【呪】まきのばと浴衣の着付け 普段は自分よりも高い位置に目線がある女が、今は目の前に跪いている。屋外で喧しく鳴く蝉の声と、絹擦れの音だけが狭い部屋に響く。野薔薇は些か緊張して、小さく唾を飲んだ。
「下向くなよ、真っ直ぐ立ってろ」
野薔薇が羽織った浴衣の裾の長さを調整しながら、目の前に跪く女──真希から注文が飛んでくる。野薔薇は「はい」と控え目に頷いて、無意識に真希のつむじを見ていた目線を正面の壁に戻す。どこを見ていればいいのかわからずに、視線がうろうろした。
古い術師の家庭で育った真希にとっては、和服の着付けなど手慣れたものらしい。いつも背筋を真っ直ぐに伸ばして、弱いところも脆いところも晒さない強い女が、突っ立ったままの自分の着付けを施してくれている。悪いことをしているような、それでいて胸の奥がきゅっと高まるような、不思議な気持ちだった。
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