『幸せの匂い』コンコンと軽い包丁の匂いと、甘く卵の焼ける香ばしい匂いでイサミは起きる。
「はよ、……早いなぁ……」
『起こしてしまったか。
すまないイサミ』
「んや、今日は早く起きようと思っていたんだ
……どうせなら俺も起こしてくれたら良かったのに」
硬くて安心できる枕(ブレイバーン)が無い朝の目覚めは寂しいのだから、そんな朝を迎えるくらいならブレイバーンと共に起きたかったと目で語る。
『次からはそうしよう』
「なら良い」
優しく微笑むブレイバーンにイサミは満足そうに頷く。
「気合い入ってるな」
ブレイバーンが作っている大きなお弁当箱を覗いて、そんな美味しそうな匂いがする美しい料理の数々を見て、イサミの腹の虫がきゅうと可愛いらしく鳴る。
『味見してくれ、イサミ』
「ん、サンキュ……ん、美味いな」
ブレイバーンが菜箸で赤く色づいたタコさんウインナーをあ~ん、と口に差し出すので
イサミも少し照れながらも一口で、できたてほやほやの美味しいタコさんウインナーを味わう。
『よかった』
ふわりとブレイバーンが微笑むだけでイサミの心もお腹もほっこりと温かくなる
「後は何を作るんだブレイバーン?」
お弁当箱には色とりどりの美味しそうなおかずやおにぎりが綺麗に盛り付けられていた。
三段弁当を作っているらしいブレイバーンの残りはあと一段だった。
『最後の一段はデザートにしようと思っているんだ』
「手伝う」
『ありがとう、イサミ。
私もこれが終わったらそちらに合流しよう』
「ん」
ブレイバーンの目線の先にあったリンゴにイサミもほっこりと笑う。
おかずやおにぎりは明らかにイサミが好きだからという理由で用意されていたが
そこにきちんとブレイバーンの好きなものも用意されていて、それをブレイバーンの為に食べやすくできる嬉しさで顔が綻んでしまう。
赤いリンゴはブレイバーンのように美味しいそうで、可愛いらしく、格好良い。
そんなリンゴを撫でて、考える。
せっかく切るなら、ウサギの形にしようと
運動会や家族でのピクニックの際に、可愛いらしいリンゴのウサギがお弁当箱にいた時の、あの特別感やわくわく感をブレイバーンにもプレゼントしたかったのだ。
「……ッ、……難しいな……」
リンゴを切るまでは良かった。
ウサギの耳にする為にV字の切れ込みをしようとしたが不恰好な形になる。
「……ん、……こんな感じか?」
そんな不恰好なウサギを数匹作ってようやく納得のいく形になる。
『イサミ、そちらはどうだ?』
「大丈夫だからこっち見るなよ」
どうせならブレイバーンをびっくりさせたくて、こっそりとリンゴのウサギ達をお弁当箱に詰めていく。
『後の楽しみ、というわけだな』
「ん」
ブレイバーンはそれだけで察し、待ってくれる。
そんな所が大好きで、口の中いっぱいに甘いものを食べたような気分になり、ほくほくとしながらお弁当箱にリンゴのウサギをたくさん入れる。
ブレイバーンの好きな赤いリンゴがたくさん入ったこのお弁当箱を見たら
ブレイバーンはどんな顔をするのだろうかと、そんな期待を込めて蓋をする。
「できたぞ」
『こちらも完成だ、イサミ』
「ん」
ブレイバーンに差し出されたできたての卵焼きを口いっぱいに頬張る。
"甘くてふっくらしたできたてが食べられるのはイサミだけの特別だな"、とブレイバーンのエメラルドの瞳が蕩けるように細められキラキラと輝く。
「美味しい」
『そうか、そうか』
そのブレイバーンの嬉しそうな顔と魔法の言葉でさらに甘い卵焼きが甘く美味しく感じる。
『そろそろ行こう、イサミ』
「そうだな」
今日はピクニック日和。
大きなブレイバーンのような木影の下で
花を愛でながら、二人でレジャーシートを引いて、美味しい、美味しいお弁当を二人でつつき合うようにして空っぽにする。
『「ごちそうさまでした」』
心と身体が満たされた二人は同じように笑い合いましたとさ。