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    Yomomonika.

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    Yomomonika.

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    不寝番してる管理人とクレイがただお話するだけ

    夢を"見る"「ねぇ管理人さん。僕ね、夢を見たんだ」

    《夢?》

    普段賑やかなバスも深夜を迎え、不気味な静けさに包まれていた中突拍子もなく振られる話。不寝番をしていた管理人の横に「眠れないから隣に座ってもいい?」とやってきた寝巻き姿の囚人、クレイがゆらゆらと閉じつつある目蓋と髪を眠たそうに身体ごと揺らしていた。

    「どんな夢だったと思う?」

    《えー......それを訊かれてもなぁ...》

    「正解を求めてるわけじゃないんだ、眠くなるまでの暇つぶしが欲しくって...ただ夢の内容を考えるだけの遊びだと思って。ほらほら、気楽に答えてよぉ」

    まさしく子供のようにねだる囚人は揺れる勢いのまま管理人の方へもたれかかってくる。もちろん、そのまま倒してしまわないように加減はしているのだろうが、非戦闘員の管理人にとっていつも重たい武器を持ち戦っている囚人の身体は想像以上にずっしりと重く感じられる。このような雑な接触でも健康的な体つきだと分かるほどには。そして囚人の身体は程よい具合に暖かくて安心出来るものだった。やましい意味など無しにそれらに興味と意識を向けていた管理人だったが、ふと夢の内容が頭に浮かぶ。遊びと言っていたし軽い気持ちでコレを言っても大丈夫だろう、と管理人は針を鳴らした。

    《そうだなぁ......皆で美味しいものを食べに行く夢とかどう?》

    「...もしかして管理人さんって食いしん坊だったりする?」

    《どうだろうね。この頭になってからは飲食をして無いから分からないかな...》

    既に成人はしているであろうこの囚人の、くす、と笑う仕草は年頃の少女が笑うようなくすぐったさを感じる。実際、よく手入れがされていると見るだけで分かるふわふわの髪が首元をくすぐっていたのもあるけれど。
    管理人が想像した夢を見ているのだろうか、囚人は目蓋を下ろしきって柔らかく幸せそうな笑みを浮かべている。

    「良いね、皆で美味しいもの......ねぇ、また食べに行こうね」

    《そうだね。...ところで、そろそろ夢の内容を教えてくれないか?》

    管理人の言葉にそうだった、と囚人は目蓋を上げて再び笑う。飴玉を転がすかのように、或いは小さな鈴が転がるように、ころりころりと一転していく表情はどれも微笑ましく思える。この囚人が日中は大きな獲物を振り回し、人が死んでいく姿に表情を曇らせもしないということを知った上でも、本当に幼い子供を相手に話をしている気分だった。夢について話し始めた囚人の声色が意識を鷲掴み、地へ叩きつけるまでのつかの間のことではあったが。


    「僕が見たのはね、一人になる夢」

    虚ろな目だった。先程まで浮かべていた暖かい笑みの温もりは一欠片も残っていなかった。決して此方を見ようとはしない、どこか遠くの何かへ向けられた...いや、なにかに向けられているのかすらも怪しい空虚な目。
    管理人はその目に見覚えがあった。だから納得したように針をカチ、と鳴らす。普段から彼が浮かべる笑顔に対して言われのない違和感を感じていた理由。それがこの目にあったことにようやく気づけたのだから。
    囚人の空虚な目に見入ってからは不思議と相槌の声すら出せなかった。空っぽの瞳の中に囚われた気さえした。当然、遮る声のない話はどんどん進んで行く。

    「管理人さんも運転手さんも案内人さんも、囚人のみんなも何処かに消えてしまって......僕だけがひとり取り残されるんだ」
    「時々こんな夢を見て不安になるんだ。僕ってほら、寂しがり屋だから。...意外だったかな」

    「ねぇ、管理人さん。僕のこと...見失わないでね」

    最初こそ己を嘲る笑いを零して話していた囚人だったが、その笑いは次第に乾いていく。渇ききった頃には縋るように管理人の腕へしがみつき顔を埋めていた。そして自己紹介の時と同じ言葉を繰り返し口にするのだ。

    【僕を見失わないで】、と。

    集団での行動中にいつの間にか何処かへ行ってしまう彼の行動に気づいた時は「あの言葉はこういうことか」と頭を抱えたが、今はまたあの言葉に込められた別の意図に気づけたような気がする。

    管理人の腕に縋り着いたままの囚人はくぐもった嗚咽を漏らしている。背中が不安に激しく上下し、過呼吸になっていることも見て取れた。しかし管理人は言葉をかけることも無くただ背中をさすっていた。ここでどう言葉をかけるのが正しいのか、分からなかったのだ。ここでは誰かが死ぬことは日常茶飯事だし、それこそ囚人が見たという夢の通りにはぐれてしまう不慮の事態が起こることだって有り得る。だからここで嘘になるかもしれない言葉で安心させるよりは、ただ傍に居てやる事が最善だと管理人は判断した。

    そうしてバスの中には乱れることない時計の音と不安定な過呼吸だけが居座っていた。管理人の腕が痺れきった頃には囚人の嗚咽は意味をなさない言葉に変わっていた。管理人にかけているようにも聞こえる言葉だったが、一人言だと割り切って聞き流すこともできる言葉だった。
    話しかけられていたとして、返答に困る言葉ばかりだった為反応は難しかったかもしれない。

    「踊るんだ、あの日の孤独と一人きりで、いつまでも......」
    「今が怖くて頭が、頭がおかしくなる。脳髄から芽吹いて......ひたすらに見たくないものを見続けて...昨日も、一昨日が、明後日は......?」

    そう幾つかの脈絡もない言葉の寄せ集めを吐き出した後、その囚人はバスの座席を立って廊下の扉、自室に繋がる戸の奥へ消えてしまった。その背を慌ただしい羽ばたきで一羽の蝶が追いかけて、また奥へと消えていった。手を掴もうにも声をかけようにも「すり抜けてしまうんじゃないか」と何故だか思えて、それを不思議にも恐れてしまって。結局管理人は動くことが出来ずに囚人の背を眺めていた。

    結局その場に残されたのは不寝番を続ける管理人とその腕に囚人が泣きついた涙の痕......それと少しの静けさだけだった。
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