなくハリード自身のせいだ。エレンが自分の知らない話題で幼なじみ達と笑い合っている姿が、ハリードの心に棘を生んだ。妹であるサラや家族同然の付き合いをしていたトーマスやユリアンと久しぶりに会ったのだから、話が盛り上がるのは当然だ。エレンと毎日二人で過ごしておきながら、ハリードはたったこれだけの事で拗ねているのだ。
    自分はこれほど心の狭い人間だったのかとハリードが夜道で自嘲する。こんな感情を抱いてしまうほど、ハリードはエレンとの旅の終わりが怖いのだ。ハリードが嫉妬しているのはサラでもトーマスでもユリアンでもなく、シノンという土地でありエレンの故郷という存在なのだ。その無意味で情けない嫉妬が見せかけの余裕を崩してしまう前に、ハリードはパブから逃げ出したのだ。
    ハリードは自分が誰か一人を望むことなど二度とないと思っていたし、この先も一人で生きて死んでいくつもりでいた。しかしエレンと出会い、惹かれ、気づけば虜になっていた。
    ハリードは自分がエレンに相応しい人間だとは思っていない。何しろ亡国の王族という面倒な存在である上に、かつては婚約者がいた身だ。エレンが幸せになるには共にシノンで畑を耕し収穫を喜び合えるような相手と結ばれるのが一番だ。しかしハリードはシノンに留まることも出来ない。それでいながら未練がましくエレンを連れ回していたが、ついに終わりの時が来たのだ。
    次の仕事が終わったらエレンをシノンに帰そう、いや、仕事は一人で片付ければいい、今ならエレンはサラたちと一緒に故郷に帰れるのだから明日にでも切り出すべきだ。そう考え込んでいたハリードの背後に、元気な足音が迫ってくる。
    「ハリード、待ってよ!」
    「なんだ、ゆっくりしろと言っただろ」
    束ねた髪を若駒のように揺らして駆けてくるエレンに、ハリードは決意をよそに心が跳ねるのを感じた。
    「仕事の資料を読むんでしょ」
    「俺一人で充分だ。気を遣わなくていいんだぞ」
    「気なんつかってないわよ。でもなんだかヘンな顔してたから」
    「ヘンな顔とは何だ、ちょっと疲れただけだ」
    どうやら嘘も満足に付けなくなったらしい、とハリードが顔を撫でながら尚も誤魔化そうとあがく。
    「あの程度の仕事で疲れるなんて、それこそヘンよ」
    「心配させて悪かったな。少し疲れているのは本当だ、俺は先に休ませてもらう。お前は戻って皆と過ごしてくればいい」
    ハリードが頭に手を置き言い聞かせるように告げると、その下でエレンが首を振った。
    「皆には先に行くって言ったから」
    「だがお前はサラに会いたがっていただろ」
    「大丈夫よ、あんたが付き合ってくれたおかげでたくさん話せたから。だから今度は私があんたに付き合って、一緒にいるわ」
    真っ直ぐなその言葉がハリードの胸を貫いた。激しい感情が逆巻き、それが何か分からないままハリードはエレンを両腕で抱きしめた。軽口でも挑発でも即座に紡ぎ出すはずのハリードの舌は、凍ったように動かなかった。雲の合間から差す月光が路地を淡く照らす。愛おしい、という言葉がハリードの全身を満たしていく。腕の中でエレンの鼓動がとくとくと鳴っている。エレンが身じろいで顔を上げる。ハリードが腕を緩めて背を丸め、額を合わせる。
    「エレン」
    想いの全てを込めてハリードが名を呼ぶと、一瞬置いてエレンがハリードを押しのけた。我に返ったハリードが腕を解くと、エレンが薄闇でも分かるほど顔を真っ赤にし、戸惑いを露わにパブの方角を指さした。
    「あ、その、ごめん、えっと、忘れ物したの思い出したから!」
    そう言うなりエレンは来た道を駆け戻って行った。

    一人取り残されて、ハリードは自分のしたことを理解した。ただの相棒でありながら理由もなく突然エレンを抱きしめたのだ。ハリードは自分の隠していた感情を最悪な形でエレンにぶつけて、信頼を損ねてしまった。
    ハリードは自分が感情の制御に長けていると思っていた。実際、戦いの場で窮地に陥ろうとも侮辱を受けようとも、感情を抑えて理性を保つことが出来るからこそ、今日まで生き抜いてこられたのだ。しかしエレンのたった一言で、ハリードの理性は感情に掻き消されてしまった。エレンとの旅にハリードは自らの手で無残な終止符を打ったのだ。部屋に入ると、ハリードは荷物から酒瓶を引きずり出した。

    翌朝、ハリードはソファで目を覚ました。
    「ふられてやけ酒とは、つくづく不甲斐ねえな」
    乾いた目で天井を見つめ、力なくつぶやく。結局のところ、ハリードは勇気がなかったのだ。姫を守れなかった自分がエレンを幸せにする自信がなかった。再び失うことを恐れていた。そのくせ想いを断ち切れず、エレンを傷つけた。
    あの日、無防備にハリードに身を寄せ毛布を分け与えてくれたエレンの信頼を、ハリードは裏切ってしまった。あのぬくもりをハリードが感じることは二度とない。これ以上側にいる訳にはいかないと流石にエレンも気がついただろう。エレンに償えるのなら金であろうと武具であろうとハリードは何でも差し出すが、エレンはそれを望んではくれないだろう。気が済むのなら殴られようと構わないが、エレンはそんな人間ではない。だがせめて一言謝ってから彼女の前から姿を消したい。そう考えてハリードが立ち上がると、ドアがノックされた。
    「ハリード」
    いつになく力の無い声がハリードを呼ぶ。ドアを開けると赤い目でエレンが立っていた。
    「早いな、どうした」
    「そっちこそ、まさか朝まで飲んでたの?」
    「いや、酒が途中で無くなった」
    ハリードの返答にエレンが呆れた声を上げる。
    「飲み過ぎよ。ほら、朝ごはん買ってきたから酒瓶片付けて。お茶入れるわ」
    言いながらエレンが紙袋をテーブルの隅に置き、窓を開け放つ。早朝の涼しい風が部屋に吹き込み酒の臭いを流していく。命じられた通りハリードが酒瓶をすすいで隅に寄せると、お湯を満たしたポットを手にエレンが部屋に戻ってきた。
    いつものように向かい合い、エレンの買ってきた朝食を二人で食べる。エレンの好きな茶葉の匂いがサンドイッチの上に漂う。いつもと同じ光景だがエレンの目元にはくまが出来ている。
    「狼藉を働いた奴に朝飯を買ってくるとは、お前も奇特な奴だな」
    自嘲混じりに言うハリードをエレンがじろりと見る。
    「突き飛ばしたからそのお詫びよ」
    「詫びるのは俺の方だろ、いきなりあんな真似をしたんだからな」
    「それはそうだけど、傷ついた顔してたじゃない」
    言われてハリードが自分の顔を撫でる。
    「そんな顔をしていたか」
    「してたわよ。なのに動揺して逃げちゃって、ごめん」
    「嫌なことをされて逃げるのは当然だ」
    「本当に嫌なら殴り飛ばしてるわよ」
    意外な言葉にハリードが顔を上げる。
    「だったら、なぜ逃げたんだ」
    「びっくりしたからよ」
    短く答えてから、エレンが少し考えて続ける。
    「抱きしめられた時は、いつもみたいにあんたがふざけてるんだと思ったの。でもその後で私を呼んだ声が、今までに聞いたことないような真剣な声だったから、どうしたらいいか分からなくて逃げたのよ」
    ハリード自身にすら制御出来なかった感情は、エレンをも動揺させてしまったのだ。これまで相棒として接してきた相手にいきなり愛慕の情をぶつけられたのだから無理はない。それでもエレンは、嫌ではない、と言ってくれた。感謝と安堵がハリードの心に広がっていく。それと同時に、どんな強敵が相手でも一歩も引かないエレンがハリードの愛慕に触れて驚いて逃げ出したことのおかしさがこみ上げて、ハリードは小さく笑い出した。
    「何よ」
    「すまん。いや、俺が順序を間違えたせいで、お前に迷惑をかけてしまったな」
    「そうよ!」
    憤るエレンにハリードが笑いを収め、心に閉じ込めていた想いを取り出し言葉にする。
    「一緒にいたいというお前の一言が、俺は我を忘れるほど嬉しかった。俺は旅暮らしの傭兵で、お前より十三も年を食っている。ましてゲッシア王家の血を引く数少ない人間という厄介な立場で、お前を幸せに出来るとも思えない。そのくせお前が帰ると言い出さないのをいいことに連れ回していたが、お前がシノンの話をするのを聞いて、お前を手放す覚悟をした。いや、したつもりだったが実際にはあのザマだ」
    ハリードの告白を、エレンは逃げ出すことなくじっと聞いてくれている。心の奥底に沈めていた願いをハリードが口にする。
    「俺はお前が愛おしい。お前に相応しい人間でないのは分かっているが、側にいて欲しい」
    遠くから出航を告げる汽笛が聞こえる。行商人の声が宿の横を通り過ぎていく。目を閉じたエレンが、再び真っ直ぐハリードを見上げる。
    「私を甘く見ないで、ハリード」
    意思に満ちた瞳で、エレンが一言ずつはっきりと口にする。
    「たとえあんたが私に相応しくなくたって、私はあんたがいい。それに私はあんたに連れ回されてるだなんて思ってない、私はあんたと旅をしたいっていう自分の意思で一緒にいるのよ。帰りたければとっくに帰ってるわ」
    揺るぎのない言葉と眼差しがハリードを捕らえる。
    「ハリード、私はあんたが鍛えたあんたの相棒よ。旅を始めたばかりの頃は、戦う時もほとんどあんたに頼ってた。だけどあんたに鍛えられて、戦い方やいろんな知識を教えてもらって、あんたと並んで戦えるようになった。あんたの力になれると分かった時、すごく誇らしかった。だからこの先もずっと一緒にいてくれるなら、仕事以外のことも私を頼って」
    出会ったばかりの頃は勝ち気なだけだった瞳は、旅と戦いの中での苦しみ、もがき、喜びを経て、誇りと自信を手に入れた。強く美しく成長していくその様をハリードは誰よりも側で見ていた。エレンがその瞳をいたずらっぽく細める。
    「あんたは物知りだしずる賢いけど、変なところで抜けてるから私が力になるわ」
    「抜けてるか」
    意表を突かれたハリードに、エレンがにんまりと笑う。
    「そうよ。あんたはゲッシア王家の血を引く数少ない人間だから厄介だって言ってたわよね。それならいい解決策があるのに気づいてないんだから」
    「解決策だと? なんだそれは」
    「ゲッシア王家の血を引く人間を私とあんたで増やすの」
    言葉を失うハリードを楽しげに見やり、エレンが続ける。
    「私があんたの子をたくさん産んで、その子たちがまた子どもを産んだら、私の孫の代には王家だか王族だかがごろごろいることになるわ。そうしたらあんたは数少ない人間なんかじゃ無くなるでしょ」
    壮大な計画にハリードが毒気を抜かれて笑い出す。
    「気の長い話だな」
    「でも不可能な話じゃないでしょ。私とあんたで大家族を作るのよ、ケンカも多いだろうけどきっと楽しいわ」
    エレンの瑞々しい唇がハリードの思いもしなかった未来を描き出す。まだ見ぬ元気な子ども達に囲まれたエレンが幸せそうに笑って見上げるその表情が、ハリードの目にも浮かんだ。
    「ああ。お前の言う通りだ、俺はお前がいないととんだ間抜けらしい。しかし、キスされかかって逃げておいて、よくそんな事を言えるな」
    「え! あんたキスしようとしてたの!」
    思いがけない反応にハリードが吹き出す。
    「なんだ気づいてなかったのか」
    「当たり前でしょ、あんなの急すぎよ!」
    「急じゃ無ければいいのか」
    「まあ、そりゃ」
    ならば今度は驚かさないようにと表情を改め、ハリードが告げる。
    「エレン、俺の家族の最初の一人になってくれ。手放すなどと二度と考えない」
    「いいわ。あんたが私の新しい家族の一人目よ」
    差し込む朝日を受けてエレンの瞳が輝く。目を閉じてハリードが唇を寄せようとすると、エレンの両腕がハリードを押しやった。
    「なんだ、まだ駄目か」
    「だってあんた酒くさいもん。ほら、シャワー浴びて歯を磨いてきなよ。今度は待ってるから」
    「分かった」
    額を合わせたが、エレンは今度は逃げなかった。キスをかなえるためにハリードは浴室へ行き、髪を解き身体を隅々まで洗い、念入りに歯を磨いた。部屋に戻ると彼の愛おしい家族は、ソファにもたれかかっていた。
    「しまった、待たせ過ぎたか」
    眠れないほどの緊張から解き放たれたエレンがすやすやと眠っている。かつて肩を寄せ合って眠った時以上に穏やかな表情だ。ベッドに運んでやろうかとも考えたが、そうなれば目覚めた時に誤解を呼んでまた騒ぎになりかねない。
    ベッドから毛布を取ってエレンにかけやると、ハリードは自分もソファに腰掛けた。眠る身体を引き起こすと、エレンは無意識のままハリードに身体を預けた。規則正しい呼吸がハリードをくすぐる。取り戻した信頼と手に入れた未来を感じながら、ハリードも家族の横で目を閉じた。
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