『真珠の心』力の強い雄の象徴である金色の角、太陽光で煌めく海藻を思わせるエメラルドグリーンの瞳を大きく輝かせ、鍛え上げた両腕で長いブレイドを振り上げながら真紅の長く美しい髪と長く美しい鰭をたなびかせ
一槍の紫電と激突する。
『また強くなったなスペルビア』
『そちらこそ、ブレイバーン!』
ブレイバーンのブレイドを槍で弾き返しながらクルクルと回り、アメジストを想起させる紫の角と金色の瞳、紫の長い髪と鰭をたなびかせながらスペルビアはブレイバーンと距離を取る。
第一王子、スペルビアと第八王子、ブレイバーン。
なぜこの二人が戦いをするようになったのかは、この国の女王であるヴェルム・ヴィータがスペルビアに決めた許嫁であるルルが関係する。
『真の雄ならば自分で番を見つける、許嫁など不要だ』と古風なスペルビアは許嫁のルルを拒否していた。
そこに待ったをかけたのがブレイバーンだった。
『まずは会話をするべきだ。許嫁のルルではなく、ただ一人の少女であるルルとして』
そして二人は激突し、槍と刃でぶつかり合いながら会話をするようになったのだ
「おじさまー!お昼の時間だよー!
今日はね!ルルが捕まえてきた魚料理だよ!見て見て!こーんなにおっきいシイラが取れたんだよ!」
ふわふわとドレスのような長く美しい鰭と髪をなびかせ、アクマアリンのような少女、ルルがこちらにやって来てスペルビアとブレイバーンの手合わせは終了する。
蓋を開けてみればルルもまたスペルビアを強く求める戦士であり、スペルビアもまたそんなルルを受け入れ『まずは相棒から』とお付き合いを始めたのだ。
『ブレイバーンお主も食すか……ぬ、またおらぬのか』
「ぶれいばーん!って感じで泳いで行っちゃった」
ブレイバーンは空気の読める雄だ。
スペルビアとルルに今必要なものは二人だけの時間だと背中で語りながら飛ぶように泳ぐ。
スペルビアはその言葉に頷き、ルルに『今日はサンゴが美しい場所で共に食そう』と二人だけで過ごせそうな場所に楽しく向かった。
黒く短い髪、鈍く光る南洋黒蝶真珠のように黒や緑にも見える小さな瞳、鍛え上げた手足でイサミの身長と体重はあろう苔に覆われた貝殻を担いで、身体に巻き付けた昆布をたなびかせイサミは海底を歩く。
いつもの食事場所についたが、どうやら先客がいる。
淡い黄色の角に、付け角をなぜか指にも付け、淡い黄色の長い鰭にドレスのような付け鰭を纏った一組の番らしき存在。
番の方は淡い黄色のドレスで見えないがイサミは空気の読める雄だ。
運動がてらもうひと歩きするかとイサミは貝殻を担ぎ直し、来た道に向き直りとあえず右に進んだ。
お腹いっぱい膨れた腹を擦り、今日はここをキャンプ地にしようと、貝殻を設置し、中の安全地帯に潜り込んだイサミはしっかりと貝殻に引きこもって寝むりについた。
ブレイバーンは困っている人魚がいないか探しながら飛ぶようにして泳いでいた
途中で第四・五王子であるヴァニタスとペシミズムの番を見かけ、来た道に向き直り、進路を右へと変えて進む。
『……あれは?』
ブレイバーンの目の前に現れたのは苔むした大きな貝殻。
『……なんて、なんて、綺麗なんだッ!
ああ、なんてもったいない!こんなにも綺麗なのに隠してしまうなんて!
……ああ、寝息もとても可愛いらしい』
ブレイバーンには何が見えたのか、普通の人魚なら見向きもしない苔むした貝殻に最大級の賛辞を贈りながら思わず求愛の歌を口ずさむ。
『君を愛している、だからこそ生きて欲しい、私の魂を燃やす君』
そのように歌って騒いでいたら何事かと中のイサミがこっそりと様子を伺おうとした美しい瞳とブレイバーンの瞳がバチリと目が合う。
『ッッッ!!!!』
そのあまりの美しさにゴボッ!とブレイバーンの口から泡が吹き出て、息のしかたさえ忘れてしまい人魚なのに溺れてしまう。
「お、おい、大丈夫かよ!?」
『ガガガッ……ピー!ピー、ガガガ?』
"大丈夫だ……私の名前はブレイバーン!
美しい君、君の名前は?"
「いや、何言ってるかわかんねえけど落ちついて呼吸しろって、溺れてるぞおまえ!?」
『ガガッピー!』
"なんて優しいんだ!"
ブレイバーンの口から泡の言葉が止まらない。
「だから喋るなって!イキかけてるぞおまえ!?」
思わず見かねた優しいイサミはブレイバーンの手を力強く握ると、空へと出る。
『……ッッ!はぁっ!はぁっ!ありがとう美しい君。
優しいだけではなくて、勇気があって強いんだな』
「はぁ?な、なに言ってんだよ!?」
思わずさっと短い髪を隠し、恥ずかしそうに何も無い足を気にするイサミの一挙手一投足にますますブレイバーンの心が引かれる。
ブレイバーンのように硬い鱗も無いのに危険を省みずに己を守る硬い貝殻を投げ出して、柔らかい身体を露出してまで誰かを助けようとする美しい魂を持つ存在
これが番でなければ一生番なんてものはいらないと、目の前の存在に息をする一秒ごとに強く引かれる。
「と、とにかく、大丈夫そうなら俺は行くからな」
『ああ、待ってくれまだ君の名前をガガガッ!!!!』
"まだ聞いていない!!!!"
泡の言葉はイサミには届かず、どんどんとイサミとの距離が離れてしまう。
『ガガガピー!!!!』
"待ってくれ!!!!"
ブレイバーンの息は続かず、空に戻りぜーはーと空気を吸う。
ブレイバーンにとって海の中で呼吸をすることは食事や寝ることと同じくらいに当たり前で生きることと同じくらいに自然だった。
それがイサミと出逢って、ブレイバーンの全身に熱いものが爆発するように駆け巡り、キラキラと世界が輝いて見え、息をするのも忘れてしまう。
それが苦しくも嬉しかった。
『生きている、私は確かに今、生きている!!』とブレイバーンは月光に叫ぶ。
イサミは貝殻の中に引きこもり転がる。
「勇気がある?勇気がある?俺に勇気がある?」
イサミは自身に勇気が無いと自覚していたがブレイバーンの言葉を甘いものを転がすように噛み締める。
あんなにも全身全霊で求められたことが無いイサミは嬉しくて、不器用に笑う。
また明日、会ってやっても良いかなと思うほどにイサミはブレイバーンを気に入っていた。
コトリとイサミの胸から零れたブレイバーンへの心の核を見るまでは。
「ぁ……ち、違う……違うんだ」
貝殻の人魚が産み出す心の核。
それは丸くて小さくて可愛いらしい形。
純粋で無垢で、それを丸く暖めて大きくして好きになった相手へ贈るたった一つしか産み出すことのできない心。
自身の気持ちを写し出す鏡。
「こんなもの、誰にも見せられねえ」
イサミは誰にも見られないようにブレイバーンへの心の核を隠す。
高慢、強欲、淫蕩、虚栄、悲観、怠惰、憤怒、貧食で丸くなく、醜く歪んだイサミの心の形。
ブレイバーンともっと話したい
ブレイバーンとキスをしてみたい
ブレイバーンに綺麗だと思って欲しい
ブレイバーンのような綺麗で長い髪も長い鰭もない
ブレイバーンのようになれない
ブレイバーンのようになりたい
ブレイバーンが欲しい
ブレイバーンを想うほどにイサミのブレイバーンへの心の核はぶくぶくと泡のように白いものを付け、さらに形を歪にする。
「違う、違うんだブレイバーン
これは何かの間違いなんだ」
嫌々、見ないでと泣きながらイサミはブレイバーンへの心を胸に戻そうとする。
こんな醜い欲が愛な筈が無い。
もっと、純粋で無垢で丸くて綺麗なものの筈だ。
イサミはどうにかこうにか一生懸命に丸くしようとするがブレイバーンへの心がますます歪んでしまって泣いてしまう。
それを捨てる勇気も、逃げ出す勇気すらないイサミはやっぱり自身に勇気なんて無いとブレイバーンへの心を抱き抱え泣きつかれて寝た。
次の日、イサミはいつもの起床時間ピッタリに目を覚まし、貝殻をほんの少し開けて驚愕する。
魚の人魚の魂でもあるブレイバーンの武器がイサミを守るように側に立っていたのだから。
「……綺麗だ……」
ブレイバーンの魂の形を現すように真っ直ぐで綺麗にイサミのことを愛していると伝えるようにキラキラと輝く刀身にイサミは「……ん」と思わずそれを手に取って見る。
イサミの掌にピッタリと収まる柄、丁度良い重さ。
"イサミ、私はイサミがいつ来ようとも拒まない"とブレイバーンが語るようにイサミが思う通りに動かせる。
……それに比べて自分はどうだ、とイサミは思わず掌に握って隠していたブレイバーンへの心を見る。
凹んだ金平糖のようにぼこぼこでどうにかした痕跡は見えるが、とてもじゃないがこんな歪んだ心を綺麗なブレイバーンへ渡せないとイサミは変な所で決断が早い。
"そうだ、捨てられないなら売ってしまおう"と。
貝殻の人魚が産み出す真珠はとても高価だ。
売った金で付け角でも、綺麗な付け鰭でも買って身に付ければ自信を持ってブレイバーンと友達くらいにはなれる筈だと
そうと決まれば話は早い。
イサミはブレイバーンの暖かな武器を貝殻の中に大切に収納すると、そのまま担ぎ上げスタスタと迷い無くこの国唯一のリサイクルショップに足を向ける。
「……うーん、難しいね」
リサイクルショップのボブ店長はじっくりとイサミの心を査定し、呟く。
イサミにとっては裸を見られるようで恥ずかしい思いがあったが「見なきゃ値が付けられないね」と至極当たり前のことをボブ店長に言われて、渋々とイサミはブレイバーンへの心を見せたのだ。
「……こんなこと言いたくないんだがね
……正直、売り物にならないね、これ」
やっぱりかとイサミはため息をつく。
「ああ、良かったよあんたがわかってくれる人魚で
……たまにいるんだよね、付け角や付け鰭を買えない値段になるなんて詐欺だってごねる人魚。
正直、形を維持する塗料もタダじゃないから全部に同じ値段を付けて売るなんてしてたらうちが潰れちまうよ
……ああ、ごめんね、こんな老いぼれの愚痴聞かせちまって」
「いえ、大丈夫です」
「いや、本当に最近は第四・五王子が共同で作った"付け角や鰭"が良く売れてね
実際、"虚栄"で救われた人魚も多いが何しろ値がはるからね
そういうクレームが多くて、多くて
最近じゃこの話をしてから買い取りをするようにしてるんだよね」
ボブ店長もイサミも苦笑する。
「……正直、あんまりおすすめしないね
おまえさん、これどうにかしようとかなり頑張ったんだろう?
見たらわかる。
手放しちまったらおまえさんの知らないところでそいつのことを想う程に歪になって元の形にはもう二度と戻らない。
丸く整えようと撫でることができないからね
それでも本当に手放すかい?」
イサミの目の前に契約書が差し出される
"売った奴も買った奴も秘密厳守
二度と【商品】が手元に戻って来ないことを了承する"
短くも恐ろしい文言が並んでいる。
ボブ店長は気長に待つよと言わんばかりに今日の新聞を見ている。
それでイサミの心は決まった。
「まいどあり、次は何か買っていってくれな」
笑顔のボブ店長に見送られたイサミの掌にはブレイバーンへの心ではなく、安い酒を一本買える程度の小銭を握り、これでブレイバーンと酒でも飲んで友達になろう。と少しボブの店に後ろ髪を引かれながらも真っ直ぐに酒屋へと向かった。
一槍の紫電が弾き返される。
『それが、バーンアックス……か』
『そうだ、これこそが美しい君への叫びで新たに産まれた夫婦刀、バーンアックス』
スペルビアに魅せるようにクルクルとブレイバーンは自身の身長と体重はあろう大きさの一挺の斧を軽々と両手で回す。
「おじさま負けないで!」
スペルビアが用意した番にしか入ることの許されないシャボン玉のように丸いスペルビアの魂の中でルルの声援が響き渡る。
『……そうだ、我もまた負けられない!
我とルルとの愛はこんなものではない!
ルル!受けとれ!!!!』
「ガッピー♪!」
"あいあいさー♪!"
ルルの目の前にスペルビアが持つ同じ大きさのアメジストの一槍が出現し、ルルが戸惑いも無く掴むと一槍はペンライトのように小さく、ルルが振るいやすい形に変形する。
「おじさま!ガッガッガッピー!!!」
"右、左、右キックー!!!"
ルルの叫びでスペルビアの背にアメジストの長く美しい羽のような鰭が伸び、ルルが振るペンライトの軌跡に合わせ、右左右と稲妻のようにジグザグと今までよりも高速で移動し、ブレイバーンの持つバーンアックスを鰭で蹴り上げ、ぶっ飛ばしたのだ。
『勝負あり、だなブレイバーン』
『ああ、素晴らしい戦いだったスペルビア』
『うむ、ブレイバーンの愛もまた重く痛い良い一撃だった
次は番を魂に乗せたお主とさらなる高みへと至ってみたい』
『ああ、必ずやスペルビア。
……しかし、まだこちらはあの美しい君の名さえしらないのだがな』
『ぬ、それであの力とは……名を知ればもっとお主ならばもっと強くなれる筈だ
……ああ、考えただけで次が楽しみだ』
「おじさま強い!ブレイバーンも強い!
ルルも次はもっともっとおじさまと強くなる!」
ブレイバーンは朋友であるスペルビアの手を強く握る。
ルルの手がその上に重ねられ、誓いとなる。
これが共進化、まだまだスペルビアとルルもそして自分も強く、熱く魂を燃やし生きて番への愛を大きく強くできる。とブレイバーンは強く頷いた。
イサミは一人で舞い踊るかのように長い髪と鰭をたなびかせ斧を振るうブレイバーンをぽーと隅の方で見つめていた。
美しい、綺麗。そんな陳腐でありきたりな感想しか出ないほどに本当に美しいものを見たら言葉が出ないほどに綺麗だった。
そんなブレイバーンを見つめていたらバチリと美しいエメラルドグリーンの瞳とイサミの目と合う。
『美しい君!ガガガッピー!!!』
"また逢えて嬉しい!!!"
「やっぱり何言ってるかわかんねえが溺れてるぞ!?!?」
ガボガボ、ガガと泡を吹いて明らかに人魚がしてはいけない呼吸音を奏でるブレイバーンにイサミは再びその手を取って空に出た。
『はぁっ!はぁっ!ありがとう美しい君
そして君の名は?』
どうやったらそれで格好がついたと思えるのか、実際、長い髪をかきあげるブレイバーンは月光に照らされ、とても美しいのだが。
「……イサミ」
友達になるにはまずは名前からだろうとイサミは呟くように名乗る。
『イサミ、イサミ!イサミ、イサミなんだな。ああ!イサミ、なんて美しい音色なんだ!イサミの名前で一曲奏でても構わないだろうか!
今、私の愛(創作意欲)が爆発して止まらないんだ!
イサミがイサミでイサミがイサミなんだ
ああ、イサミ』
イサミが許可を出す前から歌い出すブレイバーンに苦笑しながらも、どこまでも良く響くブレイバーンの歌声にイサミはうっとりと耳をすまして聴いた。
イサミが用意してくれたお酒を飲み交わし、酔い潰れたイサミをブレイバーンはイサミの貝殻(家)へと送る。
『……イサミ、お休み』
「んにゃ……んにゃ……ぶれいばーん……」
しっかりとバーンブレイドがイサミを守るようにイサミの抱き枕になりつつある姿を微笑ましく見ながらしっかりと貝殻が閉じたことを確認し、ブレイバーンはその足でイサミへの愛を形にするためにリサイクルショップへと向かった。
ボブ店長はすぐに顔を綻ばす。
「いらっしゃい、ブレイバーンさん」
第八王子なだけあり、支払いも気前が良くごねたりもしないお得意様だからだ。
『夜遅くまですまないな』
「いえ、いえブレイバーンさんの為の店みたいなものですから」
実際、八割方ブレイバーンが買って売った物を外に流して店を経営しているのでブレイバーン店にした方が看板としては合っている。
そもそもこの店を始めたきっかけが前職に嫌気が差したボブが第八王子であるブレイバーンに『創作で素材が大量に欲しいのでなんでも買って欲しい、私が買うので心配はいらない』と頼まれたことだったから。
そしてボブが望んだ通りに、新聞をゆっくりと読めて美味いコーヒーを毎日飲める幸せを叶えてくれた恩人なのだから、店を二十四時間開けていて欲しいなんてお安い御用だった。
他の王子とは違い大きなことをブレイバーンはしないが、こうゆう小さくて痒いところに手が届く幸せというものが年を取って一番ありがたいと気づかせてくれたのだからボブの声が弾むのも無理はない。
『何かおすすめはあるか?』
「今日はどのようなものを作るんだい」
ボブはいけないいけないと首を振り、仕事をする。
コツン、コツン、コツンと大中小の宝石をまずは並べて聞く。
『何か大きなものを……いや、小さいのも捨てがたい……』
「なるほど、この辺りなんてどうたい?
最近、子供達がお小遣い稼ぎにガラス玉を売りに来てね
あんた、こうゆうの好きだろ?」
『そう!これだ!この可愛いらしいのが欲しかったんだ!!!』
ぱあっとブレイバーンの笑顔が弾ける瞬間がボブは好きだった。
子供のように無邪気で、いつだって笑顔な人だが一番笑顔になるのはこうして欲しいものを見つけた時なのだから。
ボブも買い取りがいがある。
『もちろん全部買おう。
他には?』
「今日はまた沢山買うんだね?」
いつもなら一箱買ったらまた明日来るのを繰り返していたブレイバーンが珍しくまだ買うと言うのだからボブも慌てる。
『今日は創作意欲が爆発しそうなんだ
今もまだ作りたいものが溢れて止まらないんだ』
キラキラとエメラルドグリーンの瞳を大きく輝かせ、ブレイバーンが手で表現する。
"こんなの、こんなの"と
それでボブは納得する。
"なるほど、ブレイバーンさんが欲しいのは愛を表現するもの作りたいの"かと
「なら、これなんてどうだい?
凝固剤を使っていないから今もほら、形を変えているんだよ」
『……ぁ……ああ!ああ!なんて!なんて素晴らしいんだ!!!
ボブ!これを一体どこで!?!?
いや、わかってる!わかっているとも!それは守秘義務だと!!!
私のこれは、この素晴らしさを表現するための歌の一節だとでも思ってくれ!
……ああ、私がこんなにも愛らしいものを触っても良いのだろうか?』
「あんたは特別さ、誰もこの店で咎める奴なんていないさ」
ブレイバーンはそれでも戸惑うのでボブもそんなにこれが欲しいなら手に取って見なきゃと、ブレイバーンの掌にちょんと乗せる。
買い取った時には金平糖くらいの小さな歪は、今はビー玉かスパーボールくらいの大きさの歪に変わっていた。
『はわわ、なんて小さい、暖かい、柔らかい……生きている』
"そりゃ、あんたみたいな力の強い奴にはなんでも柔くて小さく見えるだろう"とは空気の読めるボブは言わない。
今もぼこぼこと泡を吐くように大きくなる歪に見とれるブレイバーン。
『ああ、綺麗だ。イサミのように美しいイサミと名付けても良いだろうか?』
「命名権はうちじゃあ取り扱ってないから好きにしな」
『……ああ、でも勝手にこれにイサミと名付けたらイサミは怒るだろうか?
イサミが怒った顔を思い出すだけで、今にも歌い出しそうだ!』
"もう愛のメロディを奏でてるよ"とはボブは言わない。
『よし、決めた。
今日からこれはイサミだ。私の魂がこれはイサミだと言っているのだからイサミに違いない』
イサミがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「まいどあり」
『……ん?ちょっと待ってくれボブ』
「どうしたんだい?」
『ここに値段表記が無いのだが』
ブレイバーンは貝殻の人魚の心に貼られた真っ白なシールを指し示す。
「はて?なぜだったか?
……あ"ー、これだから"怠惰"は駄目だってわかってるんだが
嫌なことがあるとつい第九王子のセグニティス様が作った"怠惰のタバコ"をやっちまうんだよな。
あれに名前を書いて吸うと売り主のことをさっぱりと忘れるのは良いんだが、その後に値段を書くのをサボっちまうのがいけないね」
『珍しいなその前に書かないなんて』
「いや、なんでだったか……そう、それを見てなんとなく思い出したんだが
それ、近くで見るとかなり綺麗でな
白の中にわかりずらいが淡いピンク色で、好意色を示してるのになんで売っちまうのかなってさ」
『さすが!わかってくれると信じていたぞボブ!
そう!わかりずらいんだ!隠しているんだ!
イサミを守る貝殻に生えた苔の下に隠されたイサミの魂の色である虹色輝き……
いや、黄金かもしれない!!!
とにかく、イサミと共に産まれ育ちイサミの魂の輝きをイサミはなぜか苔で隠しているんだ!
もっと堂々としていい!
しかし、私はそれを強要したくなどない!
イサミがイサミ自身の手で苔を剥がして気づくからこそ、さらに輝きを増すに違いないからだ!
その中のイサミのしなやかな柔かさ、私の魂を射ぬくイサミの色にも私の色にも良く似た双眼。
あの輝きこそ私の光=イサミ』
"ついに概念になっちまった"とボブは頭を抱える。
"こうなりゃあ1時間は"これ"だからな"とボブは頬杖をつき欠伸をする。
そんなボブに気づかずブレイバーンは身振り手振りでイサミのことならボブと共感できる筈だと説得した。
『それで、値段だがボブ』
「ん?ああ、もうタバコ代くらいくれたら良いよ」
ようやくブレイバーン節から解放されたと、鰭を伸ばすボブ。
"タバコ"も安くはない。
イサミのことを忘れなければボブの頭の中にブレイバーンの旋律が響いてきそうで、今日はもう一本だけ吸うと決める。
その為にはタバコ代くらいは回収したい
『それは駄目だ』
「え?」
珍しくブレイバーンが否定し、ボブは驚く。
『イサミにはもっと価値がある!
そのような安値を付けたならばイサミに悪い!』
"ああ、そっちね"とボブは椅子に座り直す。
「安値ってそりゃあんたの気持ちだろ?
こっちとしちゃあ、売れたらいくらでも構わないんだが」
ボブは、元々売る気が無いような感じだったからこそ今、欲しいものの値段を適当に付けただけだ。
『そうだ私の心の値段だ。
そうだな……ちょっと待ってくれ』
ブレイバーンが時空を歪めて、自分の部屋とボブの店を繋ぐ。
久しぶりに行われるブレイバーンの時空干渉にボブもぎょっとして繋がったブレイバーンの部屋をしげしげと見てしまう
『……これがとりあえず、私が今出せる全てだ』
ブレイバーンのごちゃごちゃとした部屋はすっからかんと寂しくなり
変わりにボブの机には金銀に宝石で作った立体像やら船や戦車や大人や子供やマニアにもたまらないブレイバーンが趣味で作った普段出ないようなガラクタで作った作品までもが並ぶ。
どれも出せば飛ぶようにすぐに売れてしまうブレイバーンの大切な作品。
「おいおい、ちょっと待て、こりぁあんたの大切なもんだろ?」
その中にブレイバーンが目指し、目標にしていると公言している先々代の王の巨大な立体像まで含まれていて
今でも根強いファンは大金を出すだろうが、こんな大切な心まで出すなんてあり得ないとボブは首を振る。
そのボブの仕草をブレイバーンは"まだ足りないのか!"と解釈しパタパタと何か無いか、何か無いかと探す。
"誰か!こいつを止めてくれ!!!"
ボブの声なき声は聞き届けられずにブレイバーンはついに見つけてしまう。
真っ赤に長く人魚の長い命を象徴する美しい髪を。
『さあ!受けとってくれ!』
ブレイバーンは長い髪を無造作に掴むと
"ブレイブヴァニッシュ"と自身の髪をライオンヘアにして見せたのだ。
これにはボブも恐れをなし、こくこくと頷いて恐る恐る誰も触れたことのないブレイバーンの長い髪を受け取る。
そうしなければきっとこのブレイバーン自分の鰭を今度は一刀両断して"イサミの為なら泳げなくなってもなんら問題無い"と笑うだろう。
このブレイバーンはやる。
「まいどあり!」
"さっさと帰ってくれ!これ以上何か出されたらこっちの首が飛ぶ!"とボブの魔法の言葉で無事にブレイバーンは契約書にサインするとイサミを大切に両手で抱えてそのまま帰って行った。
ボブは疲れた体をそのままに床に寝そべりながら"怠惰"の煙を吸って吐く。
"そういや、あの貝の人魚の名前も確かイサミって名前だったな"と煙の効果で泡のように思い出す。
あの契約書も第……何王子だか忘れたが作った作品で、こうゆう仕事をしている連中には重宝されている。
あの紙に一度署名すれば億の確率でしか戻らない効果がある。
それは実質、もう二度と手元に戻らないことと同じ意味を持つ。
イサミにブレイバーンが持つイサミの心は戻ってくるのだろうか?
パチンと泡が弾けボブはイサミのことを忘れる。
「……なんか……その……涼しそうで良いな
俺とお揃いみたいで、さ」
イサミは目の前に現れたブレイバーンの変貌に戸惑いながらしどろもどろに何か言おうとする。
昨日酒を一緒に飲むまでは長く美しい人魚の命とも言える髪が今日になって見てみれば、誰かに後ろから襲われて無理やり刈り取られたような髪型になっているのだから、イサミでなくとも優しい言葉をかけて慰めてやりたくなる。
まさか、イサミもブレイバーン自身が切ったなんて発想も思い浮かばないほどに髪は人魚の命で、一度切られればもう二度と元に戻らないのだから。
もしも、元に戻そうとするならば髪を取り戻すか、買うしかない。
イサミが逆立ちしたって買えない値段だが。
『イサミとお揃い……イサミとお揃い……
なんて良い響きだ!
ありがとうイサミ!このフレーズは次に使おう!』
ブレイバーンはいつもと変わらずに明るく、それだけはイサミをほっと安心させる。
『今日は私の朋友に会ってもらいたいんだ』
「朋友?」
『そう、"ライバル"だ
魂を熱く燃やし、ぶつかり合い、叫ぶ
我々の"スポーツ"のようなものだ
それにイサミには是非とも参加して欲しいんだ
そして……私と共に戦って欲しい』
ブレイバーンが鰭を畳んで跪き右手がゆっくりとイサミに差し出される。
「なんで俺なんだ?」
『イサミだから、だ』
"それは答えになっていない"とイサミは思うが、友達の友達に会う。
なんだか楽しいことになったきたようでイサミは"仕方ないな"とブレイバーンの手を取った。
イサミはブレイバーンが用意した泡の中に恐る恐る入り、位置につく。
出逢って早々にブレイバーンの友達は
『待っていた、早く戦おう』とだけ言い残し、小さな人魚を連れて向こう側に立ってしまった。
『イサミ、バーンブレードは持ったか?
私の贈った鱗の鎧は大丈夫そうか?』
「どっちも大丈夫だし、ピッタリだ」
『……なら良いんだ。
イサミ、私のは少々激しいが……まあ直ぐに慣れるだろう』
「……は?激しいって」
『来るぞイサミ!!!』
両手でイサミが振るいやすい大きさになったバーンブレイドをしっかりと持って相手を見据える。
「早っ!!!!」
『流石だイサミ!スペルビアのあの速度に対応するとは!!!』
「飛ぶなんて聞いてないぞ!!!」
どうにかスペルビアの槍をいなし、もう一度バーンブレイドを両手で構える。
『私も前回あれに対応できなかったからな
あえてイサミには言わすにいたんだ』
"そんなすごいことを俺が?"イサミは言葉を飲み込みもう一度稲妻のように飛ぶ槍を弾き返す。
『良い!良いぞイサミ!
私達もそろそろ攻撃に転じよう!!!』
ブレイバーンが泳ぐがスペルビアの速度に負けている。
イサミは考える。
どうしたら"あれ"に勝てるのか。
「ブレイバーン!おまえには無いのかああゆうの!」
スペルビアの背に羽ばたく翼を睨み、槍を弾く
『イサミが私を信じてくれたなら!』
"それは答えになっていない!"とイサミは全力でブレイバーンにブレーキをかけどうにか槍を回避する。
「はぁーっ!はぁーっ!」
いくら筋肉に自信があるイサミでもこう走り回って回避するのは疲れる。
あのスペルビアの相棒はどうして疲れないのかと、見て理解する。
"スペルビアは飛んでるから"
「なあ、やっぱり飛べないのか!ブレイバーン!?」
『イサミが私を信じてくれたなら』
"やっぱり同じ回答か"とイサミは前を向く。
相手はまったく疲れていない。
一方、ブレイバーンもイサミも疲れて今にも倒れそうだ。
"……でも、負けたくない"
これに負けたらいけないような気がする
何か大切なものを否定されてしまうような気がする。
"これのどこが、スポーツだ"
イサミの中に怒りが爆発する。
勝負にもなっていない。
まだブレイバーンの良い所を魅せていない。
"ブレイバーンと俺はこんなものじゃない!"
『そうだイサミ!私達はこんなものじゃない!!!』
イサミの両手に握ったバーンブレイドがバーンアックスに変形し、ブレイバーンの背に緑の長い鰭が羽のように生える。
『やはり来たか!!!待っていたぞ!』
スペルビアはこうなるのを待っていたとばかりに全力で飛ぶ。
「ブレイバーン!!!!」
『わかっている!!!!』
ブレイバーンもイサミも一緒になり飛びながらそれに全力で正面からぶつかる。
一槍と一挺の斧が激突する。
瞬間、イサミは理解する。
"これはやっぱりスポーツだ"と
スペルビアとその相棒が互いに信じてこちらにぶつかり合い、ブレイバーンとイサミが互いに信じてぶつかり合う。
この試合に勝ち負けは無い。
あるのはただ、自分達の絆の証明。
強いか、弱いかじゃなくて、どれだけ二人で重たくて大きいものにできるかの共同作業。
一人じゃ切れない硬くて大きなケーキを二人でどこまで切れるのかを知りたいだけ。
「わかったよ、ブレイバーン!
なら、もっとだ!もっともっと大きい武器を!!!」
『ああ!そうだ!そうなんだイサミ!
私達はただ知りたいんだ!!!』
『ブレイバーンとその相棒よ!共にさらに先に、大きく!!!』
「おじさまとルルが一番強いって!」
スペルビアと相棒のルルが一緒になってブレイバーンとイサミに激突する。
ブレイバーンとイサミも、もっと大きく重たくて痛い一撃でそれに応える。
ゴーン!と重たい鐘を鳴らしたような音色が響く
イサミの手とブレイバーンの手に響く相手の一撃で手が痺れる。
それはスペルビアもルルも同じ。
痺れた手を振り、今日はここまでと互いに握手をした。
「……んで、ブレイバーン
これ、やっぱりスポーツじゃないだろ」
柔らかくて暖かい居心地の良いブレイバーンの用意した泡の中から降りたイサミは開口一番、ブレイバーンに問いただした。
『やはりバレたようだぞブレイバーン
そもそも"これ"は隠して隠せるようなものではない。
そしてこれより先に我らは向かいたい、だからこそ真実をイサミにも伝えるべきだと我らは思う』
「嘘はよくないよ?」
三対一でブレイバーンの負けだった。
『私は嘘は言っていない
これは"スポーツ"だ互いに信じてぶつかり合って
大きくて重たい武器で激突するのだから
……ただ、イサミには"これ"が"番行為"だと言っていなかっただけだ』
"番"と聞いてイサミは耳まで真っ赤になりパクパクと泡を吹く。
『ここは我らが説明しよう!』
「説明しよーう!」
こうして、スペルビアとルルの解説でイサミはさらに真っ赤にポコポコと湯気を出しそうなほどイサミとブレイバーンがどれほど恥ずかしいことをしていたかを知らされる。
ブレイバーンは鰭を畳み頭を下げ『その通りだ』と顔を初めて赤くする。
「つ、つ、つまり俺は、ブレイバーンのし、しょ、処女というか……貞操というか……童貞というものを……奪ったと?」
『うむ、その通り』
「しょ……じょ?」
『ルルにはまだ早いから知らなくて良い
いずれまた教える』
「うん!その時までルル待ってる!!」
スペルビアの迎撃でさらにプシュプシュとイサミの頭上にハートマークの霧ができる。
『このように我のルルはまだ幼い
だが、強く求められてしまえば我らは拒めない。
また我らもそれを強く欲しているからだ
イサミよ……ブレイバーンの番よ。
我らはたった一人としか番えぬ。
魂は一つしかないゆえに、これと決めた番以外は受け入れられなくなる
そして、いずれは我もルルに同じものを返して貰う為に我は二度と返ってこないものをルルに捧げ、ルルが自らの意志で我の元に必ずや来るのを信じて待っている
それはブレイバーンも同じだ。
ずっと待っていたんだお主を』
スペルビアの言葉でイサミの顔が上がる
「待っていてくれたのか?」
『ああ、私はイサミ、君をずっと待っていたんだ』
「ぁ、あ、お、俺、どうしよう!
わ、忘れ物してきた取って来る!!!」
スペルビアとルルとブレイバーンを残してイサミは全力で走る。
"ブレイバーンが俺と同じものを返してくれるのを待っている!"
ブレイバーンの魂に触れて気づいた。
ブレイバーンのドロドロとした欲望。
高慢、強欲、淫蕩、虚栄、悲観、怠惰、憤怒、貧食。
イサミに会いたい
イサミと話をしたい
イサミの柔らかい唇にキスをしてみたい
イサミに格好いいと思って欲しい
イサミみたいになれない
イサミみたいになりたい
イサミが欲しい
全部ブレイバーンもイサミと同じくらいに歪をもっていて、それを勇気を持って包んで愛して形を整えて真っ直ぐにしてイサミに差し出していたのだ。
"取り返しのつかないものを売ってしまった!!!!"
丸くなくてもブレイバーンなら受け入れてくれた。
歪でもブレイバーンなら包んで愛してくれた。
"ブレイバーンは最初から俺の心をまるごと飲み込んで一緒に溶けて一つになろうとしてくれていたのに
なにが友達だ!俺がそれで我慢できる筈がないだろう!
あの戦いのようにもっともっとブレイバーンと同じように溶けて一つになって互いの境界が曖昧になって微粒になって
一つのブレイバーンの武器のようになりたい!
ブレイバーンを羽ばたかせる翼のような鰭になりたい!
俺もブレイバーンになりたい!!!!
ブレイバーンと同じものを返したい!"
リサイクルショップにイサミは駆け込む
「おじさん!この前っ!売った俺の心ありますかッ!!!!」
「えーっと、ごめんね、君……誰?」
「へっ?」
「……あー、うん、話の内容から君は心を売った人魚だね
ごめんね、うちも売り主と買い主のことは秘密にしなきゃだから"これ"で忘れるようにしてるんだよ」
ボブ店長は"怠惰のタバコ"を振る。
吸えばたちまちその人を忘れられる麻薬
イサミには手を出せないほどに高いもの
「だ、大丈夫です。きっと俺の心なんて売れていません
さ、探して良いですか?
きっとまだどこかにある筈です!」
「散らかさなきゃ好きにしな」
「ありがとうございます!」
ボブ店長に頭を下げ、商品棚を探す。
"人魚の心"の棚を目をこらしてよく見る
きっとあれから時間が経ってしまったからさらに歪んでしまっているイサミの心
一秒ごとにイサミがブレイバーンを想った愛の結晶。
見る角度が駄目なのかとイサミは何度も座って立って目線を変える。
"あんなもの売れない"と信じているから
しかし、何度見ても綺麗な丸しかない。
"これじゃない、俺のはもっと歪だ"
「おじさん、すいませんが最近もしかしたら俺の心、売れましたか?」
可能性があるとすればそれだ。
……信じたくなどないが。
「そう言われてもね、守秘義務もあるし怠惰もあるしで覚えてないんだよ」
ボブ店長は嫌そうに首を横に振る。
「わかっています。だけど返して下さい!
渡したいんです!俺の心!あんなに歪でも欲しいって叫んでくれる奴だって知らなくて……知ろうとしないで……決めつけて……良い子のふりをしていたんです
俺は本当はこんなにも欲があって、それはあいつにもあって、俺をそれに触れさせてくれて包んで愛してくれたから……だから……だから返して……俺の心……返して……ください
なんでも……なんでもしますから……
あいつへの俺の心はたった一つしか無いんです……お願いします……」
イサミの声は最後の方は涙で震えていた
「んー……あ、ガラクタ!そう、ガラクタだ!
箱いっぱいの子供の小遣い稼ぎのガラクタと一緒になんか買って行った中に混じっちゃったかも」
「誰ですか!?それ、誰が買ったんですか!?!?」
「確か……この国の王子様だったけ?」
「おじさん!ありがとうございます!」
走るイサミに手を振りながらボブは、呟く
「優しい王子様達だったんだね」
高慢、強欲、淫蕩、虚栄、悲観、怠惰、憤怒、貧食も"愛のキーワード"でボブにかかっていた効果を全て打ち消し
全てを思い出す。
前職で培った技術の癖で無意識に覚えていた今まで取引した全ての人魚を思い出す。
……あと、ブレイバーンのイサミへの旋律も
ボブはその旋律を振り払うように首を振り、ひとりごつ。
「もう少しくらいヒント出そうとしたんだがね
赤いの……とか」
さすがに名前まで言うのはボブの店の契約に反するので限界まで濁して伝えようとしたがその前にあの人魚は走って行ってしまった。
そのくらい強くないと"これ"の効果は消せないのかもしれない。
ボブは、ぐしゃりと"怠惰"を握りしめポイとゴミ箱に投げる。
王子様達の本当の作品(愛)を知ってしまったからにはもうこちらも愛さずにはいられない。
"こんなものに頼らずに勇気をだして生きて乗り越えて、包んで誰かをそれでも愛してくれ"
「わかりましたよ、ブレイバーン様」
ブレイバーンが聞いたならば
"様はやめてくれ!様は!せめてさん!
できればブレイバーン!とだけ呼んでくれ!……え?無理?……そうか……"と最初のやり取りを何度でもすることだろう。
ボブは笑いながらブレイバーンを待つ。
"いや、今日は来ないかもしれないな"と新聞の一面に載った愛すべき王子様達の集合写真を見る。
今日は何を作って人魚を惑わせ、愛への試練を与えているのやらと目を通す。
イサミは走る。
この国の王子様なんて誰一人知らずに。
とにかく自分の心を頼んで返して貰うことだけしか考えられない。
タイムリミットはブレイバーンの口にギリギリ入るくらいの大きさになるまで。
今、どれくらいの大きさになってしまったかイサミの手元に無いからこそ焦る。
それを過ぎてしまえばもうイサミはブレイバーンと一つに溶け合えない。
同じものを返せない。
同じものを共有できない。
ずっとすれ違って生きていたくない。
同じ心になりたい。
同じ鼓動を感じて欲しい。
ブレイバーンと一緒が良い。
イサミは王子様なんだからお城にいるだろうと、単身でお城に乗り込む。
「あ、イサミ!遊びに来てくれたの?」
なぜかルルがいた。
「いや、俺は探しものをしてて……
なんでいるんだルル?」
「ルルはおじさまの相棒で、ふ、フィナンシェ?だから?」
おしい、それを言うなら"フィアンセ"である。
「なるほど!わかったありがとうルル!
とかく俺はこの国の王子様とやらを探しているんだ
ルルは知っているか?」
「知ってるよー!」
『……して、イサミよ何故我の元に』
ルルに連れられたイサミの前に現れたのはまた見たことあるスペルビア。
「イサミが王子様探してるって言うから連れて来たー!」
なるほど、スペルビアならこの国の王子様のことを知っていそうだ。
「実は探しものをしていてな
こう……たぶんこのくらいの白くて丸くなくてなんかゴツゴツしたのだと思うんだけど知らないか?」
『曖昧だな』
「最後に見た時とたぶん形が変わっちまってるんだ
この国の王子様が買ったらしいんだが」
『なるほどそれで……しかし、この国の王子様となると我を含めて九人はいるぞイサミ?』
"九人!?"と"スペルビア"がという驚きでイサミは目を白黒させる。
「俺の心!知らないか!?なんか箱に紛れてるかもしれねえんだ!」
『いや、知らぬ……』
「ありがとう!スペルビア!ルル!」
「ガガピー」
"また遊ぼうねイサミー"
もう見えなくなってしまったイサミにスペルビアは最後の言葉を呟く
『我は知らぬがそういうのを好む奴なら知っているのだが
……そう、ブレイバーンと言ってな
我の朋友でな。
あやつ、ああ見えていちよう我と同じ王子様なのだが
……イサミ、知らなかったのか』
「ブレイバーンが言うと思うおじさま?
"私はこの国の第八王子、ブレイバーンだ"って?」
『絶対せぬな』
スペルビアとルルは顔を見合せ、頷く
"これすれ違ってる"と。
『いらぬお節介かもしれぬが、我らも力を貸そうルルよ』
「ガガッピー!」
"おじさま大好きー!"
『うむ、我もルルが大好きだ』
スペルビアとルルはイサミとは逆方向。
ブレイバーンが根城としている城の外にある格納庫に向かう。
イサミが出会ったのはいつぞや見たことのある薄黄色の一組の番。
「すいません!リサイクルショップでガラクタを箱ごと買いせんでしたか!?」
イサミは最強モードに入る。
タイムリミットが近いことがイサミの心臓を通して"そろそろヤバイかも"と知らせてくるのだから。
『『知らない』』
「ありがとう!」
そうして城にいる全員に聞いて回り、最後の一人に激怒されながらも『知らないね!』と回答され、とぼとぼとイサミ歩く。
「……俺の心……」
最強イサミモードも終了し、もうあとは城にいない一人だけだった。
「……返して……」
誰に言うわけでもなく、イサミは願い下を向く。
『イサミ、もしかしたら君の探しものは私の所にあるみたいなんだが
私と一緒に来てくれないだろうか?』
「ブレイバーン!!!」
イサミは思わず顔を上げ、そちらに飛び込む。
見慣れた時空の裂け目を見た王子達は心を一つにする
"やっぱり原因はあいつか"と。
イサミはブレイバーンの部屋に転がり込むようにして、ブレイバーンのベッドの上で裸で体育座りをしてすねているイサミの心を見つけた。
「う"あ"ーーーっ"っ"っ"!!!!」
"見るなーっっっ!!!!"
イサミはズザーと恥ずかしい自分の心を胸に隠す。
「俺だけど!俺の心なんだけど!!」
まだイサミだってブレイバーンとベッドを共にしたことは無いのに、イサミの心は既にブレイバーンとベッドを共にした可能性にグルグルと目を回す。
『やはりそれはイサミだったのか!』
「そうだよ!悪かったなベッドを占拠して!!!」
"あと、ついでにおまえの好意に甘えてしまっていましたよ!!!"
イサミは自身の心臓が柔らかくて暖かいものに包まれている原因にようやく気がつく。
イサミが心を売ってわりと直ぐにブレイバーンがイサミの心を拾ってこのベッドの上に置いてくれていたのだ。
それにイサミの心は甘えてイサミの姿になってしまったのだ。
ブレイバーンが欲しい形にイサミの心が勝手に形を変えたのだ。
"今さら俺に何かようか?"と確実に怒っているイサミの心。
"もうおまえなんて知らない"とイサミの心がイサミの手を拒否し、硬くて形が変わらない。
「どうしよう、ブレイバーン」
これはもうイサミの心では無くなってしまっていると泣く。
こんなにもブレイバーンが好きなのに大好きなのに、イサミの思う通りにイサミの心が形を変えないのだ。
このままブレイバーンに食べてもらってもイサミが一つになることができない。
心と身体が揃わなければただの異物となりブレイバーンの中に溶けることができないのだ。
『イサミ、大丈夫だ。……大丈夫だ。
自分を信じるんだイサミ。
イサミ、君はどんな心を私に渡したいのか教えて欲しい』
ブレイバーンの声でようやくイサミも落ち付く。
「……せめて、おまえが食べやすい形にしたい」
"このままでは喉に詰まらせてブレイバーンが死んでしまう。"
『私の口はイサミが思う程に小さくはない。
これくらいなら一口でいけるとも
……他には?』
「……丸くなくても良いからもう少し見栄えを良くしたい」
『なるほど、私はこのイサミも大好きだが
イサミはイサミのことも大好きになりたいんだな』
「……あ……そっか……」
ブレイバーンの言葉で胸の中のイサミの心を改めて見る。
"おまえが嫌いだ"と鏡写しなイサミの心
"世界のどこに自分が一番嫌いな奴がいるんだよ"とイサミの心にペシペシ手を叩かれる。
そして、柔らかくなってまたイサミの掌の中で"もう一回だけな"とイサミの心が形を変える。
「……ありがとな」
"今度はちゃんと見よう"
こんなにも大好きなブレイバーンが愛しているイサミをイサミ自身が愛さなければ同じものをブレイバーンにも返せない
"そうだ俺は、そうなりたかったんだ"
イサミの心の形がイサミの思う通りに形を変える。
"俺を置いて行くな"
"俺だけを見ろ"
イサミの掌でカチリとイサミの心が揃って形を固定する。
丸くなくて、ちょっぴり歪でハートの形をしたイサミの心。
「……ブレイバーン、受け取ってくれ」
それを勇気を出して胸に抱きしめてブレイバーンのベッドの上に寝転がる。
イサミの身体も心も硬い殻を脱ぎ捨てブレイバーンに差し出す。
『いただこう』
ブレイバーンの唇がイサミの唇にゆっくりと触れ、そしてついにイサミの心に食らいつく。
「ッ!!!」
怖いけど勇気を持ってブレイバーンを見守る。
『ッん"ん"ん"!!!』
「ブレイバーン!」
"大丈夫だイサミ"とブレイバーンにジェスチャーされイサミは起こしかけた身体と心を落ちつかせる。
「……わかった……待つよ」
"そうだ、ちょっと待ってくれイサミ"
海に溺れている以上に苦しく
俺に溺れて苦しそうに喉を抑え、どうにか大きくなりすぎたイサミのブレイバーンへの心を飲み込もうとするブレイバーン。
それをしっかりとイサミは待って見届ける。
『……はぁっ!はぁっ!』
ブレイバーンは空へイサミと初めて共に出た時のように呼吸を乱し、そして短くなった髪をかきあげて笑った。
「ブレイバーン!」
『ああ、イサミ感じるよ君の心を
……イサミ、触れてみて欲しい』
恐る恐るブレイバーンの硬い鱗の胸に触れる。
「……動いてる……俺とブレイバーンの心が……」
ドクンドクンとイサミの掌に伝わる程に強く、一分一秒を刻むブレイバーンのメトロノーム。
『イサミ、私はきっと今、産まれたんだ
イサミに出逢って、私は何度も産まれて
イサミが私にイサミの心(コア)をくれたからこそ、こんなにも私とイサミのコアは力強く輝いているんだ』
ブレイバーンの胸の鱗が赤から緑に変わりイサミの色になってキラキラと輝く。
ブレイバーンのイサミへの愛の歌が止まらない。
イサミもブレイバーンの魂をぎゅっと抱きしめる。
目がバチリと合って、もう一度キスをする。
両手を繋ぎ、足と鰭を絡めてキスをする。
ブレイバーンがイサミの柔らかい身体中に今度は入る。
純粋で無垢でなくて
丸くなくて歪んでしまって
それでも愛して包んで抱きしめて
たった一つしかない二度と取り返しのつかないものをイサミはブレイバーンに全て差し出す。
ブレイバーンの愛もイサミと同じで
大きくて、強くて、ちょっぴり痛くて、気持ち良かった。
エメラルドグリーンの泡の光線が飛び交う。
『ブレイバーンとイサミ!
我とルルがその段階まで至れないと知っていてその技を使うとは!!!』
紫電がその光線を避ける。
「おじさま!ルル達もいける!!!!」
『ぬ、いや我らはでき……そうか!
そうだったなルル!我を信じるルルを我が信じなくてどうする!!!
聞け!ブレイバーンとイサミ!!!
我は第一王子、スペルビア!!!
我とルルが作る高慢(愛)はこれだ!!』
スペルビアはルルから夫婦槍を受け取り一つにし、さらに長く大きな一槍にしてみせる。
「こっちも行くぞブレイバーン!」
『もちろんだイサミ!!!』
ブレイバーンもイサミから夫婦刀を受け取り二つのバーンブレイドを構える。
そして互いにビームを発射する。
スペルビアとルルは紫電の大砲
ブレイバーンとイサミは赤と緑の二つを絡み合わせた一つの大砲
それが激突し、身体を肚を魂までも震えさせる音色が響き渡る。
その愛の音色は世界に広がり、愛と勇気を届けましたとさ。
めでたしめでたし。