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    citrus_rain

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    citrus_rain

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    🌊さんのお誕生日に因んだほのぼのギャグ風味ハピエン甘🍃🌊のSSです。
    パスワードはお品書きを見てね!

    君かげ香る さてどうしたものか。
     俺は日捲りカレンダーを睨んだまま腕を組んだ。恋仲である義勇の誕辰まであと一日、時間がない。残命を共にすると誓い合って初めて迎える彼の記念日、式を執り行った訳でもなく心で伴侶となったものだから、せめて何か証となるものが欲しいとは考えていた。最近流行りの結婚指輪なども視野に入れて想像してみたが、あれは常に身に着けるものだと聞く。義勇は片腕なので当然日常でも左腕を酷使することが多く、喜んでくれるだろうが聊か作業に不便が生じないかと懸念が湧いた。義勇のことだから傷つけないよう、かえって気を遣うかもしれない。俺自身、身に着けるものに締め付けや異物があると気になってしまう性質なので、伴侶共に身に着けなければならないという契約の拘束輪は少々窮屈さを感じてしまった。
     それならば目に見えない形の方が良いのだろうか。
     家事の全てを引き受けて義勇には一日のんびりと過ごしてもらうなど――と考え、いや、母に感謝する子どもの礼でもあるまいしと首を横に振る。家事を取り上げたって彼は暇を持て余すだけだろう。そもそも水柱時代のいかにも俺は仕事できますという面構えは兎も角、今はぽやぽやおっとりして身体的にも不自由があり、家事は苦手そうな印象を受けるが、義勇は意外と何でもできる。早寝早起きに始まり掃除、洗濯、料理――生活はかなりしっかりしていて、共に暮らし始めた頃など唖然としたものだ。聞けば育手の教育の賜物だという。寒暖差激しい山の中に籠り、かなり厳しい修行や生活手段を叩き込まれたらしい。猟師の知人もいたので野外において生き抜く術も学んだそうだ。若干力任せな思考傾向があるのはその所為かと妙に納得したのは秘密である。同棲当初、俺より先に起きてもうあれそれは終わったぞと声を掛けられた時には驚いたが、最近早寝早起きがやや崩れがちなのは主に俺の所為といえる。詳らかにはしないが。
     思考は堂々巡り最初へ戻り、さてどうしたものだろう。
    「なっげぇんだわ前置きが 」
     手土産に持参した酒瓶を宇髄が畳へ叩き置く。
    「何?おまえ惚気に来たの?俺は何を聞かされてんの?要は冨岡への贈り物って何が良いかな~ってことだろ?もういいんだわ、おまえらのそういう恋愛ご意見番みたいな役回り。しかも今日、うちは結婚記念日なんだよ!祭の神たる俺様に相応しくド派手に記念日を祝おうとしていた矢先によぉ」
     あ、これは祝酒として頂くわ有難うなと律義に礼を述べて隻眼の美丈夫は凄んだ。
    「そいつは悪かったなァ。嫁三人も抱えて巧くやってるテメェなら良い案が浮かぶんじゃねェかと思ってよ。きちんと記念日を設けるってことは嫁さんを大事にしてるってことだろ。流石宇髄だぜェ」
    「俺様の凄さを漸く理解したか。もっと称えろ。もっと崇めろ」
     自称祭の神は称賛に弱い。一通り拵えてきた単語を並べてすげェすげェと煽てながら機嫌を直させる。頭が良いのにちょろい男は調子づいて、漸く俺の悩みに向き合う姿勢を見せた。
    「テメェだったらどうするか参考にしてェんだ」
     宇髄は神妙に頷き、俺は神のお告げを聴く信徒の如く言葉を待った。
    「嫁たちと一緒に飯食って祝う」
    「はァ?地味……」
     ド派手な男に似つかわしくない想定外の言葉を頂戴して、うっかり本音をもらした俺がいけなかった。
    「なんだとコラ!ド派手に良いだろうが!今までは任務であたりまえのことを一家揃って祝うのも難しかったんだぞ 」
    「お、おう、悪かったァ……」
     目を剥いて怒り出す宇髄につまみ出された。
    「まあ天元様ったら、折角不死川様が来てくださいましたのに……」
     騒ぎを聞きつけて嫁の一人が助け舟を出してくれたが、当の宇髄は打つ手なしだ。
    「おまえ、今度遊ぶ時は冨岡だけ誘うからな!覚えてろよ!」
     散々俺をガキっぽいと揶揄うくせに、本人も言うことがガキっぽい。
     そういえばこいつ、世渡り巧いくせに、義勇が初めてできた友人って言っていたな……。
     鬼殺隊解散後、俺は一時期旅へ出ていたから、宇髄と本格的に交友を持つようになったのはその後だ。どこか不慣れな素を初めて見た気がして、俺は部屋の奥へ引っ込んだ宇髄を諦めて奥方へ頭を下げた。
    「急くあまり突然来訪して悪かった。記念日だったってなァ」
    「気になさらないでください。天元様はあんな調子ですけど、本当はご友人の訪れが嬉しくて仕方がないんですよ。以前は適当に流していたことも、あなた方にはすぐ本気になって」
    「そうそう。あんたらが恋仲だからあれでも気を遣ってるんだよ。邪魔しないようにって」
    「でも、本当は一緒に遊びたいのに拗ねて寂しがる天元様も可愛いんですよぉ」
    「コラ、須磨!」
     消えた家主に変わって、いつの間にかあと二人の嫁も姿を現していた。流石くノ一、気づくまで気配がない。
     どうかお気を悪くされませんよう、またいらしてくださいねと告げる奥方にかえって恐縮し、また今度謝罪に出直すのであいつに宜しくと宇髄家を出た。
     振り出しに戻りながらやや騒がしい路地へ出る。人声の近さは商店街が近いためだ。どこか煩雑な賑わいは、幼少時を彷彿とさせてどこか懐かしい。
    「あ。実弥さん」
     あまり得意ではない男の声を聞いてつい身構えた。
    「おう、久しぶりだなァ」
    「ご無沙汰しています。今日は義勇さんとご一緒じゃないんですか?」
    「あいつは村田と出掛けている」
    「そうなんですね、町まで下りてきたから挨拶に伺おうと思っていたんですが」
     以前より少し目線が近くなった竈門は蝶屋敷の帰りだという。いつも喧しいツレたちはどうしたと訊ねれば、我妻には朝から炭焼きを任せ、補佐として嘴平を置いてきたと笑った。
    「善逸と禰豆子に、二人きりはまだ早いので!」
     後々家業を継ぐ我妻は炭焼きの修行中なのだそうだ。竈門の情は兄と言うより親父みたいだなと正直思う。世間一般の父親なぞ知らないが、きっとそういうのが普通なのだろう。
    「実弥さんはどうしてこちらへ?」
     当然の質問を受けてやや言葉に詰まった。何となくだが、竈門には知られたくない気持ちがある。しかし、認めたくないが義勇をよく知る人物の一人であるのも事実だ。
     重い口を開いて事情を説明すると、そうですねぇ義勇さんの好きなもの――と思案顔になる。その顔を見ながらつくづくこいつの理性と感情はよく解らないと思った。過去の義勇にも言えるが、どうにもこいつらの一門は心の内が読めないのだ。穏やかと思えば突然荒れる水のように、変幻自在に形を変える。俺が直情的な人間だからか、解り難い人間は一種の不気味さや近づき難さを覚えるとでも表現すれば良いのか。お人好しだというのは理解しているが、執拗に頭突きを迫ろうとしてきた過去を忘れはしない。当時、竈門の妹は滅すべき鬼だったのだから、人へ害を成すものを否定した俺の行動は正当だったと自負している。ただ、やはり事が収まった今となっては人間に戻った妹を刺した後ろめたさも当然ある。ついでに義勇を敬愛し、義勇もまた可愛がっている弟弟子という立場に認めたくないが妬みもあるのは否めない。俺はしぶとく執着心が強いのだ。今の義勇は常に穏やかなものだが、あまり邪険な態度を竈門へ向けると叱られるのでこれでも表面上は何でもない風を装っている。キレると怖いので。
    「どうかなさいました?」
     俺の視線を訝しんで竈門が片目を上げた。
    「いや、テメェ俺のこと認めてなかっただろ。だからそんな真剣に考えてんのが意外でよォ……」
    「何を仰るんですか。義勇さんが選んだ人でしょう。認めない訳がありません」
    「竈門……」
    「ただ、義勇さんを悲しませたら頭突く。それだけです」
    「ブレねェ」
     久しぶりに会ったこいつは矢張りどこか俺に思うところがあるようだが、かつてより少し感情は軟化しているらしい。
    「話を戻しますが、確か花がお好きだったんじゃないでしょうか」
    「まァそうだなァ」
     亡姉の影響で義勇は意外と花に詳しい。幼い頃、自ずから育てるほど花を愛していた彼女の横で綴られる言葉をよく聞いていたそうだ。以前は幸せな記憶を思い出せば思い出すほど動けなくなっていたと語る義勇は少し憂いを含んだ微笑みで、今はやっと穏やかに取り出すことができるようになったよと俺に言った。捲れるようになった記憶の中にいる義勇はより彩を纏い、彼の幸せの面影に触れることで俺自身も多幸感に包まれる。話を聴きながら瞼の裏で幼い義勇が躍動する。過去の彼すら俺をあたためるのだと知って、傷つけることでしか誰かを守れなかった俺も、あたたかい何かを今一等大切な人に渡せるのではないかと思ったのだ。
    「実弥さんは義勇さんを花に喩えたら何だと思います?」
    「あァ?」
     そう言われても俺は花に詳しくない。知っている花、何でも良いんですよと竈門は言うが、食べられる野草ではたかが知れているし、大事な人を適当なものに喩えたくない気持ちもある。
    「俺は鈴蘭だと思うんですよ」
     おい、何でテメェが答えるんだ。
    「俯いた表情は憂いを帯びて、それでいて純粋を閉じ込めたように清廉で愛らしい形。以前の義勇さんと今の義勇さん、どちらも表している花じゃありませんか?」
     俺は驚いて目を剥く。
    「竈門、テメェ…………解ってんじゃねェかッ」
     俺たちは同時に腕をぶつけ合った。邂逅より数年、気を許せない男同士の熱い友情が生まれた瞬間であった。
    「恩に着るぜェ。先が見えた気がする」
    「少しでも助けになったのなら良かったです。頑張ってくださいね!」
     あまり長いこと三人を置いているのも不安なのでと、晴れやかな顔で家路へ戻る竈門の背を見送り、さて贈り物探しをと翻ったところでふと思う。
     鈴蘭って時期じゃなくねェか?
     確か四月から五月あたりと義勇から聞いた覚えがある。今は二月だ。
     結局なんも解決してねェわ!と一人頭を抱えた。何故かうっすら光が見えた気がしたものの、鈴蘭から義勇の可憐な愛らしさを連想して納得しただけだった。
    「なんか知らんが通りすがりの竈門を買い被り過ぎたぜェ……!」
     折角芽生えた男の友情も低下の途を辿っていく。
    「まあ素敵!」
     突如聞こえた女の声に振り返れば、店先で一組の男女が商品を眺めていた。見れば男の表情は固まっている。女の気に入る品があればと踏んだところ、想定外の金額で慄いているといったところだろう。店内をちらと眺めて納得がいった。舶来品を扱う店だ、それはお高いに違いない。
     そのまま通り過ぎようとしたところ、或る商品が視界に飛び込んで俺は思わず足を止めていた。彼の誕辰が何度来ても何かを贈りたいが、今回はこれ以外考えられなくなった。


     俺は日捲りカレンダーを破った。今日が恋仲である義勇の誕辰だ。この贈り物を渡すなら品に似つかわしく清冽な朝が良いと決めていた。
    「義勇」
     朝食の後片付けがあらかた終わった後、彼を居間へ呼び寄せる。きょとんとする瞳に懐から取り出した品を映した。
    「その、今日、おまえの誕辰だろォ。俺なりに選んだんだ。受け取って欲しい」
     俺からの贈り物だと知るなり、ぱっと顔を輝かせる義勇が愛しい。
    「嬉しい……ありがとう実弥。開けてみても良いか?」
     ああと肯いたが、片手では難儀だろうと取り出した器の蓋を捻ってやる。実際に使用する時は緩めに蓋をしておけば義勇でも容易に扱えるだろう。
    「これは……軟膏?良い香りがする」
    「肌に塗布して香りを纏うんだと。練り香水っていう舶来のもんだ」
    「あ、解った。鈴蘭だな!」
    「当たりィ」
    「少し気恥ずかしいが、実弥が選んでくれたものだから早速使ってみたい」
     そんな可愛いことを言いながら、義勇は指に少量のクリームを乗せると耳の後ろ辺りに塗布する。
    「ふふ、優しい香りだな。おまえみたいだ。本当にありがとう実弥」
     ふわりとした香りと同じ笑顔で言うものだから、安堵と照れでおゥと変な声が出る。
     実弥も着けてみるか?と無防備に練り香水を差し出す義勇にほんの少し悪戯心が湧いた。
    「いや、俺はおまえから移してもらうからいいわァ」
    「わっ」
     がばりと抱き着いて義勇の首筋に顔を埋める。義勇に似合いの綺麗な香りが鼻を擽る。彼の匂いを吸うと俺も綺麗なものへ洗われていくような心地になるから不思議だ。
    「……優しいから、なんだかこの香りを纏っているといつも実弥が傍に居てくれる気がする」
     俺の心を汲んだかのような言葉に少しだけ目の奥がツンとしたから、一層抱き寄せて誤魔化す戯れを吐いた。
    「そんなに気に入ったなら、今度は本物の花を根こそぎ削いで持ってきてやる」
    「はは、環境破壊になるから止めてくれ」
    「わかったァ」
    「こら、口で吸うな!」
    「んー……もう少し」
     香りではなく、肌を軽く吸ったら怒られた。とてつもなく頭の悪い会話をしている気がするが、甘くなるのは仕方がない。
     おまえが傍に居てくれるだけでいいんだ。あたりまえのように傍にいてくれる、本当にそれだけで――あたりまえは、いつか突然消えてしまうことがあるから。
    『今までは任務であたりまえのことを一家揃って祝うのも難しかったんだぞ』
     昨日怒ってしまった元忍の友を思い出す。
     そうだな、あたりまえのことが――。
    「ド派手に幸せだな」
    「なんだ、宇髄みたいなことを言って」
     笑う義勇に、今度あいつも誘って遊びに行こうぜと提案する。その時は俺の贈った香りを着けてくれよとねだりながら。


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