小さなガラス瓶に入った真っ白い毛。雷狼竜の高電毛だ。もう十数年も前のものだが、まだ少しだけ光は残っている。ウツシが「君たちだけの勇気の証だよ!」と言いながらまだ6歳の俺らにくれたものだ。たぶん朝陽もあずまも大切に保管して………ないだろうな。
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「『おとしもの』て知ってる?」
「しらない」
あずまの問いに朝陽と俺は声を揃えて答えた。
「モンスターをたおさなくても『おとしもの』をひろえば、すげぇそざいも手に入るらしい」
「うわ!オレ!ちょうでんらいこうちゅうほしい!!」
朝陽が早速話に飛びついた。俺は、モンスターが出現するところまでは行かないと落とし物は拾えないんじゃないかと思った。
俺らはまだ子どもだから大社跡の一番手前の草原に行くことしか許されていなかった。そこでガーグァやブンブジナをからかったり、ブナハブラに石を投げたり、時には大人たちから花結の材料の草花を取りに行くよう頼まれて花摘みに行ったりしていたが、それより奥、鳥居の残骸の向こうは行くことを禁じられていた。
「あぶないとおもう…」
はぁーっと朝陽とあずまが興醒めだという顔でため息をつく。
「きけんをしょうちでいくからおもしろいんだよ!」
朝陽がいう。
「きもだめししよ!」
あずまも提案する。
「げきりんとれたヤツが勝ちな!」
ずっと集会所で遊んでいたから、ハンターたちの話を聞きかじってどういうものが希少価値があるかなどは理解していた。
「げきりんよりたまのほうがすげえらしいぞ!」
「たま!?」
「へきぎょくっていうらしいぜ」
「かっけぇぇぇぇ!」
二人が盛り上がれば盛り上がるほど俺の不安は増大していく。そのやりとりを遠くからウツシが見ていたことには俺たちは気付いていなかった。
「もうかえろうよ…」
「さっきのハンターがジンオウガが出たって言ってた」
「もう少し奥までいったらひろえるかも!」
「かえろうよ…」
なぜか二人を置いて帰るという選択肢は俺の中にはなかった。
「もうすこし!」
「もうすこしだけ!」
「わかったよ」
その時だった。バチと何かが小さく爆ぜるような音がした。振り返ると青白い光を纏う四足歩行の竜が周りを威嚇するかのように悠然と歩いていた。
「ジンオウガだ…」
相当大きな個体に見えた。碧色の巨躯の周りで、ばちりばちりと蒼白の光が浮かんでは弾ける。俺たちはソウソウ草の草むらに伏せて息を潜めた。
「すげえ…」
「ちかくでみるとホントにすげえな」
「かっこいいな」
俺が素直にジンオウガを褒めると朝陽もあずまも鼻の穴を膨らませて「だろ!」みたいな顔をした。
「あ!」
ゆったりと進んでいたジンオウガが歩みを止めた。真っ白な体毛が一気に逆立つ。碧い鱗も艶を増していく。天を仰ぎ、咆吼をあたりに響き渡らせる。蒼白い小さな光を全身に纏った竜は己を鼓舞するかのように大きく長く鬨の声をあげた。
「チャージだ」
門前の小僧の俺たちはモンスターたちの生態になかなか詳しかった。三回目の咆哮のあと、一層大きな雷鳴が轟きバチンとジンオウガの体に雷光が落ちたように見えた。
「ちょうたいでんじょうたい!!」
体毛も鱗も一層輝きを増したジンオウガはぶるりと巨躯を震わせると、俺たちの潜んでいる草叢の方を見やってきた。その瞳の獰猛な光に俺たちは本気で震え上がった。
「見つかった…」
草叢から飛び起きて、俺たちはその場から逃げ出した。
「うわああああああっ!!」
べそべそと朝陽とあずまが泣いている。いったいここはどこなのか。ジンオウガの一瞥に震え上がり、倒けつ転びつ逃げ出して俺たちは仲良く三人で崖下に転落していた。
日はとうに沈み、辺りは真っ暗になっていた。淡い月明かりの中俺は二人に声をかける。
「どこもけがしてない?」
擦り傷は無数にあったが、三人とも動けなくなるほどの重篤な怪我はなかった。
「あませがかえろうって言ったときに」
グスグスと朝陽が鼻をすすり
「ちゃんとかえればよかった」
あずまが涙をぽろぽろと流す。
「さむいね」
「くっつこう」
「うん、こっち」
岩肌がむき出しの場所から少し草が生えているところに移動してお互いをかばい合うようにくっつき合って蹲る。いつの間にか朝陽もあずまも泣き止んでいた。
「あったかくなってきた…」
「こわくなくなってきたな」
「さんにんだから」
「こわくない」
「こわくない」
「こわ…くない…」
「こわくないったら」
「こわく…ない!!!」
「こ…わくないっ…もん!!」
必死に恐怖と戦っていると、また上の方からバチリと聞き覚えのある音がした。
「うわあああああん!!」
見つからないように息を潜めることなど出来ずに俺たちは恐怖のあまり大声で泣き出してしまう。
とそのとき。
シュルリ。
翔蟲を駆る音がして、俺の身体がふわりと抱き上げられた。朝陽もあずまも一緒に抱えられた。
「遅くなってすまない!」
聞き覚えのある声。普段は鬱陶しいヤツだと思っていたが今は頼もしいことこの上ない。ウツシは俺たちを抱いたまま、モドり玉を地上に打ち付けた。煙とともに一気に大社跡のメインキャンプへ戻る。
キャンプ前でウツシは俺たちを丁寧に地面に下ろし
「よく頑張った!!」
言いながらひとりずつ頭を優しく撫でた。
「叱らないの?」
ウツシはその質問にはすぐには答えず
「勇気と無謀は違うということがわかっただろ? 」
身体の状態を確かめるように手足もぽんぽんと叩いてくる。俺たちはその言葉に首がもげそうになるくらいぶんぶんと頷いた。
「良い経験をしたよな! 大した怪我もしていない。だから俺は叱らないよ」
にっこり笑って付け加える。
「俺は…だけどね」
集会所に戻ると、里の大人たちみんなに迎えられ無事を喜んでくれた。オテマエさんが大きな団子と茶を振る舞ってくれ、ハナモリが傷の手当てをしてくれて一息ついたところで、里長の雷がどっかんどっかん落ちた。ジンオウガの雷鳴より怖いよなって朝陽が言うもんだからクスクス笑ってしまい、また更に怒られる羽目になった。
長い長い叱責が終わると、ウツシが小さなビンを3つ持ってきた。中には蒼白く光る獣の毛が少しだけ入っていた。
「君たちの身体に高電毛がついていたんだ。初めての素材ゲットだね!」
「うわあ! やった!」
「だいじにしよう」
「きねんだからな!」
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「天瀬~! 大社跡にヌシジンオウガ出たってよ!」
「一緒に行こうぜえ!」
俺は小さなビンを棚に戻し
「今行く」
百竜剣斧【量体裁衣】を背に自宅を出た。