テンポよく手渡されるままに一通りのスキンケアをしてから、ちょっぴり湿ったヘアバンドを外す。なにやらじっとこちらを見ているモモに視線を向けると「今日もイケメンで見惚れちゃった」とかわいい言葉が返ってきた。
「モモこそ、今日も……」
「ん?」
甘やかな色をした大きな瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。じわ、と頬が熱くなって、その先を言えずに口ごもった。
「なんでもない」
「え!? なになに、めちゃくちゃ気になるんだけどッ」
また、今日も言えなかった。最近の僕ときたらずっと“こう”だ。モモに対して「かわいい」だなんて何百回、いや何千回と言ってきたのに、近頃はめっきり言えなくなってしまった。
「ねえ、ユキ」
「……なに?」
「今日、仕事終わったらユキんちに帰ってもいい?」
そう言って、モモは上目に僕を見つめた。色よい返事を期待してか、頬にほんのりと赤みが差す。きゅる、と瞳が揺れる音が聞こえたような気がした。
――かわいい。贔屓目もあるかもしれないけど、モモってちょっとかわいすぎない?
そんな考えが自然と頭を過ぎったところで、あまりに気恥ずかしくなって目を逸らした。
「いいよ」
「やったー! ありがとう、ユキ」
「断らなくても、いつでも来ていいって言ってるだろ。僕たち、もう……」
恋人なんだから。そう言った声は、思ったよりも小さくなってしまった。
格好のつかない状況に情けなくなりながら、モモの顔を覗き込む。どう思ったかな、と反応を窺うと、モモはこぼれ落ちそうなくらいに嬉しそうに破顔した。
「ユキ、大好き!」
「僕も。着替えてくるから、少し待ってて」
「はーい」
ぽす、とふわふわの髪を撫でてから、クローゼットに向かって踵を返す。今日のところは、どうにかごまかし切れた。ごまかせた、はずだ。そうでなければ大いに困る。“あの日”からモモが異常にかわいく見えて困っているだなんて格好悪いことを、モモにだけは絶対に知られたくなかった。
ことの発端は、つい一週間前の夜だった。
紆余曲折あって数ヶ月前に思いが通じ合ってから、モモのことを前よりもっと愛しく思うようになった。そこまではまだ、普通の反応の範囲だった。問題は、その後だ。
一週間前に初めて体も繋がってからというものの、モモがそれまで以上にかわいく見えてしまって、それから全く誘えなくなってしまったのだ。
――モモの方が負担が大きいんだから、また今度、時間があるときにね。
今のところは、恋人を気遣う優しい彼氏のふりができている。だけどその実、内心ではモモのかわいさに慌てふためいているのだから滑稽だった。
身支度を終えて、クローゼットの扉を閉める。リビングに向かう足取りは、ほんの少し重かった。
全てを許し合ったあの日から、モモはこれまで以上に嬉しそうに笑いかけてくるし、僕の名前を呼ぶ声は前よりもっと甘いし、それに。
「あーん、今日のコーデもめちゃくちゃ似合ってる……!」
リビングの扉を開けた途端に、モモがめろめろな顔をしてこちらに駆け寄ってきた。
ラビスタ用のオフショ撮ろ! 派手なカバーを被せた携帯電話をかざしながら、モモが僕の腕を抱きしめる。ギュッと力を込められて、顔がじわりと熱くなった。
わ、モモ、まためっちゃくっついてくる。抱きついてきてくれるのは嬉しいけど、これ以上はまずいかも。
頭の中ではそんな風に焦りながらも、カメラの前ではどうにか平静を装って、Re:valeのダーリン役の顔を作る。撮ったばかりの写真を確認しようとしてモモの腕が解けたことに、ひっそりと胸を撫で下ろした。
ふう、危ないところだった。あと少しで、耳が赤くなっていたかもしれない。初めてセックスをした日からこうしてずっと照れ続けていることを、モモにだけは知られたくなかった。
「あ、おかりんもう着いたって」
「そう。じゃあ、僕たちも行こうか」
うん、とモモが頷いたのを確認して、二人でリビングを後にする。家を出るときも二人なら、今夜は帰ってくるときも二人だ。そのことが嬉しい一方で、そろそろボロが出そうなことが不安でならなかった。